第10話
建材用コンクリートに転生予定の、袋詰めされた半グレたちの死体は、ダンプで運ばれていった。フロント企業の工場で今日中には社会に貢献できるモノになる。
生き残りの半グレたちは携帯も通じない、山中深くの現場で酷使されるだろう。一度行ったきり戻ることはない。現場に直送するトラックはすでに待機していた。あとは鶴太郎の撮影待ちだった。
「なぁ百木の兄弟、確か鶴太郎って男だよな?」
「たりめぇだろテメェ、正真正銘の大和男児よ!…まあナリはその、なんだ…」
言いごもる百木を尻目に、熊野は寧ろ懐かしい人を見る目で、鶴太郎を眺めていた。
「化粧っ気はちぃとあるが、若い頃の姐さんそっくりじゃねえか、なあ真坂の兄弟!」
「そうだな…あ、なに?そりゃほんと…あぁ、まあそうか…」
若い衆がノートパソコンを見せながら真坂に報告する。それを受けた真坂は、即座に撤収の指示を出した。
「どうした兄弟?」
「本当にすまねえ、色々と失念してた。こんだけドンパチしといて、通報されねえ訳がねえ」
呑気に撮影してる場合じゃなかったな、そう呟いていると、鶴太郎も戻ってきた。
「マサおじさんは悪くないよ、勝手に撮影はじめちゃったのおれだし」
生き残りの半グレたちは先頭を除いて、一列の数珠繋ぎで歩いていた。
繋がっているのは愚息と菊門だった。バラバラとムカデのように歩くたびに、うめき声が漏れていた。
「ダンプで運ばれたお友達たちみたいになりたくないなら、どんどんトラックに乗ろうね?
もちろん許可なく抜いたら、前後同士で個人撮影会させっからなぁ?」
笑顔だがまるで目が笑っていない鶴太郎に、ますます熊野が楽しげに笑った。
「ひとでなしなトコも、ますます姐さんソックリだなぁ…」
「んなこたぁねえ!あいつはもっとこう、気遣いのできる優しいオンナでな…」
百木と熊野のやりとりに苛立ちながら、真坂が叫ぶ。
「おい、いいからバンに乗り込め!」
ようやく全車が走り出したところで、緊急車両のサイレンが後ろから近づく。
法定速度を大幅に越えたパトカーの姿が見えると、百木は楽しげに笑った。
「おう、おまわりにしちゃあ肚の座った走りしやがるな!」
パトカーがバンを追い越し、トラックの前に躍り出ようとしたとき、真坂は助手席の警官が、自動小銃を握っているのを見逃さなかった。
真坂はトランシーバーに向かって叫んだ。
「……! 各車、散らばれ!」
激しい銃撃音の後で、トラックが揺れていた。タイヤの破片がバンのフロントガラスに当たる。恐らく前輪を集中して狙われたのだろう。
しかしトラックは、タイヤが炸裂した後も速度を落とさず走行した。全車防弾のうえ、タイヤはランフラットタイプで固められていた。
百木は不思議そうにつぶやいた。
「おお?なんでトラックが普通に走れてんだ?」
「いざって時にパンクしても、走れるように金かけてんだよ。このバンもそうだぞ」
だからって撃たれ続けて大丈夫って事じゃあねぇがなと、真坂が叫んだところで、熊野が大口径の拳銃を取り出すと、パトカーにむかって発砲した。
「おらどうだ!肩が外れると思ったぜえ!」
弾丸は後部ガラスに直撃したが、パトカーは平気で走行している。
珍しく熊野は面食らった。呆れたように百木が呟く。
「おい兄弟、アレも防弾じゃあねえか?」
パトカーってみんなそうなのかと続けると、真坂は首を振る。
「大口径の弾を通さねえなんて、聞いたことねえなぁ…」
トラックとバン一台は、減速せずに高速道路の料金所を突破した。百木たちのバンは下道で逃走を続けるが、パトカーは百木たちを追跡していた。
「…チカタヨーイ…ェッ!」
市街地でもパトカーは、容赦なく射撃を続ける。歩行者がいてもお構いなしだ。今のところ流れ弾は堅気に当たっていないが、それも時間の問題だった。
「しゃあねえ、パトに車寄せろ!」
膾切りにしたらぁと、百木が凄惨な笑みを浮かべるが、鶴太郎はすぐに嗜める。
「なにする気!どうしたって蜂の巣になるよ!?」
「うるせえ!んなこたぁ賽の目次第よ!兄弟!合図したら撃ちまくれ!」
「よっしゃ!任せろや!」
まるで聞く耳のない兄弟仁義に鶴太郎は、真坂に助けを求めようとした。その真坂も冷静ではなかった。
「もっとアクセル踏め!潰したらぁ!」
エンジンの回転数を急激に上げながら、バンはパトカーと並走し始める。ハッと気付いた若い衆が、真坂に叫んだ。
「オヤジ!この速度でぶっつけたら、コッチもふっ飛びますよ!?」
真坂はパニック寸前の若い衆からハンドルを奪うと、そのままバンでパトカーを対向車線まで押し出した。同時に百木が叫ぶと、熊野が乱射する。
パトカーが怯んで小銃を引っ込めると、百木はすかさず助手席目掛けて長ドスで刺突する。引き抜いたドスの先端には、べっとりと血がついていた。
「ッケンナコラ−…! アッ」
パトカーは一瞬の絶叫とともに、向かってくる対向車を避けれず、正面衝突を迎えた。
百木達を乗せたバンは、そのまま止まることなく走り続ける。