13.同期のふたり
「ゴブリン?今さらか?」
ここは王宮の横に併設された兵舎の一室。
兵舎は複数の棟が一階部分で連結された超巨大な一つの建物となっているが、その中は大きく分けて二区分、兵士たちの詰所と騎士団の詰所で区切られており、さらに騎士団の詰所の中は大小二つの区画に分けられている。
大きいほうは〈王国騎士団〉のもの。
そしてもう一つは、ナディア最強戦力たる〈星芒騎士団〉の詰所だ。
どちらの詰所にも、団長室、大小複数の会議室・応接室に加えて、有事の際に寝泊まりできるよう寝室が備えられた宿舎が内設されており、広くはないが騎士たちは一人一室を与えられている。
また騎士たちの宿舎がある棟には、複数の団欒室もある。
もっとも、〈王国騎士団〉よりはるかに構成員の少ない〈星芒騎士団〉の詰所にある団欒室は一つだけだが。
その唯一の団欒室の中で、アリスは一つの丸テーブルについて二人の少年と向かい合っていた。
「うんまあ、おれも最初は正直、えっ?って思ったんだけど」
声の主に向き直って、アリスが口を開いた。
アリスが答えた相手は、長い黒髪の男だった。
背の中ほどまで届くその黒髪は艶やかなストレート。長い前髪が右目を半分以上覆い隠している。
黒髪の下に除くその瞳は深いエメラルドグリーンだ。わずかに吊り上がった切れ長の目、アリスより白い肌、筋の通った高い鼻、意志の強そうな薄い唇。
身に着けているのはアリスと同じ、白色の板金鎧とその上に蒼色のマント。〈星芒騎士団〉の正装である。
「確かに、ゴブリンに〈星芒騎士〉二人っていうのは、あんまり聞かねえな」
興味なさそうに相槌を打ったのは、黒髪の騎士の隣に座っている男だ。
赤銅色の短髪。特に後頭部と側頭部は短く刈り上げられていて、その部分はやや色のトーンが暗めの暗褐色に見える。
瞳の色は明るい琥珀色。
左の頬から顎にかけて古い傷の痕がある。
そしていかにも健康そうな褐色の肌。
その引き締まった体に纏うのはやはり白の板金鎧と蒼いマント。
黒髪の騎士の名はディートクリフ、赤銅色の髪の騎士はシュカという。
二人とも最短でともに難関試験に合格して騎士叙勲を受けたアリスの同期であり、騎士養成学校時代からの付き合いでもある。
なお、ディートクリフはアリスと同じ十六歳だが、シュカは養成学校に入学した時点でアリス達より一年遅れていたため、同期ではあるものの一歳年上の十七歳だ。
「なあディートクリフ、ちょっと代わってくんねえ?」
「代われるか。指令を受けたのは一番隊だ」
「つっても、今二人しかいねえんスけど」
「知らん。というか二人いれば釣りがくるだろ」
「……あのさ、もうちょい真面目に聞いてくれる?特にシュカ。お前も行くんだからさ」
アリスが眉間にしわを寄せて、じとっとシュカを睨む。
「そんな可愛い顔で睨んでも全然怖くねえぜ。むしろロリコンのおっさんが喜びそうだな」
「ぶっ殺す」
「うちの師匠とかな」
「マジでぶっ殺す」
「冗談冗談」
赤銅色の髪の少年がさも楽しそうに肩を竦める。
「痴話喧嘩は他所でやれ」
「ディートクリフ、お前もぶっ殺す。……てかさ、ふたりとも話を聞く気ある?」
アリスが不貞腐れると、
「さっきから聞いてるじゃねえか」
「とっとと話せ。暇じゃないんだ」
「お前らな……」
シュカの呆れ顔、ディートクリフの無表情な回答に、アリスはさらに頬を膨らませる。
「――ちっ、雑種が」
唐突に、不穏な声が降ってきた。
団欒室の開け放たれた大きな入り口から、三人の男が入ってくる。
いずれも白色の板金鎧、蒼色のマントを身に着けていた。
アリス達のそばを通り過ぎる際、三人のうちの一人――赤毛の男が露骨に嫌そうな顔でアリス達を一瞥する。
「……お疲れ様です」
アリスはその表情には気づかなかったふりをして会釈をした。
三人のうち一番先頭にいたシルバーブロンドの男だけがこちらを振り返って柔らかく笑い、軽く手を挙げて挨拶に答えたが、赤毛の男はふん、と小さく鼻を鳴らすだけだった。
もう一人の明るいブラウンの髪をした男もニヤニヤするだけで特に何も言わない。
三人はアリス達から少し離れたテーブルについた。
「んで?つづき」
シュカの催促の仕方に再び若干の苛立ちを見せつつも、アリスは気を取り直して咳払いをする。
「ゴブリンだけじゃないんだ。結構、厄介なのもいるみたい」
アリスは副団長から受け取った書類を二人に見えるようにテーブルに広げ、やっと聞く気になった二人に団長室で自分が受けた説明を共有した。
「……ふうん、ホブにシャーマンに、オーガーね。それに二十二人は多いな」
「随分、放置したものだな」
アリスが話し終えると、シュカとディートクリフが口を開いた。
「んでもって、よほどツイてないと、ゴブリンの王様を拝めるかもって特典付きねえ」
「それは寧ろツイていると言うんだ。そんな稀少なヤツを仕留めれば大手柄だろう」
「いや、貴族種はまずいないと思うよ。団長のアレは、ただの脅しだと思うし」
“二番隊”所属のディートクリフは、今回の討伐任務には不参加だ。
討伐隊の隊長としてアリスには人員の編成権を与えられているが、その人選対象に騎士階級や宮廷魔導士階級は含まれない。
騎士や国に仕える魔導士の起用は本物の隊長格以上の専権事項とされているためだ。
必然的に、アリスの選択肢は三つとなる。
王都から兵を連れていくか、目的地近くの都市に所属する兵を使うか、はたまた経費の範囲で人を雇うか。
彼に与えられた人事権の範囲でできるのはそこまでだ。
「それでも〈星芒騎士〉を二枚もつけるっていうのは、やっぱちょっとやり過ぎな気もするが……まあ、情報不足で未知数な部分もある上に、すでに合わせて二十二人も兵士がやられてるってなると、そんなもんかね」
赤銅色の髪の少年は、心なしか他人事のように言って腕を組んだ。
「あ、いやそれなんだけどさ……実はもう一人、魔導機動隊の隊士が同行予定らしい」
「あ?マジかよ?」
とシュカが怪訝な顔をしたところだった。
「――お、イケメン三人衆じゃん」
ふいに、若い女の明るい声が談話室に飛び込んできた。




