第十話 そもそも全力出す方が間違ってる
俺は勝負を終え、演習場の出入り口のところで通路の壁にもたれながら立っていた。ちょうど、背中を預けながら次のリンの試合を見物することにした。とは言っても何も心配することはないのだけども。負けるはずないし…………。ちなみに、俺の対戦相手だったジャム・エジカルは俺のもたれかかってる壁とは反対側の壁に寄りかかって演習場の中を覗いている。そして、一切こちらの方を向こうとはしない。さっきの勝負の件でどうやら嫌われてしまったようだ。まあ、不意に女性の胸を触ってしまったのだから仕方ないといえば仕方ないのだが。正直に言うと、リンもこれくらいの恥じらいは持ってほしい。
そのリンだが、すれ違いざまに耳元で「へええ、私の胸を触っても無視するか反応薄いかのどちらかなのにあの子のときはあんなに狼狽えるのね。……このロリコン」などと言われたが言いがかりが過ぎる。そもそもリンは無駄に過剰なスキンシップを図りたがる。そりゃ、次第に反応も薄くなる。
俺は微妙に納得しがたい釈然としない気持ちを胸に抱えてリンの勝負の行方を見る。対戦相手はあの看守のおっさんだ。アナウンスが流れる。
「これより! 第二試合、リン・キリサメとフォーザ・アマルアの試合を開始する! ルールは先と同じ! 始め!」
※
アナウンスが響き渡る。私は目の前の相手と対峙した。牢屋に入れられている間に会話を交わした看守のおっさん。名前はフォーザ・アマルアっていうのね。覚えておくことにするわ。軽装のフォーザは背中に背負っている自分の身長ほどもある巨大な剣を構えてこちらに言葉を飛ばす。
「嬢ちゃん、悪いが相手が女でも手加減はあまりしてやれないぜ?」
「あら? 何か勘違いしているようね。手加減するのは私の方よ?」
私はあらかじめ着ている白衣のポケットから二つ試験管を取り出す。それを見たフォーザは興味深げに試験管を見ている。
「嬢ちゃんもそのガラス物を使うのか。さっきの坊主が使ってたレンキンジュツとかいうのと同じやつか?」
「そうね。種類は違うけど、これも錬金術ね」
「嬢ちゃん、武器は持たないのかい?」
「私に武器は必要ないわ。必要があればその都度に使い捨てのを造り上げるわ。それより、錬金術の強さ見せてあげるから掛かってきなさい」
私はゆっくりとフォーザに近づいた。フォーザはそれを見て戦闘開始と判断したようでゆっくりと近づいてくる。……あのでかい剣振り回せるのかしら? イマイチ、体にもてあますような気がするのだけれど魔法でなんとかするのかしらね? ともかく私は試験管のうちの一つの口を開けて、中の薄い白の液体を空中に振り撒く。
「行くわよ?」
私は空気を拳で殴るように叩く。そうすると、空気から小さな氷塊無数に無数に打ち出される。さて、挨拶代わりにどう反応するのかしら?
「ほう、そういうことも出来るのか。だが、挨拶代わりにしても些かしょっぱいな」
フォーザは巨大な剣を構え直し、横に一閃薙ぎ払う。打ち出した氷塊は全て砕け散った。あの剣を表情一つ変えずに振り回すか……中々の剛腕のようね。
私は、もう一つの方の試験管の口を開け、横一線に液体を振りまき、今度は振り撒かれた横一線を手でなぞる。そうすると、氷で造り出された槍が一本生まれる。それを握り、フォーザへ向けて構える。フィーザは不敵に笑う。
「それが嬢ちゃんの武器か。それじゃあ、行くぞ」
フォーザが震脚をする。それを見て私も右足を後ろに下げ、重心を低くする。相手の攻撃に備えるために。しかし、フォーザの姿が一瞬消える。いえ、正確には急加速によりこちらに接近していた。気が付けば目の前までフォーザが来ていた。
あら、これは予想外ね……。魔法による超加速? それとも瞬間移動の類かしら? まあ、どちらでもいいのだけれど重心を低く抑えてたせいで回避行動が取りづらいわね。
「嬢ちゃん、避けられるかい?」
フォーザが剣を振りぬいてくる。しかも、槍の柄が向いてる方向から。女相手に容赦のない男ね……。まあいいのだけれど。
「避ける必要ないわ」
私は氷の槍の柄を押し出し、振り抜かれたフォーザの剣にぶち当てる。ちょうど、つばぜり合いのような形で剣の刃と槍の柄がぶつかりあう。
「嬢ちゃん中々力強いね」
「女の子に言っていい台詞じゃないけど……ね!」
※
「女の子…………?」
※
私はそのままフォーザの腹に足裏で蹴りを入れる。しかし、膝でガードされる。
「甘いぜ嬢ちゃん。そんな見え見えの蹴りなんざ入らないぜ?」
「なら見えなければ入るのね?」
「何?」
つばぜり合いの状態のまま槍から片手を離し、ポケットの内側から更にもう一つ試験管を取り出す。
「今度は何をする気だい嬢ちゃん?」
「ちょっとした面白いことをしてあげるわよ」
私は試験管の口を外した。しかし、今度は中に液体は入っていない。錬金術で調合した特殊な気体だ。中の空気が漏れ出してきたのを確認し、私は一気に漏れ出し所に空気を注ぎ込む。そうすると、私の目の前で炎が巻き起こった。これは炎を発生させるのだ。更に言うなれば、これはただの炎じゃないわ。もう一つ素晴らしい効果もある。これは私自身が改良して生み出したものなのだけれど、簡単に言えば視覚阻害効果がある。効果は見ていればすぐに分かるだろう。とにかく、今は目の前の相手の動向を窺うとする。フォーザはさすがベテランでこの都市で一番強いだけのことはある。咄嗟にバッグステップを取って回避していた。
「嬢ちゃん随分と容赦ないね。ちょっと冷や汗ものだったぜ」
「あらそうかしら? うちのハルならこのくらいは平然としてるわよ?」
私は余裕たっぷりの表情で笑みを浮かべる。フォーザは後ろ手に頭をボリボリと書いている。
「俺は補助系魔法しか使えねえからなあ、その手の攻撃はいまだに苦手なんだよ。ジャムみたいに原点の魔法使いでもねえし」
「オクト・オリジン……?」
聞き慣れない言葉が聞こえてきた。何のことだかよく分からない。私が怪訝な顔でフォーザはいきなりはっとして私に対して御免のアピールをしてきた。
「おっと、悪い悪いこれ人に言っちゃいけないことになってたんだ。忘れてくれ」
「いや……無理でしょ。しっかり聞こえてたし、まあ言い辛いことなら無理に話さなくてもいいわ。それより――」
「どうし……え?」
フォーザが何か問い質そうとしていた。だが、もう遅い。私はとうの前に行動を起こしていた。
「どこに消えた?」
フォーザは完全に私の姿を見失っていた。それもそのはずで、私はフォーザの前から姿を消していた。正確に言えば最初から居なかったわけなのだけれど、まあ今はどうでもいい話。今の私はフォーザの後ろに回り込んでいた。気が付かれないうちに氷の剣を錬金術により二本生成し、後ろからフォーザの首筋に挟むように押し当てる。
「いつの間に後ろに……!?」
「これがさっきの炎の効果の一つ、視覚阻害。私は炎を出した段階で最初からあなたの目の前から移動していたのよ」
「でも、声は前方から聞こえていたが?」
「視覚阻害の原理は簡単に説明すると、炎の熱による光の屈折。それによって視覚阻害を起こす。それと同時に音も歪むようになるようでね。声も認識阻害されていたってわけなのよ」
私は種明かしをする。通常なら説明は負けフラグなのだけれど私の場合はフラグなんてものは存在していないわけで、そんなことは起こり得ない。故に私の勝利は確定している。もうちょっと手を抜いても良かったかしらね……? そんなことを頭の中で思っていた。
「そんな無茶苦茶な錬金術っての恐ろしいな、魔法と似ていて底知れない。しかも嬢ちゃんはまだ全然力を出していない」
「そもそも、全力出す方が間違ってるわよ。それで? まだやる?」
「いや、降参だ。嬢ちゃんの勝ちだ」
私は氷の剣を降ろし粉々に砕く。もう必要ないから。そして、フォーザも振り返り、こちらを見る。そして、私の目をじっと見てきた。じっと見られると何か恥ずかしいわね……。
「嬢ちゃん、いや、リン・キリサメ。正式に申し込みたい。今度のヒャッキ・ヤックとの戦争、どうか参加してほしい。俺達は絶対に勝たなければいけない。俺にこんなにあっさり勝てたんだ。あんたが最高戦力の筈だ。期待せざるを得ない。ジャムは俺よりも潜在能力は圧倒的に高いがジャムはまだ精神的に未熟だ。俺達がサポートしてやらなきゃならん。その上でもあんたの力が必要だ。あのハルとかいうガキンチョも中々できるようだしな。いろいろ事故も発生したがジャムにもあっさり勝ったようだしな」
「まあ、出来る限りは頑張るわよ。よろしくね」
私は目いっぱいの笑顔でウインクをした。すると、フォーザも満面の笑みを返した。そして、私とフォーザは握手をして肩を一度抱き合い、それから演習場を後にした。




