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スターチス  作者: 愛姫
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タイムリミット

 目を開けると辺りは薄暗く、カーテンを見ても光一つ入ってこない。ベッドから起き上がろうとすると、腰が押しつぶされ、身動きが取れない。目を擦り、首を回すとコツンと当たった硬い感触。



 片手しか動かせない為、とりあえず髪を触りぼーっとする。何も考えず頭を空っぽにし、ペットに触れるようなイメージ。青葉も寝ているのか、静かに撫でられたまま大人しい。噛み締めるように感じる幸せ。珍しく私一人だけで堪能できる。



 前なら暑苦しいと拒絶し、酷く嫌っていたはずなのに。失ってから気付いたのか、元々そうだったのか。亡くなってから毎日されるアプローチのせいで変わったのか。なんにせよ、今の私は自分でも驚くほど別人のような感性と気持ちに支配されている。



 これは恋なのか。恐らくそうなんだとは思うが如何いかんせん初めての経験。好きと伝え、告白した時にも感じたが、好きの感情は大変わかりやすい。親でも物でもそれこそ生き物でも。生まれてから十数年の間に幾つもの好きを体験した。しかし、恋は未だに分からない。



 親子愛というものがある。だがそれは、今私が思っている愛と、別の愛ではないだろうか。誕生してから今に至るまで毎日過ごし、築き上げてきた親と子の関係。だがしかし、今の気持ちのように激しく、情熱的に湧き上がってこないから。近くに居て当たり前の存在になって、毎日のように母からの愛情を感じているからだろうか。青葉のように離れ離れになれば気持ちが変化し、母に対しても気持ちが変わる? ダメ。愛という言葉では同じでもまるで違う。まだ小さく、視野が狭いのか、経験が足りないのか。質の違う愛。全くの別物な愛に酷く戸惑う。青葉を心の底から愛おしく思うこの気持ち。



(⋯⋯いとおしい。そう言えばこの言葉には愛が付いていた)



 私は起こさぬよう、静かに手を伸ばしスマホを取り、すぐに意味を調べ始めた。明かりに思わず目をしかめる。ただそんなもの関係ない。見入るように画面に釘付けになり、いつの間にか、自分でも知らないうちに頭は何かに取り憑かれ、一杯になった。



 愛おしい。色々とサイトを調べてみたが好きより重く、大事、大切といった気持ちが根底にあるらしい。私が思う青葉の気持ちと一致しているため間違ってはいなさそうだ。好きを超えた感情が愛。好きを通り越してしまったのか。腹の底から溢れ出てくるどす黒く、自分の気持ちなのに嫌気がさすほどの醜さ。私は壊れているのか歪んでいるのか。愛は人を狂わせる。まさしくその通り。意味の分からないほどに脳を支配する気持ち。唇を噛み締め、何とかさらけ出さないようにと必死になる。



 散々今まで青葉から、一方的な愛を浴びていたのに。あの日、屋上で伝えてくれた本音。二人だけの世界で生きていく。嫌と拒絶したのに今は私が青葉を連れ出して縛りたい。一生このまま⋯⋯



「ピコン!」



「ん?」



 突然鳴ったスマホ。何件もの連絡が入っていた。



「いちごさん⋯⋯」



 しつこいぐらいの心配。たかが風邪なのに過剰な程のメールが何十件も並んでいた。



「はぁ⋯⋯」



 もう考えるのはやめよう。結局、考えたところで答えなんて出ない。私一人では導き出せない。支配されていた思考も冷めた。連絡だけ返してスマホは――



「なに浮気してるの」



 突如動き出し、スマホを持っていた手が押し付けられた。暗すぎて顔を見れず、声だけ。あまりに急で心臓の鼓動が早くなる。



「びっくりした⋯⋯起きたの?」



「ねぇ紅葉? 私が実はずーっと起きてたって言ったらどうする?」



「え?」



「なんか一生懸命調べてたの⋯⋯ぜーんぶ見てたって言ったらどうする?」



 破裂しそうな程早い。青葉にも聞こえてしまうのではないかと心配になるほど、うるさく鳴り止まない。



「なーんかさ。随分モゾモゾしてて、やけに息が荒いから、また夢見てるのかと心配になったんだけど⋯⋯」



 直視できない。見えもしないのに首を曲げて。青葉だって私を視認出来てないはずなのに。



「ダメだよ。ちゃんと私の顔見ないと?」



「嘘⋯⋯あなた見えてるの?」



「いや? 見えてないよ。ただの感。紅葉なら絶対顔を背けると思ったから」



 手のひらの上。いとも簡単に騙されて。ただそれでもスマホを見てた訳――



「愛⋯⋯何をそんな真剣に調べてたの?」



 力が抜ける。今にも死んでしまいたい。耳元で囁かれた言葉。全てを見られていた。



「ほんとにさぁ⋯⋯困るよ。私だって我慢してたのに。ずーっと気持ちを押し殺して耐えてたのに。それなのに」



【紅葉の方から来るなんてさ⋯⋯】



 全てを見透かされた。私の心も、思考も、思いも。丸裸にされて。顔が熱い。体温が上がったからじゃない、恥ずかしさから来る身体の反応。



「風邪だから本気で心配してたのに。それを――スケベな気持ちで返されるとか。ほんとにもう⋯⋯」



 的確に私の服をはだけさせて。一枚一枚捲っていく。



「青葉ごめん⋯⋯だから⋯⋯」



「やめてとか言うなよ? 紅葉から始めたんじゃん?」



 それを言われたら何も抵抗出来ない。されるがままに、どんどん服が上げられる。



「ん⋯⋯」



「まだ熱っぽいね⋯⋯」



 突如触られたお腹。何度も優しく。繰り返すようにいじられて。



「えっちな声出てるなぁ⋯⋯」



 肩に口を押さえつけて。絶対に声を出さないように。何をされても無反応。絶対に動かない。



「そんなのしても無駄だって」



 私の行動を鼻で笑った。確実に見えてなきゃおかしいほど、的確に当ててくる。



「この際だし⋯⋯本番しちゃう?」



 青葉のそれが何を指してるのか。嫌でも理解できた。



「本気⋯⋯なの⋯⋯」



「嘘言うわけないじゃん?」



 絶対本気だ。宣言したからには必ず私を手にかけるだろう。拒むことはできる。ただそれも口だけ。今の私はされるがまま。必ず最後には受けいれてしまう。



「⋯⋯やっぱやめた」



 ズボンに手をかけ、今にも脱がそうとした時、変なことを言い出した。油断させて反応を楽しむ気だろう。そう思ったのに――



「ちょっと外行ってくる」



 掴んでいた腕も、のしかかられた体も、全て解き、本当にどこかへ行ってしまった。茫然自失。突然の事に驚いてしばらく動けなかった。それでも起き上がり、電気を付けても、何処にも姿は見当たらない。中途半端に遊ぶだけで放置することなんて⋯⋯私が何かをしてしまったのか。いくら考えても何も浮かばない。ベッドに座り、大人しく帰りを待つことしか出来なかった。




 ***




「にゃーお!」



「猫ちゃんや。おみゃあさんには私の姿が見えるのか?」



 外の路上。月明かりと街灯だけが頼りになる。腹を出して撫でろとアピール。



「毛が気持ちいのぉ⋯⋯はぁ。なんでよりにも今なんだ」



 現実逃避。待ち望んでいた状況が目の前にあったのに、触れられなかった。



「あ⋯⋯」



 手がすり抜け、猫の体に入り込んだ。それに驚き、毛を逆立て逃げていく。



「もう隠せないじゃん⋯⋯」



 手を月にかざし、覆っても、ハッキリと透けて丸見え。地面にも電柱にも触れられず、全身が薄く、色が抜け落ちた。いくら目をつぶって願っても現実は変わらない。不自然な色味。



「どうしよう⋯⋯家帰れないや⋯⋯」




 ***



「青葉⋯⋯まだなの?」



 募る不安。日付が変わっても、カーテンから光が入り込んできても。いつまで経っても現れない。まるで前の⋯⋯亡くなって姿が見えなくなった時と同じ。



「お願い⋯⋯早く⋯⋯戻ってきて⋯⋯」




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