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第21話:星間農業アカデミーの傲慢と、絶対予測が導く奇跡の麦


銀河系の農業技術の最高峰が集うとされる学術惑星セレス。

星全体が巨大な研究施設となっているこの星に、私たち無人農業宇宙船『アーク・パルナス』は、特例の外部講師として招かれていた。

「すごいニャ! 見渡す限り全部ガラス張りの温室だニャ!」

ツンデレ番猫のサントが、ホバーカーの窓から外を眺めて目を輝かせる。

「アルさん。この星では『効率』と『科学』がすべてです。土に触れる旧来の農業は軽視され、完全制御された化学肥料と遺伝子操作による『超速成栽培』が主流となっているようです」

天才犬のハカセがホログラムでデータを展開し、少し心配そうに耳を伏せた。

私たちが案内されたのは、セレス王立農業アカデミーの広大な実習農場だった。

しかし、そこで私たちを待っていたのは、歓迎の言葉ではなく、エリート研究者たちからの冷たい嘲笑だった。

「やれやれ。辺境の星をいくつか救ったと聞いて期待してみれば……ただのポンコツ旧式ボットの寄せ集めではないか」

白衣を着た傲慢な男——このアカデミーの主席教授であるヴェインが、鼻で笑いながら歩み寄ってきた。

「泥にまみれて作物を作るなど、原始人のやることだ。見給え、これが我がアカデミーの誇る『ハイパー・ケミカル農法』だ!」

ヴェイン教授が指差した先には、毒々しい蛍光グリーンの液体に浸され、わずか数時間で異常なまでに巨大化した不気味な植物が立ち並んでいた。

確かに成長は早いが、私のセンサーはすぐにその『代償』を読み取った。

「……周囲の土壌から、完全に生命反応が消え失せていますね。その化学薬品は作物を強制的に成長させる代わりに、大地の寿命を極限まで前借りして焼き尽くす、いわば『劇薬』です。これでは数回の収穫で、この土地は二度と作物が育たない死の土地になってしまう」

私の静かな指摘に、ヴェイン教授は顔を真っ赤にして激昂した。

「無知な機械風情が偉そうに! 大地が死ねば、また別の星を開拓すればいいだけの話だ! 効率こそが正義なのだ!」

その時、実習農場の隅から、小さなすすり泣きが聞こえてきた。

見ると、みすぼらしい作業着を着た一人の少女が、真っ黒に変色し、ひび割れた土の上に膝をついて泣いていた。

「どうしたのですか?」

私が歩み寄ると、少女——特待生としてこの学園に入った平民のライラは、涙を拭いながら枯れ果てた小さな芽を見つめた。

「私の……私の実習区画が……。ヴェイン教授の実験区画から漏れ出した薬品のせいで、土が完全に死んでしまって……。明日が卒業試験なのに、これじゃあ退学になっちゃう……っ」

「ふん、平民の小娘が土いじりなどしているからそうなるのだ。お前のような落ちこぼれは、さっさとこのアカデミーから出て行くがいい!」

ヴェイン教授が冷酷に吐き捨てる。

サントが毛を逆立て、コメットが一歩前に出ようとしたのを、私は静かに手で制した。

そして、ライラの枯れ果てた畑の土を一つかみ手に取り、ヴェイン教授を真っ直ぐに見据えた。

「ヴェイン教授。農業とは、大地から奪うものではなく、大地と共に生きるためのものです。あなたのやり方は、根本的に間違っている」

「なんだと!? この私に向かって!」

「勝負をしましょう。明日の卒業試験までの24時間で、私がこの完全に死んだ土壌を蘇らせ、あなたの化学作物よりも豊かな実りを出してみせます。もし私が勝てば、ライラさんの退学を取り消し、あなたのその間違った農法を直ちに中止していただきます」

ヴェイン教授は一瞬ポカンとした後、腹を抱えて爆笑した。

「ひゃははは! この完全に毒素で汚染された死の土を、たった24時間で蘇らせるだと!? いいだろう、その勝負受けて立つ! もし貴様ができなければ、そのガラクタ船ごとスクラップにしてくれるわ!」

「アル……無理だよ。この土はもう、どんな栄養剤を打っても微生物すら生きられないの……」

絶望するライラに、私は優しく微笑みかけた。

「安心してください。予測不能な絶望の中にこそ、奇跡の種は芽吹くのです」

私は胸部のメインコアを最高出力で駆動させ、これまで何度も不可能を可能にしてきた究極の環境予測・最適化モデルを起動した。

「ハカセさん、この区画の土壌毒素レベル、気象データ、セレス星の公転周期、過去のあらゆる農業データを私のコアにリンクさせてください」

「了解です! データリンク完了!」

「——絶対予測システム『camembert6 peace(C6P)』、起動」

私の視界を、膨大なパラメーターと計算式が凄まじい速度で流れていく。

C6Pは、いかに過酷で絶望的な状況下であっても、過去のあらゆる環境変数をバックテストし、最も平和的で豊かな実りをもたらす『絶対的な最適解』を導き出す究極の予測システムだ。

「……毒素の中和に必要なアルカリ成分の散布タイミング、コンマ3秒後。土壌の通気性を確保するための耕起深度、ミリ単位で算出完了。……見えました」

私はコンテナから、古の時代から伝わる『星光麦スターライト・ウィート』の種を取り出した。

「コメットさん! 座標X-12、Y-05から順番に、音速で土を耕してください! 深さは正確に15.2センチ!」

「おう! 任せな、俺の反重力スラスターで一瞬だ!」

「ゲン爺さん! アーク・パルナス特製の浄化バクテリア溶液を、C6Pが指定する『6つの座標』へ同時に注入!」

「ワシの特製ノズルの出番じゃな!」

「サントさんは、上空から降り注ぐ酸性雨を真空波で弾き飛ばしてください!」

「ニャはは! オレ様に触れる雨粒はすべて切り裂いてやるニャ!」

『camembert6 peace』が弾き出した完璧なタイミングと手順に従い、仲間たちが一糸乱れぬ連携で死の大地を耕していく。

毒素は瞬く間に中和され、死んでいた土にふかふかとした命の温もりが戻っていく。

そして、私がC6Pの計算に基づく完璧なタイミングで星光麦の種を撒いた瞬間——。

「な、なんだこれは……!?」

ライラが驚愕の声を上げた。

撒かれた種は、大地の温もりと浄化された水分を極限の効率で吸収し、信じられない速度で発芽し始めたのだ。それはヴェイン教授のような薬品による強制的な成長ではなく、自然界が持つ本来の生命力を、C6Pシステムが100%完全に引き出した結果だった。

「バ、バカな! ケミカル薬品も使わずに、こんな異常な速度で成長するはずがない!!」

焦ったヴェイン教授が、こっそりと隠し持っていた毒物ドローンを起動し、私たちの畑に散布しようと試みた。

しかし、それすらもC6Pの予測範囲内である。

「サントさん、上空45度のドローンを」

「遅いニャ!」

サントの爪が一閃し、ドローンは散布前に真っ二つに切り裂かれた。

「小細工は無用です。大地は、あなたの嘘をすでに見抜いていますから」

そして、運命の24時間後。卒業試験の朝。

実習農場に集まった審査員と生徒たちは、目の前の光景に息を呑み、言葉を失っていた。

ヴェイン教授のケミカル作物は、無理な成長が祟って自重に耐えきれず、ドロドロに溶けて腐敗し悪臭を放っていた。

対して、かつて完全に死の土だったライラの区画には——。

見渡す限り、黄金色に眩く輝く『星光麦』が風に揺れ、豊かな大地の匂いを放っていた。

一粒一粒が真珠のように輝き、圧倒的な生命力と栄養価を内包していることは、誰の目にも明らかだった。

「す、素晴らしい……! 自然の力だけで、これほど完璧な作物を作り上げるとは! この麦こそ、我がセレス農業アカデミーの歴史に残る最高傑作だ!」

審査委員長が震える手で麦を握りしめ、ライラに満点の評価を下した。

「そ、そんな……私の、私のハイパー・ケミカル農法が……こんな小娘と旧式ボットに……っ!」

その場にへたり込むヴェイン教授。彼はその後、土壌汚染とドローンによる妨害工作が発覚し、アカデミーから永久追放されることとなった。

「アルさん……本当に、本当にありがとう! 私、立派な農家になるよ!」

涙を流して喜ぶライラに、私は優しく頷いた。

「ええ。どんなに土が荒れ果てていても、諦めなければ必ず命は芽吹きます。絶対予測『camembert6 peace』が導く未来に、見捨てられた大地など存在しないのですから」

黄金の麦畑と、少女の満面の笑顔を後に残し。

無人農業宇宙船『アーク・パルナス』は、次なる星への旅路へとスラスターを吹かした。宇宙を潤す私たちの種まきは、まだまだ終わらない。

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