第13話 やっぱり初めてはゴブリンだよね!
旅自体は順調に進んだ。
走竜に乗るのも慣れてきたかいもあって1日の走行距離も増えた。
道中、小さな集落がいくつかあったので消耗品の補給や宿を借りたりもした。
結構旅慣れてきたなー。
ゼロイチがそう思い始めて来た頃――そう上手くはいかないのが旅というものだ。
今までの道中は、道が人の手によって整備されてきたものだ。
しかし、今見えているのは山だ。
道無き道とまではいかないが、人の足で踏み固められ、木々は開かれているだけの道だ。
そうなると走竜に乗っているわけにもいかず、降りて走竜の手綱を引きながら山道を歩かねばならない。
「ここを超えたら、アリアドネの都までは目前となる」
「マジかよ……」
「ふふ。そう嫌な顔をするな。山の頂上まで登るわけではない。せいぜい中腹ぐらいまでだ」
などとアフルは言うものの、山登り経験など学生時代の旅行とかレクリエーションぐらいしか経験のないゼロイチからしてみれば、限りなく大変にしかみえない。
案の定、ゼロイチは1時間も過ぎたらゼーハーゼーハーと息を切らし始めた。
「死ぬ……マジ死ぬ……」
「おいおいゼロイチよぉ。まだ登り始めたばっかだってのに、体力なさ過ぎじゃねーか?」
「うるせー……これでも昔より体力ついたんだよ」
ジェクトが呆れたように見たので反論をしたが、これは本当の話だ。
説得力は皆無かもしれないが、召喚当時に比べて体力はかなりついた。
ゲオルと暮らしていた時は、罠魔法を仕掛けるためにあれこれと森の中を歩き回ったりもしたし、元の世界と違って色々と不便で体を使わなければ賄えないことが多々あった。
その甲斐もあって体力が結構ついて来たのだが、最近は便利な魔法を開発したことで、生活の不便さなくなり多少体力は落ちてしまったりもした。それに加えて慣れないアップダウンのある山道は、それだけでゼロイチの脚に疲労を蓄積させてしまう。
これは一度休憩しないとマズイ。
そう思い始めた矢先に、前を歩く二人はピタリと足を止めた。
「……お嬢」
「わかっている」
アフルとジェクトの二人はそれだけで通じたようで、和気藹々とした雰囲気から一変した。
しかし、ゼロイチには何が何やら全くわからない。
「おい二人とも一体どうした――っ!?」
ガサゴソと音が聞こえて、ようやくゼロイチにも事態が飲み込めた。
ぬらりと現れたのは――魔物だ。
「ギギィ!」
薄汚れた布を体に巻きつけ、手には堅そうな木の棒を握っている。体躯は小さな子供のそれであるのに、顔は邪悪と言って差し支えのないもので、肌は木々に紛れるような緑色。
――ゴブリン。
知識でしかないが、ゼロイチはゲオルから教えられた通りの見た目からすぐにそう察した。
ゴブリンの特性は、小柄な体躯を活かした小回りと個体数の多さからの集団戦闘だ。
ガサゴソ!
1匹だけかと思われたゴブリンが、さらに3匹増えてゼロイチたちの前に立ちはだかる。
「ジェクト! 前のゴブリンを頼む!」
「わかりやしたっ!」
「ゼロイチは私の後ろへ!」
「わ、わかった!」
ジェクトは担いでいた剣を抜き前方にいるゴブリンへと襲い掛かる。
ギギギと笑うように鳴くゴブリンにブンッと風を切るかのように剣が振られ、ゴブリンの1匹が頭から真っ二つになって斬られた。
「す、すげえ……」
ゴクリと唾を飲み込むゼロイチは、初めての戦いに棒立ちになって見つめたままとなる。
ジェクトが仕留めた以外のゴブリンは、危険を察知して後ろへと下がる。
その隙に、
『岩を砕き前方の敵を打ち抜け――《岩石弾》!』
アフルは懐から魔石を取り出して魔法を発動させる。
するとアフルの手が置かれた岩が無数に砕かれ、その石飛礫がゴゥ!と勢いよくゴブリンへと飛んでいった。さっきまで、ゴブリンに斬りかかっていたジェクトはすでに射線上から外れている。
ドガガガ!
もはや点というより面に近い数の石飛礫がゴブリンに直撃した。小石サイズから重さ5キロ近くはある石が、ざっと時速100キロ以上はあろうかと思われる速度で当たったのだ。
結果は言わずもがな。
「え、えげつねぇ……」
ゴブリンのミンチが出来上がった。
それはもう、なんと言えばいいのか。
グロい。
その一言に尽きた。
そして、もう終わっただろうと思ってアフルに声をかけようとして、
「ゼロイチ!」
「んなっ!?」
アフルは突如剣を抜いて、ゼロイチの向かって来た。
――もしかして、俺殺される!?
鬼気迫る様子にゼロイチはペタンと腰が抜けたかのように後ろへと倒れる。
アフルはそんなゼロイチに剣を振りかぶらずに――そのまま横を通り抜けた。
「ハァッ!!」
気合の入った声と共に一閃。
アフルの剣がゼロイチの背後に現れたゴブリンを斬り捨てた。
「無事だったかゼロイチ?」
「ぜ、全然気づかなかった……」
ゴブリンがまさか背後にいるだなんて思わなかった。
もしも、あのままアフルが倒してくれなかったらと思うと――間違いなくあの木の棒で後頭部を殴られるところだっただろう。ゲームとは違って打ち所が悪ければ死もあり得る現実に、今更ながら冷や汗がブワッと出た。
「ゴブリンはずる賢いからな。大抵こういう道だと挟撃してきて、戦いが終わったと思った隙を付いて奇襲をするんだ。まったくもって厄介な魔物だよ」
「ゴブリン怖っ!?」
ゼロイチの知っているゴブリンなんてゲームで一撃で死ぬ雑魚キャラなのに、いざ現実になると命を脅かす存在に早変わりすることになるとは……。異世界に召喚されて今更ながら洗礼をあびることになった。
とりあえず、これ以上はゴブリンの匂いはないとジェクトは狼系獣人の特性から判断し、警戒を解いた。
体感的には長い時間のように感じていたが、実際は数分そこらの出来事である。
見渡せば5匹のゴブリンの死体がある。
「なぁ、このゴブリンの死体ってどうすんだ?」
気になって聞いてみた。
ゲームだとドロップアイテムを落とすがここは異世界だ。当然そんなものはない。
しかし、異世界系小説などでは討伐対象として耳を切り落としたりして、ギルドに持っていけば換金してくれるものが多々見受けられる。そんな憧れとロマンから出た質問だったが、
「別にどうもしないぞ? このまま放置していれば野犬か他の魔物の餌にして綺麗に片付けてくれるからな」
「……そうっすか」
現実は無常だった。
アフル曰く、ゴブリンは魔物であるが害獣のような扱いらしく、数匹程度では金にもならないとのことだ。まるでゴキブリみたいな存在だ。というか、お嬢様であるアフルがその程度の小遣い稼ぎなど必要なわけがない。むしろ、ゴブリンの死体に漁るなんて面倒なことするわけがなかった。
「そういやジェクトは護衛役だから強いとは思ってたが、アフルも凄いんだな。お嬢様の嗜みってやつか?」
屈強な傭兵であるジェクトはともかく、お嬢様然としたアフルまでもがこうも戦闘をできるとは思わなかった。
「まさか。私は領主の子と言っても三女だからな。大抵そのような立場だと、どこかの貴族へ嫁いで縁を繋ぐことになるのだが、お父様は『好きに生きなさい』と言われていてな。それで、私は子供の頃から魔法騎士としての訓練を積んでいたんだ。今では正式な魔法騎士の資格も持っているんだぞ」
どうだ凄いだろとアフルは屈託のない笑顔で言う。
どれだけ凄いのかは今ひとつわからないゼロイチであるが、それでも命のやり取りのある戦いで、こうして毅然とした様子で立ち向かえるアフルは素直に凄いと思った。
「だっはっは! あんまりにもお転婆すぎるから、今では嫁入り先もないって話じゃないですか!」
「う、うるさい! 私より弱い男なんぞに嫁入りなんかできるか!」
顔を真っ赤にするアフル。
そこだけ見れば年相応に可愛らしいと思うが、あのゴブリン戦での様子を見る限りでは結婚は遠そう気がする。
「ご、ゴホン。それよりゼロイチに怪我がなくて良かったな!」
「あぁ、魔物を見るのは初めてだったから、情けないことだが助かったよ」
年下の女の子が毅然としているのに、ゼロイチは腰を抜かしていた。
情けない限りである。
だが、
「謙遜するな。ゲオル師から魔法の手ほどきを受けたのだろう? 私としては、どのような魔法で倒すのか気になったぐらいだぞ!」
「え……?」
アフルはそんなゼロイチの態度を謙遜だと受け取ったらしい。
しかも、
「そうですなぁ。まぁ、あの程度なら俺とお嬢で十分でしたからな。次は頼むぜ、ゼロイチ!」
「は……?」
ジェクトもそんなことを言いだす始末だ。
どうも二人の中では、ゼロイチはあんなゴブリンなど簡単に倒せるのだと思われているらしい。
何故に?
「いやいや! ちょっと待ってくれ!?」
「どうしたんだ急に?」
「どうしたもこうしたもあるか! いいかよく聞いてくれよ」
この誤解は早く解いておかないとマズイ。
命に関わると早急に判断したゼロイチは慌てて弁解する。
「俺は攻撃魔法なんて使ったことも開発したこともないんだよ!!」
明瞭簡潔に事実だけを伝えた。
そう。
ゼロイチは、魔法の世界でありながら、攻撃魔法なんて使ったことも開発したこともない。
せいぜいがゲオルが使っていた罠魔法ぐらいだ。
しかも、任意ではなく自動式。
戦闘経験皆無のスローライフを送り続けて来た平和人間なのだ。
異世界チート勇者? なにそれうまいの?
ぐらいに自分の生活にとって便利になるような魔法しか開発したことがないのだ。
そんなゼロイチの叫びに、
「「は……?」」
アフルとジェクトは揃って「嘘だろ?」みたいな顔をしていた。
昨今の小説におけるゴブリンさんの地位向上というか強敵っぷりから、あまり弱くしたくないけど初めての魔物であってほしいと思い登場させました。
初めての魔物はゴブリン。
ロマンですよね。




