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それでも世界はブラックだった  作者: 菊日和静
第1章 プログラマーから魔技師へ転職しました
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第12話 出発と旅の食事

 この1週間は慌ただしい日々だった。

 アフルと出会い旅立つ準備のために、家の中にあった消耗品の整理や魔法開発で使っていた素材などの処分に色々と奔走していた。いらないものは村に売りに行ったり、または、旅に必要なものをアフルから聞いて揃えていたりしていたら、瞬く間に日々は過ぎて行った。

 そして、旅立つ直前に時間ができたので、


「よぉゲオル爺さん――元気にしてたか?」


 ゼロイチが住んでいる家から少し歩いた場所にある小さな泉。

 そこに建てたゲオルの墓を訪れた。

 長方形型の石で作られた墓に『ゲオル』と名前が彫られている。その墓を前に、ゼロイチはいつも通り墓石の周りの雑草を引き抜き、ゴシゴシと墓石を拭う。丁寧に。決して手を抜くことなく。

 最後に洗浄用の魔法を発動してピカピカに仕上げたら終わりだ。

 そして、ゼロイチはドサっと腰を下ろした。


「爺さんに報告することができたわ」


 改まって言うことではないかもしれない。

 けど、ゼロイチとしては出発前に言っておきたかった。



「俺――魔技師になるよ」


 

 短く、簡単に一言だけ。

 そう宣言した。


「だからまぁなんだ。ここには当分来られなくなりそうだ。許せよ」


 そう言ったものの、ゲオルならば「バカモン! そんな心配はいらんわい!」と怒られそうだ。予定はまだわからないが、それでも年に一回程度は墓参りに訪れたいとは思っている。

 異世界で最初に出会った――恩人であり師であり友人なのだ。

 蔑ろにするなどあり得ない。


爺さんとの約束(、、、、、、、)。どこまでやれっかわからねーけど、がんばってみるよ」


 ゲオルの生前、最後に交わした約束を思い出す。

 アフルに魔技師を目指した理由は嘘ではないが全てではない。

 語るのが恥ずかしかたら少し黙っていただけだ。


「話はそんだけだ」


 待ち合わせの時間まで、あと僅かだ。

 さてと、ゼロイチは立ち上がって尻についた草をポンポンと払う。


「行ってきます」


 くるりと振り返って戻ろうとしたら。


 ――身体には気をつけるのじゃぞ。

 

 きっと風の音だろう。

 でも、ゲオルの懐かしい声が聞こえた気がした。

 

        ◆


 待ち合わせの時間となり、ソリット村の入り口に向かうと既にアフルとジェクトがいた。


「おはようゼロイチ。準備は全て終わったのか?」

「あぁ、何とかな。色々と手伝ってくれて助かった」


 この1週間では、さすがに1人で家の中のものを処分するのは厳しく、そこは素直にアフルとジェクトの手を借りていた。おかげで想定していたよりも早い段階で処分が終わり、残りは旅の準備に日数を当てていたのだ。


「気にするな。というか、礼なら私よりもジェクトに言ってくれ。正直、私もそこまで旅慣れているわけじゃないからな」

「だな。ジェクトもありがとうな」

「気にすんな。これから都まで一緒に旅する仲間になんだからな!」


 仲間――と言われてゼロイチは少しむず痒い気になった。

 領主の娘だと名乗ったアフルが訪れたのは丁度1週間前のことだ。

 まだ少女としてのあどけなさが抜けきっていない顔立ち。流れるような薄い桃色の髪が印象的な育ちの良さそうな少女。それがアフルの第一印象であった。

 絶対にいいとこのお嬢さんだ。

 そう思っていたが、それがまさか領主の娘だとは思っていなくて、かなり驚かされた。

 そして、護衛役のジェクト。

 ゲオルからは獣人という種族が存在することは聞いていたが、実物を見たのは初めてだ。

 日本人が獣人と聞いて想像するのは、およそ2パターンに分かれるだろう。

 人寄りの獣人、または、獣寄りの獣人か。

 ジェクトは獣寄りの獣人で、濃い茶色の毛色をした狼系の獣人だ。

 しかも、体格は傭兵というのにふさわしく筋骨隆々してよく鍛えられているのがわかる。まず間違っても怒りを買おうものなら殺される――最初の出会いで剣を突きつけられただけに内心恐々としていた。

 だが、意外や意外。

 この1週間顔を合わせて言葉を重ねていたら、かなり気のいい奴であることがわかり、今では特に問題なくコミュニケーションが取れるようになった。要は護衛対象のアフルに危険が及ぶような行動をしない限りは安全と言ったところであろうか。

 それはそうと、


「さっきから気になってたんだが、それが俺の乗る『走竜』なのか?」


 二人が荷物を載せている動物――『走竜』を見た。


「そうだ。若い個体だが気性は大人しいから、初めてでも安心に乗れるやつを選んだ」

「そいつはありがたい」


 この世界において馬に代わる移動手段としての動物が『走竜』なのだそうだ。

 竜といっても大きさはまんま馬と変わらない程度であり、爬虫類っぽい感じの鱗ではなく『羽鱗』という羽っぽい鱗で体表が覆われているので、触れば温かみすら感じられる竜だ。

 大人しいと聞いても、馬に乗ったことさえないゼロイチは恐る恐る触ってみる。すると、走竜は嬉しそうに尻尾を揺らして、気持ち良さそうにしている。

 ……どうしよう。すごい可愛く思えてきた。

 この異世界で走竜が重宝される気持ちがわかった気がした。


「では出発するぞ!」

「おう!」


 軽く走竜のレクチャーを受けてから出発した。

 走竜に乗りながら、チラリとソリット村を振り返り、ゼロイチはペコリと一礼した。こっちの世界に来てからなんだかんだで1年近い期間世話になったのだ。愛着の一つもある。

 だがまぁ、社会人も長くやっていれば引越しの経験もあるし、住み慣れたところから離れることなんてざらだ。

 気を取り直して旅に集中する。

 といっても、道なりに走竜に乗っているだけなのだが、さすがに長時間乗っていれば尻が痛くなってくる。時々、アフルは様子を見ながら休みを入れてくれるので、水分補給と体のストレッチを忘れずにやっておいた。


「お嬢。今日はこの辺りで野宿にしましょうや」

「わかった」


 ジェクトがそう提案し、アフルが頷いて走竜の足を止めた。

 どうやら本当に野宿をするようだが、陽はまだ高い。


「日が明るいからもう少し進めるんじゃないか?」


 太陽の角度から察するに、今は午後3時過ぎぐらいだ。

 ゼロイチ的にはもう少し進むものだと思っていたので、質問してみた。


「バカヤロー。日が完全に暮れちまったら野営の準備がきつくなるだけだろうが。それにこの辺りは水辺も近いから野宿するには最適なんだよ」

「なるほどな」


 旅慣れているジェクトの意見を聞いて完全に納得した。

 インドア生活を送っていたせいで、もう少し遅くから夕食の準備をしていただけに、旅のイロハがまるでわかっていない。こういうのは経験者の言うことを聞くに限る。素人意見など百害あって一利なしだ。

 二人はテキパキと野宿の準備を進め、ジェクトは「お嬢。では後は頼みます」と言って、アフルたちから離れて一人森の中に入って行った。

 月並みだが旅慣れたものだなとゼロイチは感心した。


「では食事の準備をするとしようか」

「俺は何か手伝えることはあるか?」

「そうだな――ならゼロイチは火を起こしてもらえるか?」

「わかった」


 それぐらいならお安い御用だ。

 ゼロイチは懐に入れておいた魔石を取り出し一言。


『着火』


 言うと、集めていた焚き木にあっさりと火が着いた。

 出発前にゼロイチが旅するなら便利そうなものを思い浮かべ、キャンプ用品のライターなど日用品的な魔法を用意しておいたのだ。


「おい、火が着いたぞー」

「まったく。相変わらず魔法を気安く使う奴だな」

「あ、悪い。一応許可とったほうがよかったか?」

「私達だけなら別に構わないが、人が大勢いるところでは避けたほうがいいと思うぞ」

「了解」


 1週間前のことなのでつい忘れていた。

 家の中ではいつも魔法を使っていたので、1回言われただけだと咄嗟に習慣で使っていた動作の方が、考えるより前に行なっている。

 ……また剣を突きつけられるのは嫌だしな。

 心の中で、魔法を使うときは気をつけることと何度も呟いておいた。

 そして、アフルが火が着いたのを確認すると、食料袋の中からパンとチーズと干し肉とリンゴを取り出した。その後、食材を取り出すことはなく用意したものを並べていく。


「ん? 食事の準備ってそれだけか?」

「そうか。ゼロイチは旅は初めてだったな。この暑さだと腐りやすい食材は持ち歩けないからな。なので、基本的には保存のきく食材を食べることになる。今はジェクトが周辺で食べられるものがないかを探しているので、見つかったら追加で食べられるぞ」


 ジェクトが森の中に入ったのは、そういう理由か。

 今まではアフルとジェクトの二人旅で、そういう役割分担をしていたらしい。

 そうは言っても、わびしい食事風景だ。

 アウトドアの食事ということで、ゼロイチはバーベキューみたいな食事を想像していただけに、落胆も計り知れない。

 ならばと、ゼロイチは自前で用意していた食料袋を開けた。


「――じゃあ、こんなのはあったら嬉しいか?」


 取り出したのは、生鮮食品である野菜や肉だ。

 

「……ゼロイチ。旅の準備をする時、私の話を聞いていたのか? どうしてここに新鮮な野菜や肉があるんだ!?」

「旅の準備って言われたから、家の中にあった残りの食材を持って来たんだよ」


 旅の準備時、アフルからは保存のきく干し肉などを用意しておくことと言われていた。

 当然、それらも用意しているが、家の中にあった食材を無駄にするのも忍びなかったので、持って来ていた。

 日本人特有の「もったいない精神」が遺憾なく発揮した結果だ。

 それに、保存が効かないわけではない。


「ほら。俺の魔法の『冷蔵庫』ってやつ見せただろ? あの中に入れてれば1週間程度は保存が効くんだよ。んで、この袋の中に再度魔法を発動し直したんだよ」

「お前と言う奴は……。確かに旅でパサパサした保存食を食うよりかは全然いいが……う〜ん……」


 悩むアフルをよそに、ゼロイチは簡単な野菜炒めを作る。

 ――不味い飯を食うよりはずっとマシだと思うので、そんな悩む必要ないんじゃないか?

 なんて言おうものなら、またアフルから注意を受けそうなので黙っておく。

 ちなみに、ジェクトはまんまと野生の猪を仕留めて来たので、それも美味しくいただいた。

 余った肉は冷蔵庫行きになり、次の日の食料になることをジェクトは単純に喜んでくれた。

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