実戦 〜サンドバッグ勇者ラクレス〜
「グモオオオオオッ!!」
初撃をかわされたロックボアが、怒りの咆哮を上げて振り返る。
その巨体に見合わぬ素早さで方向転換し、再びラクレスへと突進した。
対するラクレスは冷静に剣を構え、その突撃を正面から受け止めようと――
ドッゴオオオン!!
「ぐっ……!?」
しなかった。
いや、しようとはしたのだろう。
だが結果として、ラクレスはまるでボールのように軽々と吹き飛ばされ、背後の岩壁に叩きつけられた。
ガシャン! と、あの神々しい鎧が、なんとも情けない音を立てる。
「ヒック……。おぉう、小僧、派手に吹っ飛んだのう!」
クーネルは岩の上で足をぷらぷらさせながら、陽気にヤジを飛ばした。
先ほど飲み干した酒のおかげで、体はポカポカ、気分はふわふわ。
目の前で繰り広げられる光景が、なんとも愉快な見世物に見えて仕方がない。
(それにしてもあの鎧は本当に頑丈じゃな。妾の目に狂いはなかったわ。……うむ、気分が良い。もう少しこの見世物を楽しむとしようかのう……ヒック)
ラクレスはよろよろと立ち上がると、再びロックボアへと斬りかかっていく。
しかしその剣筋はあまりにも単調で、硬い皮膚に弾かれてはカウンターの頭突きを食らい、またもや吹き飛ばされる。
殴られ、吹っ飛ばされ、地面を転がり、そしてまた立ち上がる。
まるでサンドバッグだ。
それも中身の詰まった、やられ役専門のサンドバッグである。
「頑張るのじゃ、小僧~! もっとこう、ばーっと行って、ずどーんとやるのじゃ!」
「……う、うるさい……! 集中、できない……!」
満身創痍のラクレスが、かろうじて抗議の声を上げる。
ゴブリン程度なら難なくさばけるが、討伐依頼がでるぐらいの強い魔物に対しては歯が立たない。
それがラクレスの現在の実力。
頑丈な岩の皮膚と剣の相性も悪く、ラクレス程度の腕では刃が通らない。
だがクーネルにはなんだがいい気分。
彼の苦痛など全く気にしていない。
むしろクーネルが気にしているのは別のことだった。
「ぐ、げっほ、げっほ!」
足を抑え、ラクレスが大きく咳き込む。
その唇は苦痛に歪んでいた。
(あの鎧……あれだけやられて、傷一つついとらん。どころか、小僧の体のほうも、食らっているわりには傷が浅い……)
目を凝らして見ていると、ラクレス擦り切れた皮膚がみるみる治っていくのが見えた。
合点がいった。
自動回復機能、それがあの鎧の正体なのだ。
(不滅というのも頷けるのう…。しかし、痛そうではあるな。実に痛そうじゃ)
そう、問題はそこだ。
あの鎧、ダメージを完全にチャラにする回復性能があるらしい。しかし、どうやら「食らった痛み」までなくなるわけではないようだ。
ラクレスが吹き飛ばされるたびに上げる苦悶の声が、それを雄弁に物語っていた。
(ふむ……これでは妾が着るのには向かんな。ガロウ獅子王の火炎を耐えられるとはいえ、全身こんがりを繰り返すのは絶対嫌じゃ。この妾には着れぬ。痛い思いなど冗談ではない)
ラクレスには何かに信念があるらしいが、クーネルにはそんなものがない。
あの鎧も、そして剣も、なんらかの問題を抱えてまわってきた、いわば事故物剣。
きっと誰もが嫌がるものを、これを使うしかない状況になった苦肉の策。
信念がなければ扱えぬ代物。
鎧を奪う計画は一旦見直す必要がありそうだ。
ならば、どうするか?
(そうか。奪う必要など…、ないのじゃな)
この小僧に、着せたままでよい。
そして、妾の「盾」として、存分に働いてもらえばよいのだ。
うん、それがいい。それが一番効率的じゃ。
殺すには惜しい腕をしておる。(飯炊きの)
クーネルが今後の素晴らしい計画に一人悦に入っていた、その時だった。
度重なる攻撃で、ついにラクレスの動きが鈍った。
その一瞬の隙を、ロックボアは見逃さなかった。