パレード
「さあ、あとはドレスを着れば完成でございますよ」
ハナが押しつぶされることもなくレノと一緒に寝ることに成功した日から数日。
今日は朝からバタバタと慌しかった。
まず早朝からメイドに謝罪とともに起こされ、寝ぼけるハナはそのままお風呂へと入れられた。そしてようやく目が覚めた頃、風呂から引き上げられて体を拭かれ、濡れた髪の毛を乾かしながら「本当は行儀が悪いのですけど」と言われながらサンドイッチを渡される。
それをかじりながら周囲を観察していると、何人ものメイド達が入れ替わり立ち代り部屋へ入ってきては箱を置いていった。
一体何の箱だろうかと思って聞こうとし、それから自分が話してはいけないことになっていたのだということを思い出してハナは口をつむぐ。
しかし、この疑問はすぐに解決することとなった。
「ほら、ハナ様。陛下からのプレゼントですよ。先日採寸したドレスができあがったようです」
開かれた箱には赤いドレス。黒のプードルファーでできたポンチョには、小さな花がいくつもつけられている。ドレスの方もレースと組み合わせてフンワリとした仕上がりになっており、スパンコールがあちこちに縫い付けられていた。
「可愛いですねぇ……きっとハナ様に似合いますよ」
笑顔を浮かべたウサギメイドが、ようやく乾いたハナの髪の毛を整えていく。
アイロンでクルクルとクセをつけ、それを編みこんでいきながら上の方で一つに結んだ。そして小箱から「これも陛下からのプレゼントですよ」といって小さなティアラを取り出すと、頭の上にピンで固定する。
「ハナ様はジッとされていて偉いですね。うちの子とは大違いだわ」
「そうねぇ……時折言葉がわかっているような反応をするし」
そう言われ、ハナの心臓がドキリと音を立てる。
しかし今日を過ぎれば話してもいいとメリーに言われているので、あと少しの辛抱だと気を抜かないように深呼吸した。
「さあ、完成ですよハナ様」
しゃがみこんでいた犬メイドがエナメルの靴をはかせ、その靴をポンと叩く。
ハナがその犬メイドに笑顔を見せると、犬メイドもニッコリ笑ってハナを抱き上げた。
「陛下のところへ行きましょうね。陛下も今日は正装をしておられますから、とても素敵でいらっしゃいますよ」
「あら、ずるいわ。ハナ様を抱き上げて陛下のもとへ連れて行くのは私の仕事じゃない。じゃんけんで勝ったのは私よ」
「でもハナ様が嫌がらないからいいじゃない」
「よくないわよ。じゃんけんで負けたくせに図々しいのね」
わずかに緊張した空気に、ハナがどうしたものかと眉根を寄せると、部屋のドアがノックされる。
その音に、その部屋の全員が振り向き、そして「陛下!」と何名かが小さく叫んだ。
全員が一斉に礼をとる。
「私の可愛いハナの準備は終わったようだな」
優しい笑みを浮かべたレノの目が、ハナを映す。
毛並みはいつもより輝きを増し、真っ白の軍服に多くの勲章、そして豪華なサーベルを腰から下げ、真っ赤なビロードのマントをつけている。
声を出すのを必死に我慢した結果、ハナの喉の奥から甘えたような音が鳴った。
「おいで」
レノの差し出す手に、メイドがハナを寄せる。
ハナが手を伸ばした瞬間、その体はレノの腕の中にいた。
「可愛いな、ハナ。綺麗にしてもらえて良かったな」
話せない代わりに、ギュウギュウとレノを抱きしめる。大きく息を吸い込めば、太陽のような匂いがハナの肺いっぱいに飛び込んできた。
「さあ、行こうか」
白いライオンの王が、ゆっくりと絨毯の上を歩いていく。
その後姿を、メイドたちはため息をついて眺めていた。
* * * * *
「陛下から目を離さないように。頼んだぞ」
メリーの静かな、しかし低く鋭い声に近衛たちが姿勢を正す。
視線の先には国民に向かって手を振るレノの姿がある。その膝にはハナがおさまっており、居心地悪そうにあちこちを見ていた。
時折その耳元でレノが何かを伝えると、ハナは慌てたように何度か頷いて手を振る。
「…………」
国民はいつものように耳が割れんばかりの歓声を上げ、自分たちの王に国旗を振っている。
しかし、その王の膝にいる愛玩人間が興味深そうに辺りを眺め、王が話しかけるたびに“言葉を理解しているような行動を取っている”ことに驚きと困惑、それから“一体アレはなんなんだ”という好奇心をむき出しにしていた。
「まずは上々……と言ったところか。A地点通過まであとどのくらいある」
そう問われ、メリーのすぐ後ろに控えていた近衛は即座に返答を返す。
「あと二分ほど」
「予定通りだな。警備を怠るなよ」
「はっ」
メリーはこのパレードにある種の賭けをしていた。
これが上手くいけば、自らが仕える主の喜ぶ顔が見られるはずだと思っている。
しかしこれは王個人の幸せを願っているだけのものではなく、その裏には様々な理由があったのだ。その中の一つは“人間の地位向上”であった。
あの忌まわしき人類滅亡から早数百年。
最初こそ「今まで我々の頂点に立ち共存、あるいは守ってもらっていた人間を、今度は我々が守りたい」という高尚な思いでもって人間と共存してきた。
しかし次第に「人間よりも我々のほうが上だ」とか「虐げられた次代の復讐を」という意見が目立つようになり、最近では人間を使った“忌まわしい遊びま”で流行りだす始末だ。
まだ人間がある程度の知能を有していたときにもそういったことをする者はいたが、今はそれ以上になっていると言っても過言ではない。
「これで少しは箔がつくといいのだが」
そんな地位の低くなりつつある人間を王族が大事にしていると国民たちが知れば、どうだろうか。
しかもそれが始祖人間であるとわかればどうだろうか。
恐らくは懐かしい時代を思い出し、また人間との関係が良好になるきっかけが作れるのではないかと考えた。
もちろん逆の意見が加速する可能性もある。だがそれはメリーを初めとした参謀の策をもってして上手くやるつもりだ。
ようは、まず第一に国王陛下が始祖人間を大事にしていると国民が認知することが重要なのだ。
「あのお方はプロパガンダだ」
いつの世も、王族がやったことは貴族内で流行り、それはいずれ国民の流行となる。
強張った顔で手を振るハナに目をやりながら、メリーは小さくため息をついた。
* * * * *
「我が愛する国民よ――」
パレードが終わり、レノは国民への挨拶をするために王宮のテラスへと立っていた。
そのすぐ横には、緊張が最高潮に達しているハナがモジモジしながら落ち着きなく立っている。それを視線の隅に映したまま、レノは国民に向けて当たり障りのない挨拶をしていた。
時折沸き起こる歓声に、ハナの肩が跳ねる。
「――そして……その人間と我々動物達をつなぐ架け橋となる存在が、我が愛しの愛玩人間“ハナ”だ」
ぽんと肩を叩かれて少しだけ前に押しやられる。
ハナはそれだけの行動に、酷くビクビクしていた。
「少し緊張しているようだな」
王がそう言ってニヤリと笑うと、下の方から笑い声が聞こえてきた。それは決して馬鹿にしているものではなく、可愛らしいと言った感情が伝わってくる。
「近年、我々には人間に関する悪しき感情が膨れ上がっているように思う。我々の知能が今よりももっと低かった時代、我々が人間に虐げられてきたと考える者が多くいるようだ」
国民が、先ほどとは別のざわめきを起こす。
「むろん、我々を虐げる者もいただろう。しかし、そうではない者の方が多かったはずだ。お前たちの先祖を“保健所”から、“自然災害”から、そして絶滅の危機から救ったのは誰だ? 温かな家と食事、寝床、そして愛情を注いだのは?」
そう問いかける王の言葉を、ハナは黙ってジッと聞く。
「酷いことをされたのだから、こちらもそれと同じようにしていいなどという理由はない。一部の愚かな人間と同じことを、どうして我々が今罪のない人間にできるだろうか? ましてやあの世代に生きた者ではない者たちが“名誉を守る”という薄っぺらい鎧を着て愚かな行動を取っている」
ハナは、王のはっきりとした非難に、国民の間に緊張が走っているように思えた。
どうしてわざわざこういうことを言うのだろうと思ったものの、誰もそれをとめないところから、これが今日の“台本”なのだと知った。
もっとも、王をこのような場所で堂々と止める者などいないのだが、それは王族に接してこなかったハナが知るよしもない。
「はっきりと言えば、私は人間に肉体的・性的な虐待をする者、また過剰な人体実験をする者を軽蔑する。人類がその数を減らしているのはみなの知るところであるが、今後それに関する法律は今よりも厳しくなるだろう。そして――」
国民のざわめきは、王の言葉で増していく。
「この我が愛しの愛玩人間であり、始祖人間である“ハナ”が、動物と人間との架け橋となるであろうことを確信している」
王は、ハナの手を引いて抱き上げ、国民にその顔がよく見えるようにした。
「ハナ、何か一言」
「え!?」
思っても見なかった予想外の出来事に、ハナが心臓が破裂するんじゃないかと思った。
一瞬聞き間違えかと思ってレノを見るも、レノは薄っすら微笑むだけで全く意見を変えるつもりがないらしいとわかる。
「で、でも……私……こんな大勢の人の前で……」
「大丈夫だ。しっかりとした挨拶をする必要はない。拡声器があるから小さな声でもいい。ただ、お前の“言葉”が今の国民に必要なのだ」
そう言われ、テラスの下に並ぶ“国民”に目を向ける。
何百と言う種族の動物たちが、みな一様にしてレノとハナを見つめていた。
「…………」
ハナの喉が、ゴクリと鳴る。
「こんにちは……ハナ、と言います……」
そうポツリと言った瞬間、あたりは一瞬にして静まり返った。
あれだけ騒がしかった声が、ほぼ無音にまでなる。
「私は、研究所にいました……そこでは、人間を使った実験が行なわれていて……あ、実験は、仕方ないと思うんですけど……その、優しくしてくれた方もいました」
しかし、それは一瞬にしてまた凄まじ音量になる。
もう、話し続けるのが困難と思われるほどのざわめき。みながハナが言葉を発しているのだと気付いた瞬間、国民の興奮は一気に上昇していく。
拡声器を通しても声が聞き取りづらくなっているが、それでもハナは言葉をつむぐのを止めない。
「私は起きたばかりで……何が起こっているのかわかっていません。それでも、もし……その、動物たちと人間の関係が良くないのなら……また元の関係に戻れるように……頑張りたいです……」
ハナの背を、王が優しく撫でる。
「私が昔に飼っていたチワワがいます。私は記憶がなくて最後どうお別れをしたのか覚えていないけど、それでも、ハイデンとの楽しかった頃を思い出しました」
そこまで言って、ハナは小さくため息をつく。
先日見た楽しい夢は、ハナの心をえぐった。それでも、飼い犬であるハイデンとの久しぶりの再会に、夢とはいえずいぶんと温かい気持ちを感じたのであった。
「……また、あの楽しい日々を……幸せな関係を気づきたいと思います」
ざわめきは最高潮に達し、拍手は鳴り止まない。
鼓膜が痛くなるほど歓声が上がり、やがてそこかしこから“始祖人間”といったコールが沸きあがった。
「ハナ、よくやった」
王はハナの口元にキスを落とすと、ギュッと抱きしめてみせる。
それは国民へのアピールでもあったが、愛情が伝わってくる暖かい抱擁だった。
今、ようやく国民の前に始祖人間としてハナが認知される。
これは、この世界が始まって以来の、歴史上に名を残すほどの出来事となった。




