12.嫌な予感
「どうした?アリス」
ギルバートが尋ねる。
アリスは「あ、いえ」と軽く首を振って、
「……騎士の叙勲を受けて最初の遠征任務が、この近くでの鳥竜退治だったので」
一年以上前のことを思い出しながら答えた。
「ああ、そうだったか。お前もこの一年ちょっとの間に、いくつもの任務をこなしてきたからなぁ」
団長が、まるで父親が息子を見るような目でアリスを見る。
「普段なら、あの辺りはそれほど魔物も多くないはずなんだがな。最近は野盗が出るという話もあるし、それ以外にも物騒な報告もある。今も近くにルシアと五番隊を派遣しているところだ」
「隊長が?」
クロードの言葉に、アリスが驚いたように小さく声を上げた。
ルシアというのは、アリスが所属する部隊の隊長の名だ。
一か月近く前から、別任務で王都を離れているのは知っていたが、行先は聞かされていなかった。
「ああ。と言っても多少は距離があるし、任務中に会うことはないだろうがな。お前はとにかく、自分の任務に専念することだ」
「わかりました」
一礼し、アリスが退室するために扉に向かう。
「ああ、そうそう。それからな、アリス」
ドアノブに手をかけたところで、団長が呼び止めた。
まるでたった今思い出したと言うような調子で。
「ひとつ言い忘れていたが、討伐隊に一名、魔導機動隊からも加えてもらう。そっちの人選はすでにしてあるから……とりあえずお前は気にするな」
振り返ったアリスに、団長のクロードは口の端を上げてニヤッと笑った。
どこか憎めない、不敵な笑みだ。
アリスはこの顔を知っている。
ちょっと意地の悪いことを考えているときの表情だ。
そしてクロードがこの顔をするときは、大抵ろくなことがない。
隣に立つギルバートは何も言わないが、ごくわずかに苦笑しているようだった。
「えっと、それは……」
「では、よろしく頼むぞ」
秀麗な眉を顰めて思わず聞き返そうとしたアリスの言葉を、強引に遮ってクロードが締めくくった。
何となく嫌な予感を拭えないまま、渋々と言った感じで口にしかけた言葉を飲み込むと、少女のような騎士はそのまま団長室を後にした。
「……お前も性格が悪いな」
アリスが退室するのを待って、ギルバートが口を開いた。
「そう言うなよ」
クロードが苦笑する。
「最初の遠征任務としては、小鬼退治はちょうどいいだろ?」
「あの子は私たちの管轄外だろうに。それにわざわざアリスじゃなくても良かっただろう」
「面白いじゃないか。あいつの嫌そうな顔が目に浮かぶよ。アリスは案外すぐに顔に出るからな」
「お前な……」
「それに、今王都にいる手頃な隊は一番隊だったしな。流石に五人揃ってる小隊を行かせる程じゃないだろ」
「その話で言えば、小鬼や食人鬼に〈星芒騎士〉を二人も付けるのはそもそも過剰じゃないか?」
「……うんまあ、それはそうなんだけどな」
クロードは少し歯切れの悪い言い方でギルバートに答える。
「どうも引っかかるんだ。今回の件は」
「本当に貴族種がいると思っているのか?」
「いやいやさすがにロードはいないだろ、実際は。俺たちでさえ、本物は見たことがないくらいレアものだしな。さっきのはまあ、油断しないようにっていうただの親心だ」
「なら、やはり規模の割に最近まで予兆がなかったってことか?……それとも討伐隊と調査隊が全滅したことか?」
「うんまあ、両方だ」
クロードは頷いた。
「カペラからの報告じゃあ、兵団がゴブリンの群れを最初に確認したのはほんの一月前って話だったろ?こんな短期間で三十以上の規模になるかな?しかもオーガーを飼いならすほどだぜ。一応、カペラの警戒区域内だろ」
「……」
ギルバートは少し考えこむような仕草をする。
「それにオーガーがいたからって、討伐隊十人とその後の調査隊十二人が一人も撤退できずに全滅するかね?」
「……それは編成された兵たちの経験や熟練度にもよるだろう。それに確かにカペラの兵団長は優秀な人だが、あの街の管轄区域は広い。どちらもありえない話ではないと思うぞ」
ギルバートは静かに答えた。
クロードは素直に頷く。
分かっている。ありえないことではない。
ありえないことではないが——
「何かが引っかかる。……ルシア達に探らせている謎の瘴気の源も、比較的距離が近いしな」
「ルシアとカレンの調査対象と、何か関係があると?」
「いや、それも分からん。分らんが……」
少し間があってから、ギルバートは腕を組むと、いつになく歯切れの悪い、古い友人の目を見て訪ねる。
「また勘か?」
「勘だ」
ギルバートの目をまっすぐに見返してクロードは頷いた。
「勘弁してくれ」
ギルバートは溜め息をついた。
「お前の根拠のない勘ほど、よく当たるものはない」




