帰宅
「……あれ」
目覚めたハナは違和感を感じる。
そしてそれはすぐに分かった。
「ハナキー! いつまで寝てるの! 休みだからってダラダラするんじゃないわよ」
聞きなれた母親の声。
それに、脳が“おかしい”と訴えかける。心臓が破れんばかりに鼓動する。確か自分はハナだったはずだと思うも、ハナキという名を聞いても全く違和感がなく、むしろそれが自分の名前であると認識していた。
「どうして……」
ハナは、自分の部屋にあるベッドの上にいた。
「どうして……? どうしてここに……今までのは……レノは? ここはどこ」
「ハナキー! 聞いてるの!?」
階段を昇る音がして、ノックもなしに扉が開く。
そこに経っていたのは、見慣れた母親の顔だった。
「お母さん……? なんで……あの、私、ずっと寝てたの……?」
「やだ、なーにぃ? あんたまだ寝ぼけてるの? ゲームばかりしてるからそうなるのよ。全くもう。早くご飯食べちゃいなさい」
そう言う母親は、どこまでもいつもと同じであった。時計は十二時過ぎをさしている。
「どういうこと……」
いつもと同じ場所にあるクローゼットから、見覚えのある服を取り出す。それを着て恐る恐る階下に降りると、すでに昼食を済ませた父親が「おはよう、お寝坊さん」といつも通り茶化した。
「……今日、何日?」
「ちょっと……まだ寝ぼけてるの?」
「だって、私今まで……」
「どうしたんだ、ハナキ。昨日8月に入ったばかりだよ。夏休みだろ?」
足元に、さわさわと触れる何か。
下を見れば、チワワがいた。飼い犬だ。立ち上がってハナの膝に足をかけ、キラキラ光る目でハナを見つめている。尻尾は千切れんばかりにふり、「おはよう、どうしたの? 起きるの遅かったね!」とでも言いたげだ。
「ハイデン……?」
「そうでしょ。さっきから何を言っているの?」
いぶかしむ母に、ハナがごくりと生唾を飲み込む。
何かがおかしい。
あれは夢だったのだろうかと思うも、あまりにも生々しい記憶に到底夢だったとは思えない。
しかし、ここは住み慣れた家だ。
「……なんか、凄く長い、濃い夢を見ていたみたい」
「さぞかし良い夢だったんでしょうねぇ。なんせ昼過ぎまで寝るくらいですから」
茶化す母にただ一言「うん」と返す。
淡白な娘に母はいぶかしげな表情を向けるが、ハナがそれ以上言葉を返すことはなかった。
* * * * *
「…………」
ハナの目覚めから一週間が経った。
何事も起こらず、平和すぎる日々。
しかし、テレビでは連日戦争の話題が昇っている。それも日本国内のだ。
「……全然、戦争やってるって実感ないね」
「そんなことないわよ。野菜だって消耗品だってバカみたいに値上がりしたし、外は夕方以降の外出が禁止だし。最近は空襲警報も増えたし」
「まあ、ここは戦地から離れているからな。紛争地帯からしたら平和なものさ。父さんだってまだ仕事があるし」
戦争を始めてもう何年も経っているらしいと知った。でも知れば「そう言えばそうだったような気がする」とも思う。
そうしてテレビのニュースを見るたびに「そう言えば日本が優勢だったな」とか「そう言えば日本の米軍基地はなくなったな」とか色々思い出すのだ。
「……ねぇ、この戦争、どうなると思う?」
そう問いかけた瞬間だった。
カッと明るい光が窓の外を照らす。それは太陽よりも明るく、部屋の中を照らした。
「やだ……! 何!?」
母親のパニックにおちいった声が聞こえた瞬間、突風で部屋の窓ガラスが全て割れ、家中の家具が吹き飛び、ハナは居間から台所のカウンターまで吹き飛ばされて意識を失った。
* * * * *
「……うぅっ」
自然と目が開いていく。
辺りは暗い。
「お母さん……?」
返事はない。
「お父さん?」
返事はない。
「どうなったの……」
ふらつく頭をなんとかもたげると、そこには地獄絵図が広がっていた。
あたり一面、何もない。あちこちから煙が上がっており、砂のようなホコリのような臭いがする。
だだっ広い土地には瓦礫が積んであった。いや、積んであると言うよりは吹き飛ばされて一所に固まっていると言った方が近い。
一瞬爆弾かとも思ったが、その割にはどこも燃えていなかったし、焦げたような臭いもしていない。
「なんなの……」
よろけながら立ち上がる。
見渡す限り、生存者はいないように思えた。
しかし、この情景をハナは知っていた。記憶の彼方に、これを体験したことがあると言う強い想いが沸き起こる。
そして記憶が正しければ、振り向いたところに父親と母親の遺体があるのだ。
「――やっぱり……この光景、知ってた……」
ゆっくりと振り向いた先には、もう決して話すことのない両親。
うすぼんやりと開かれた目には、濁った空しかうつっていなかった。
「ここはどこなの……なぜ……私は……“過去”にいるの……? もう、いや……もう、思い出したくない……!!」
自然と涙が溢れ出し、ハナはただ両親を見つめるばかり。それ以外に、することが思いつかなかった。




