盗賊団の罠
城内の調査を始めて時間が立つ。
そろそろ日が暮れるかと言うころ、二人はついに城の最下層へと続く、隠された階段を発見した。
湿ったカビ臭い空気が、地下から淀むように流れ出してくる。
「……ここだな。奴らのアジトはこの下だ」
ラクレスは剣の柄に手をかけ、慎重に階段を降りていく。
クーネルはその後ろを退屈そうにあくびをしながらついて行った。
地下は一本の長い通路になっていた。
壁には松明がいくつか灯されており、明らかに人の手が入っている。
通路の先は分厚い鉄の扉で閉ざされていた。
「小僧、さっさとあの扉を蹴破らんか」
「待って。何か罠があるかもしれない」
ラクレスがクーネルを制止し、足元に注意を払いながら、ゆっくりと扉へと近づいていく。
その時だった。
「ふん、この臆病者めが。罠なぞ、あるわけが……」
クーネルが、ラクレスを追い越して扉に手をかけようと、一歩前に踏み出した、まさにその瞬間。
彼女の足元の石畳が、カチリ、と小さな音を立てて沈み込んだ。
「なっ……!?」
クーネルが、自分の足元で何が起こったのかを理解するよりも早く、天井から太い縄が、猛烈な勢いで振り下ろされてきた。
それは獲物の足を絡めとるための、巧妙に仕掛けられた罠だった。
「危ない! ――ウッ!」
ラクレスの叫び声と、彼が動くのはほぼ同時だった。
彼はクーネルの小さな体を、力強く突き飛ばした。
尻もちをつくクーネルの目の前で、ラクレスの体がまるで巨大な獣に捕らえられたかのように宙へと吊り上げられる。
振り下ろされた縄は彼の右足を正確に捉え、逆さ吊りの状態にしていた。
しかもその縄には内側に無数の錆びた鉄の棘が仕込まれている。
ガチガチガチッ!
棘が、ラクレスの足に纏った鎧に食い込み、不快な音を立てる。
鎧がなければ、彼の足はミンチになっていただろう。
だが、鎧のおかげで即死を免れたとはいえ、その衝撃と、棘が食い込む激痛は凄まじいものだった。
「ぐっ……あああああああっ!」
ラクレスの口から、苦痛に満ちた絶叫が迸る。
逆さ吊りにされた体は痛みで痙攣し、身動き一つ取ることができない。
クーネルは目の前で起こった出来事に呆然としていた。
そして静かに起こった。
「この……、この大馬鹿者め」
我に返ったクーネルの、金切り声に近い怒声が、地下通路に響き渡った。
彼女は尻もちをついたのも構わず、逆さ吊りにされて苦しんでいるラクレスを、指さして叫ぶ。
「なぜ妾を庇うた。貴様、自分が何をされたか分かっておるのか」
「……っ、るさい……。君こそ……なんで、あんなに不用心なんだ……!」
ラクレスは途切れ途切れの声で、なんとか言い返す。
痛みで意識が朦朧としながらも彼の頭にあるのはクーネルが無事であったという安堵だった。
「フン。妾の心配など無用じゃ。それよりどうするのじゃ、その無様な姿は。さっさと縄を断ち切らんか」
「……無理だ……。棘が、鎧の隙間に食い込んで……動けない……!」
ラクレスが、絶望的な状況を告げた、その時だった。
ザッ……ザッ……ザッ……。
通路の奥、鉄の扉の向こうから、複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。
ゆっくりと、何かを引きずるような不気味な足音。
品の無い、乱れた足音。
罠にかかった獲物を確かめに来たのだ。
「くそっ……! 来たか……!」
ラクレスは顔を蒼白にさせた。
この身動きが取れない状態で、武装した盗賊団に囲まれれば万事休すだ。
いや、自分のことはどうでもいい。
問題はクーネルだ。
「早く逃げろ、クーネル!」
ラクレスは必死の形相で叫んだ。
もはや、それは懇願に近かった。
「君はここにいちゃいけない、相手は何人いるか分からない盗賊団だ! 君一人ではどうにもならない! 僕がだめでも、君だけは逃げろ…!」
「何を言うておる。妾がこのままげぼk…、おほん、仲間を見捨てて逃げるとでも思うたか? いいからその剣を貸せ」
「だからこの剣は危険なんだ! 下手をしたら君まで――」
足音はどんどん近づいてくる。
鉄の扉の向こう側で、それがピタリと止まった。
重々しいかんぬきが、ギィィ、と外される音がした。
ギィィィィ……バタン。
重々しい鉄の扉が、軋みながら開かれた。
逆さ吊りのラクレスの視界に暗闇の向こうから、複数の人影がゆっくりと姿を現す。
一人、二人……五人。
全員が、錆びついてボロボロになった全身鎧を身に纏い、その手には血糊のこびりついた剣や斧を握っている。
(来た……! 盗賊団だ!)
ラクレスは歯を食いしばった。
この絶望的な状況。身動きの取れない自分。背後には無力な(と彼が思っている)少女。
だがやるしかない。
「いったん君は逃げろ、僕は間違って入ってきた間抜けな男のふりをする。その間にギルドに戻って助けを呼んでくれ」
「待て、小僧」
ラクレスの悲壮な覚悟の口上を、背後からのんびりとした声が遮った。
クーネルだ。
彼女は恐怖に震えているかと思いきや、腕を組んで、まるで品定めでもするかのようにゆっくりと現れた者たちを眺めている。
「おぬし、どうやってアレらと話し合うつもりじゃ?」
「いや、そりゃ交渉はヘタだけど、お金次第で――」
クーネルが指をさす。
現れた者たちの様子は明らかにおかしかった。
まず動きがぎこちない。
まるで、壊れかけの操り人形のようにギッ、ギッ、と関節を軋ませながら、一歩ずつ近づいてくる。
一言も発しない。
普通、盗賊なら「かかったな、間抜けめ!」とか、何かしら決め台詞を吐くものではないのか。
鎧はどれもこれもボロボロだ。
ところどころに大きな穴が開き、そこから覗くべき人の肌が見えない。
代わりに暗闇だけが、ぽっかりと口を開けている。
何より。
兜の隙間から見えるべき顔が、ない。
代わりにその奥で、二つの青白い光が、まるで鬼火のようにゆらり、ゆらりと揺らめいていた。
「な……」
ラクレスは絶句した。
ゴクリ、と喉が鳴る。
脳が目の前の光景を理解することを、拒絶している。
あれは人間じゃない。
血肉の通った、生き物じゃない。
死体だ。
死体が、動いている。
「うそだろ……」
声が、震えた。
「本当に……悪霊だったのか……」
食料の痕跡は? 人間の足跡は? 粗末な罠は?
「だからいうたじゃろ。哀れな者の末路よ。人っぽくふるまっとるだけで、意味もない略奪を繰り返しておったようじゃな」
「でも死体が食べ物を食べるわけが…」
「食べるのではない。奪うのじゃ。奪うだけが、やつらの生きていた証なのじゃろう」
あれは全て、こいつらが生前の習慣のまま、死してなお繰り返していた行動だったというのか?
人を襲い、略奪することだけに生を求める死者たち。
そんな馬鹿な話があるのか.
ラクレスの常識がガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。
その瞬間、彼は確信した。
常識に囚われ、人間の仕業だと決めつけていた自分ではなく、いつだって突拍子もないことばかり言う少女が、ずっと、ずっと真実に近かったのだと。
「ど、どうする、クーネル。相手はアンデッドだ、交渉して助かる道はなくなった……!」
パニックに陥ったラクレスが、悲鳴に近い声を上げる。
アンデッド盗賊団はそんなラクレスの絶望を嘲笑うかのようにゆっくりと、しかし着実に距離を詰めてくる。
その手にした武器が、逆さ吊りで無防備な彼を、そしてその後ろに立つ無力な少女を捉えようとしていた。




