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運命、それは流星。《上》

 流星が目の前を駆け抜けていった。


 それは、金色の髪をした少女だった。

 少女はこちらを一瞥し、少し驚いた表情を浮かべたが、足を止めることなく走り去っていった。

 俺は暫く、彼女の走っていった方向を見つめていた。

 ほどなくして、後から走って来た警察官らしき男が、

「すみません、今こっちに金髪の女の子が走って来ませんでしたか!?」

と問いかけてきた。

「見ていないな」と、俺は即答する。

 ご協力ありがとうございます、と一礼して警察官は去って行った。

 さて、と。俺は、少女の走り去った方向へと歩きだした。


 彼女は意外とすぐ近くにいた。数分ほど歩いた先の古い建物の陰にしゃがみ込んで、煙草を吸っていた。俺が少女に近づいていくと、彼女も俺の存在に気付いたようでこちらを睨みつけてきた。

「アンタ、さっきの奴か。何か用?」

 流れるような金色の髪に、長い睫毛に縁取られた漆黒の瞳。特段美しい顔というわけではないが、愛嬌のある可愛らしい顔立ち。俺は彼女から目が離せなくなっていた。

「別に用は無いけど、お前のことが気になってね……煙草は体に悪いと言うぞ?」

「うるせぇ、関係ねーだろ。どっか行けよ」

「それはできないな。俺はお前と話がしたい」

「話すことなんかねぇよ」

「俺はある。名前は何という? 何処に住んでいる? 何故こんな夜遅くに出歩いているんだ?」

「うっるせぇなぁ! テメェ喧嘩売ってんのか!?」

 やおら立ち上がった彼女に胸ぐらを掴まれた。俺は一切動じずに微笑みかける。すると彼女は毒気が抜かれたように俺から手を離すと、決まりの悪そうな顔で話し始めた。

「あたしは月代美夜つきしろみよ。美しい夜って書いて、美夜。家は隣町。父親と喧嘩して飛び出してきた……」

「美夜か……良い名前だな」

「そういうあんたの名前は?」

「俺か? 俺に名前なんて無いよ。強いて言えば金色の、とか呼ばれることはあるけど。まぁ、好きに呼んでくれ」

「名前無いのか!? つくづく変なヤツだなぁ……。金色、か。たしかにアンタ、綺麗な金の髪と目ぇしてるもんな」

金、金色……と美夜は呟いて空を見上げた。やがて、ぱっと俺に顔を向けると言った。

「北斗! 北斗なんてどうだ? 北斗七星からとって、北斗! アンタの目、星みたいだから!」

 まぁ、これしか星座知らないんだけど、と美夜が苦笑する。

 星みたい、という彼女の言葉に、先ほど彼女が流星に見えたのを思い出した。俺達は意外と似た者同士なのかもしれない。

 それにしても、北斗、か。良い名前じゃないか。

「うん、今日から俺は北斗と名乗ろう。良い名前をありがとう、美夜」

 そういうと美夜はほんの少し、頬を赤らめた。

「美夜、帰りたくないなら、少し散歩に付き合ってくれないか?」

「散歩ぉ? まぁ別に行くとこもないし、いいけど……」

「決まりだ。行くぞ、美夜」

 こうして俺と美夜は、夜の街に繰り出した。


「さっきは何故警察に追われていたんだ?」

「あー、煙草吸ってるとこ見つかってさ、当然未成年だから逃げたってワケ」

「成人してないと煙草を吸えないのか?」

 そう言うと美夜は目を丸くして俺を見た。

「ハ? 知らねぇの!? お酒と煙草は二十歳になってから、ってこの国の常識だろ!」

まぁ破ってるあたしが言うのもなんだけど、と美夜は乾いた笑いをこぼした。

「父親と喧嘩したと言ってたな?」

「ああ……いつものことだよ。いつまでそんなことしてるんだ、ちゃんと学校に行け、ってしつこく言われててさ……その度に喧嘩してんの。バカみたいだよね」

「美夜は学校に行ってないのか」

「ん……だって、クソみてーな決まりに縛られて、机に向かわされてお勉強させられんの、バカバカしいじゃん。あたしはもっと自由に生きたい。だけど、父親は世間体を気にしてあたしを自分が決めた通りの道に進ませようとするから、それで喧嘩になってるってワケ」

 美夜は大きな溜息をついた。

「あーあ。どっか遠くに逃げちまいたいなー」

「どこか遠く、とは?」

「そうだな……東京、東京に行きたい。東京のオシャレな店でアパレルの仕事がしたい」

 あぱれる……とやらは何か分からなかったが、美夜の言葉からは強い意志が感じられた。

「そうか、美夜なら叶えられるさ」

「適当言ってんじゃねーよ」

「適当じゃないよ。本当にそう思ってる」

 そんな話をしているうちに、夜明けの気配が漂ってきた。

「美夜、俺はそろそろ帰らなきゃいけない」

「そうか……なぁ、またあたしの話聞いてくれよ」

「勿論だ。俺も美夜に会いたい」

「そりゃ……ありがとよ」

 美夜は少し頬を赤らめて言った。

「美夜、星が出ている夜には、さっきの場所で待っていると約束しよう。だから、また会いに来てくれ」

「分かった、絶対行くよ。またな、北斗!」

 そう言って美夜は俺に背を向けて歩いていった。

 いつもなら憂鬱な夜明けだが、今日は心做しか晴れやかな気分だった。


 それから俺と美夜は、星の見える夜にたびたび散歩をするようになった。歩きながら美夜は、俺に色々な話をしてくれた。例えば、美夜の母は十年ほど前に家を出ていったきりで、それ以来父親と二人暮らしであることや、父親は仕事人間で美夜にほとんど構わなかったにも関わらず、美夜の進路についてはうるさく口出ししてくることなど。美夜はあっけらかんとした口調を装っていたが、その実とても心を痛めているのが俺には分かった。俺が優しく相槌を打ってやると、ふにゃりと微笑むのが愛らしかった。

「こんなド田舎、早く出て行きてぇよ」

 それが美夜の口癖だった。俺は彼女のその言葉を肯定するでも否定するでもなく受け取った。彼女の星の髪はいつでも、闇夜によく映えていた。


 散歩を重ねるごとに、美夜はよく笑うようになった。その日あった出来事を冗談交じりに話してくれることもあった。彼女の屈託のない笑顔に、そして時折見せる翳った表情に、俺はどうしようもなく惹かれていった。俺にとって彼女は、このくすんだ街で見つけた一番星だった。


 そんなある日。いつもの場所に行くと美夜は泣きながら煙草を吸っていた。

「どうした、美夜」

「……父親と派手に喧嘩しちゃってさ。もうこんな家出てってやるって、飛び出して来ちまった。どうしよ、もう帰るとこ無くなっちゃった」

 美夜は自嘲するように笑った。

「美夜……」

 俺は美夜の頭を撫でようとする。が、続く美夜の言葉に手が止まった。

「なぁ北斗。あたし、東京に行こうと思う」

 美夜は力強く言った。

「どうせもうここにはいられないし、いたくもない。丁度いい機会だから……上京する」

「美夜……東京に行って、行くあてはあるのか?」

「ダチの親戚が東京にアパート持ってるらしくて、そこ借りられることになった。仕事も、バイトなら見つかるだろ」

 ばいととはよく分からなかったが、美夜には勝算があるらしかった。

「ねぇ、北斗……本当に、良かったらでいいんだけどさ……一緒に来てくれないか?」

「美夜……?」

 俺は困惑した。確かに美夜から離れるのは嫌だ。しかし、何百年とこの土地から離れたことのない俺には、東京という未知の場所は恐ろしく感じられた。

「大見得切っちゃったのはいいけど、あたしもやっぱり不安でさ……でも、北斗と一緒なら平気な気がするんだ」

 美夜が俺の目を真っ直ぐに見据えて言った。その、揺るがない決意を湛えつつも縋るような瞳を見た俺は……

「……俺も行く。美夜と一緒に」

 その瞬間、美夜は弾けるような笑顔を見せた。

「本当か!? ありがとう! 北斗! 北斗がいてくれたら絶対大丈夫だ!」

 その言葉で、俺の中の不安は消え去ってしまった。

 行こう、美夜と一緒なら何処へでも。たとえそれが、深い闇の中だったとしても。


 次の日の夕方。俺は美夜と共に列車に乗っていた。彼女の大きな荷物は見た目に反してとても軽かった。美夜は車窓を流れる景色を切なそうに眺めていた。

 東京は夜にも関わらずぎらぎらと輝いていた。星とは似ても似つかない無粋な光に思わず眉をひそめる。そんな俺とは裏腹に、美夜の瞳は希望の光で満ちていた。

 電車に乗り、下宿先へ向かう。そこは古びたあぱーととやらの二階だった。階段を踏みしめる度にぎしぎしと嫌な音が鳴った。部屋は極めて狭く、埃臭い匂いがした。しかし美夜は荷物を置くと満足そうに

「北斗! ここが今日からあたしたちの家だ!」

と言った。

「そうか、俺たちの家か……」

 その言葉だけで、この部屋が今まで訪れたどんな場所よりも暖かく感じた。


 美夜は二、三日するともうばいとを見つけ、毎日のように働き出した。俺も働くと言ったが、「北斗はただ側にいてくれればいいから」と一蹴されてしまった。それでも何もしないわけにはいかないと食い下がると、美夜は俺を料理担当に任命した。俺は食事をせずとも生きていけるため、料理などしたことがなかった。そう言うと美夜は仕方ないなぁ、と笑いながら、包丁の持ち方から教えてくれた。そうして初めて作ったかれーらいすを、美夜は美味しい美味しいと言いながら食べてくれた。

 夜、俺たちは狭い部屋で、一枚の布団に包まって眠った。必然的に体が密着する。美夜の温かな体をそっと引き寄せ、腕の中に閉じ込める。とくとくという美夜の心臓の音が俺に伝わってきた。

「北斗、あたし……今すげぇ幸せ」

「ああ、俺も幸せだ」

 俺たちは顔を見合わせて笑い、眠りについた。

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