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運命、それは流星。《下》

 己の力が日に日に弱まっていることに気付いたのは、美夜と暮らし始めて半月ほど経った頃だった。理由はすぐに分かった。東京は夜でも明るく、星の光が届かないためだった。美夜には何とか隠し通していたが、ある日、限界を迎えた。美夜を見送った後、酷い倦怠感に襲われ、布団に横になった。そのまま俺は眠りにつき、目が覚めると完全に力を失った醜い姿になっていた。手足は小枝のように細くなり、顔はまるで骸骨のように痩せこけていた。体自体も子供のように小さくなり、その姿はおおよそ餓鬼のようだった。

 こんな姿、美夜には決して見せられない。どこかへ逃げてしまおうかとも考えた。しかし、美夜から離れることは今の俺にはもう考えられなかった。


「ただいまー」

 どうしようかと頭を悩ませているうちに美夜が帰ってきた。俺は咄嗟に戸棚の中に隠れた。

「あれ、北斗ー? いないのか?」

 美夜の声が大きくなる。俺は戸棚の中でじっと息を潜めた。

「北斗……?いなくなっちゃったの……? 私のこと嫌いになっちゃったのか……?」

 美夜の泣きそうな声。

 思わず俺は

「それは違う!」

と口に出してしまった。嗄れた醜い声にはっとして、慌てて口を押さえる。

「北斗? そんなとこにいるのか? それにその声……風邪でもひいた?」

 美夜が近づいてくる音がする。

「来るな」

 必死に戸を押さえながら言うが、無情にも開けられてしまった。

「……ほ、北斗……なのか……?」

 美夜の驚いた声。

 俺はしばらく無言で項垂れていたが、意を決して口を開いた。

「ああ……俺だ。北斗だ」

 顔を上げて美夜を見つめる。彼女は顔を引きつらせながら後ずさりした。

「な……なんでそんな姿に」

「俺は星から力を得てあの姿を保っていた。星が見えなければ力は失われてしまう。ここ東京は夜も明るく星が見えないだろう……だから……っ」

 ごほっと咳込み、言葉を続けることが出来なかった。

 美夜は尚も、化物を見るかのような目を俺に向けていた。

 ああ、俺の可愛い美夜。そんな目で俺を見ないでくれ。いっそ何処かへ行ってくれ。お前の笑顔が俺の目に焼き付いているうちに……。

「……あたしのせいだ」

 美夜がぽつりと呟いた。

「あたしが一緒に東京に来てくれなんてワガママ言ったから……あたしが無理やり東京に連れ出したから、北斗がこんなことになっちゃった……!」

 わあっと美夜が泣き出した。

 慌てて戸棚から飛び出し、美夜に駆け寄る。

 彼女の頭に手を伸ばし撫でようとするが、今の自分の醜い姿を思い出し手が止まる。しかし美夜は、俺の小枝のようになった手を握りしめ、ごめんね、ごめんねと繰り返した。

「美夜……」

 掠れた声で名前を呼ぶ。

 彼女が涙を湛えた目でこちらを見た。

「お前のせいじゃないよ。俺がお前と一緒にいたかったんだ。これは全て俺の我儘の結果だ」

 美夜はまたぽろぽろと涙を零した。

「北斗……っ」

 美夜が俺を弱々しく抱きしめた。こんな醜い姿になった俺を、彼女は慈しむように抱いてくれた。

「あたし、地元に戻るよ」

「美夜……?」 

「地元に戻って、ちゃんと学校行って、ちゃんと働く。だから、また一緒に来て……ずっとそばにいて」

「あそこにはもう居たくないと……言っていたじゃないか」

「北斗と一緒ならどこだっていい……でも、北斗が元気でいてくれなきゃ嫌なんだ……こんなことになるまで気付かないなんて、バカだなぁ、あたし」

 美夜は涙を拭いながら言った。

「明日の夜の新幹線で帰る。北斗も一緒に来て……くれるよね?」

 美夜は不安げに問いかけてきた。

「もちろんだ。俺は美夜と一緒なら、何処へだって行く」

 ひび割れた声でそう言うと、美夜は悲しそうに笑った。


 次の日、美夜の言葉通り我々は彼女の地元へと戻った。移動中、背負い鞄にしまわれていたのは窮屈だった。電車を降りると美夜は、人目に付かない場所で俺を鞄から出してくれた。

 鞄から出ると、空には星が燦然と輝いていた。体の底から力が漲ってくるのを感じる。みるみるうちに俺の体は人の姿へと戻った。俺が完全に元の姿になったのを見て、美夜は涙を浮かべながら良かった、と抱きついてきた。

「……家に、帰る」

 鞄を背負い直して歩き出した彼女を追って、俺も見飽きた夜の街に一歩を踏み出した。


 家に着くなり美夜は、父親に深々と頭を下げた。彼女の父親はそんな美夜の様子と俺の姿に驚いていたが、意外なほどにすんなりと家にあげてくれた。美夜は、今までのことを洗いざらい話した。父親やこの街に不満を抱いていたこと、そんな中で俺と出会い心を通じ合わせたこと、家出して東京で暮らしていたこと、俺が弱ってしまい戻ってきたこと。   

 父親は黙って美夜の話を聞いていた。そして美夜が話し終えると、彼は静かに言った。

「……お前のことを考えてやれなくて、すまなかった。帰ってきてくれてありがとう、美夜」

 美夜の目から一筋の涙が零れた。


 美夜の父親の名は光治といった。光治は無口な男だった。俺は美夜との関係など、色々問いただされるだろうと身構えていたため、彼が何も言ってこないことに拍子抜けしていた。

 だが一夜明けて翌日。美夜が席を立った間合いで光治がようやく口を開いた。

「君はいったい……何者だ?」

「俺か? 俺はただ美夜が好きなだけの化物さ」

「化物……には俺には見えないが……。君が美夜を連れ戻してくれたのか」

「いや、違うな。美夜は自分の意志でここへ戻ってきた。半ば俺の所為ではあるが……」

「だとしても、感謝している。美夜とまた会わせてくれて……」

 光治は深く頭を下げた。

「ところで……君の目から見て美夜は、どんな子だ?」

「うん、朗らかで優しい子だ。笑顔が可愛らしい。それから自分の芯を強く持ってるな。料理も上手い。あとは……」

「あ、もう十分だ……君にこんなに愛されて、美夜は幸せ者だ」

「ああ、俺は美夜を愛している」

 俺の言葉に、光治はどこか寂しそうに笑った。

「あの子を放ったらかしにした俺が言うのも何だが……どうか、美夜の側にいてやってほしい」

 この通りだ、と光治はまた頭を下げた。

「当たり前だ。元から離れる気んてない……もっとも、光治が許さなければ勝手に連れ出すつもりだったが」

 光治は少し困った顔をして、頼もしいな、と呟いた。


 数日後、美夜が髪を黒く染めた。学校の決まりで金髪は禁じられているらしい。俺は美夜の綺麗な金髪が失われたことが悲しくてならなかった。しかし美夜は明るく、これでちゃんと学校に通える、と言って笑った。彼女の笑顔は変わらず眩しかった。髪が黒くなろうと美夜は美夜だった。俺は金色の髪への未練を断ち切った。

 美夜は煙草も止めた。というか、俺が止めさせた。俺が「美夜には一秒でも長く俺の隣で生きてほしい」と言うと、彼女は顔を赤くして頷き、それ以来ぴたりと吸わなくなった。


 美夜の家で暮らし始めたものの、日中は退屈だった。美夜は学校で光治は仕事。俺はてれびとやらを見て暇を潰していたが、どうも面白くない。俺は二人に何か仕事はないかと尋ねた。二人は最初戸惑っていたが、協議の結果家事全般を俺に任せてくれることになった。俺は掃除や洗濯の仕方を二人から教わった。機械の扱いは難しかった。あいろんとかいうのには文字通り手を焼いた。しかし二人が根気よく教えてくれたおかげで、ある程度は出来るようになった。その過程で、美夜と光治の会話が増えた。俺の馬鹿な失敗に二人で笑い合う場面も見られた。俺はそんな二人を微笑ましく眺めていた。


 一年と少しして、美夜は学校を卒業した。既に地元で仕事が決まっているという。卒業式には光治が出席した。帰ってきた光治は目を腫らしていた。その晩、俺たちはささやかなお祝いぱーてぃーを開いた。俺は腕によりをかけて美夜の好物を作った。光治はけーきとやらを買ってきた。美夜はそれら全てに目を輝かせていた。

 食後、俺と光治から美夜へ贈り物を渡した。俺からは星をあしらった首飾りを。光治は時計を贈っていた。美夜は涙を流してありがとう、と繰り返し言った。

「実は君にもあるんだ」

 光治がこちらに向き直って言った。彼が渡して来たのは、美夜の時計とよく似た形の腕輪だった。

「君のおかげで美夜は高校を卒業して、就職もできた。君がいなければ美夜は今ここにはいなかったかもしれない。ありがとう、受け取ってくれ」

「俺はただ美夜の側にいただけだが……いや、ありがたく頂くよ、光治」

 俺は腕輪を丁寧に箱から取り出すと、そっと手首に着けた。


 仕事が始まり、美夜は毎日忙しくしていた。美夜の仕事は望んでいたあぱれるとやらではなかったが、生き生きと取り組んでいるようだった。そんな忙しい毎日でも、俺たちはそろって食事を取り、夜は一緒に眠った。この生活が、俺には何よりも尊いものだった。


「なぁ北斗」

 ある夜、布団の中で美夜が話しかけてきた。

「どうした、美夜」

「あたしさ、北斗に出会えたおかげでこんなに幸せになれた……東京に行くとか、アパレルの仕事に就くとか夢はあったけど、そんなのどうでもよくなっちゃった。北斗さえそばにいてくれれば、それでいい。ありがとな、北斗」

「俺もだ。美夜さえいれぱ何も要らない。だからずっと、俺の側にいてくれ」

「当たり前じゃん」

 そう言う美夜の頭を撫でる。彼女は気持ちよさそうに目を閉じると、静かに寝息をたて始めた。

 俺は窓の外に目をやった。そういえば、しばらく星を眺めていない。……いや。俺はいつでも星を見ている。隣で眠る、美夜という星を。

 俺の、俺だけの星に願いをかけよう。彼女が永遠に俺の隣にいてくれるように。俺の元へ飛び込んできた流星に、願いを。

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