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月の小舟で見る夢は  作者: 遠夜
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風雲急を告げるか

『危険・キツイ・汚い』と三拍子揃った職業にも拘わらず、ジグラッドでは狩人ハンターを目指す若者が多い。


円環状の山脈と樹海により外界からほぼ隔絶された環境下で、常に狂暴な獣の脅威に晒されて生きる住人達にとっては、並み居る害獣をものともせずに樹海に分け入り生還出来る実力を持ってこそ、そこからより多くの“恵み”をもぎ取れると考えているからだ。


『強さ』イコール『豊かさ』

とても解り易い図式だ。







「お願いします!!」


「断る」


「そこをなんとか!」


「くどい」


「ええぇ~~~~~!一瞬ぐらい考えて下さいよ、ファルコムさぁぁん!!これでも腕には自信あるんですよ!絶対役に立って見せますって!」


「‥‥‥(フー‥‥)」



《灰の夜鷹》の帰還から数日後。


朝っぱらから浮舟亭の入り口付近で繰り広げられる舌戦(?)に、それを見守る他の面子からは『あーあ』という哀れみにも似た心の声が聴こえてきそうなほど、生温い視線が放たれていた。


どんな分野においても、駆け出しの若手が実績を積むには、まず経験豊富な先達に師事しながら地道な努力を重ねるというのが定石だ。

《灰の夜鷹》のメンバーもそれぞれが何年もの厳しい下積み期間を経て、なんとか一人前の働きが出来るようになったところで初めて、自分達の班を立ち上げるに至った訳だが。


彼等の不運はたまたまメンバー一人一人の技量が飛び抜けていたせいであっという間に名が知れ渡り、後に続く若手の狩人から嫌でも注目される存在になってしまった事だろう。


『あいつらと組めば、手っ取り早く名を売れる』というような具合に。


駆け出しの若者にとって口煩い年配の狩人に何年も師事するよりは、年も近く話の合いそうな若手有望株である班に所属して経験を積む方が楽で容易い事のように思えるのかもしれないが、毎度実力を伴わない新人の売り込みに付き合わされる《灰の夜鷹》のメンバーはいい迷惑だった。


そもそも少数精鋭を地でゆく彼等の班はスピード重視の戦闘スタイルのため、新人の育成に力を削く余裕など端から持ち合わせていないのだ。

そして天才肌の人間というものは、往々にして教える側の役には向かない事が多い。


メンバーの四人中三人が様々な武器を駆使して前衛から後衛までそつなくこなすオールラウンダーの上、残りの一人は攻守共に優れた魔導師メイジ


現在いまのところ人員の補充など全く必要としていないどころか、手取り足取り一から教え込まねばならない新人ルーキーなど、面倒以外の何物でもなかった。


しかしいくら口で説明してもなまじ腕に自信がある相手は、そう簡単には引き下がらない。

それどころか二度三度と売り込みにやって来る場合もあるため、一度でスッパリ諦めさせるには、やはり肉体言語による『お話し合い』が一番効果的なようであった。




「じゃあ三本勝負で。俺から三本中一本でも取れたら合格。君も晴れて《灰の夜鷹》の一員だ」


「本当っすか!やった!」


浮舟亭の中庭で剣を手に向かい合うヒューリーと新人狩人。

試合の見物に集まったギャラリー達はこの台詞を聞いて、その『新人くん』に心底同情の念を抱いた。


当人は期待に頬を紅潮させつつも真剣な表情で構えてはいるが、いかんせん素人目にも隙だらけ。

対戦相手のヒューリーはいかにも軽そうに見えて実際に軽い青年だが、仕事に関る事で手抜きは絶対にしないタイプだ。


「うーわー‥ホントの駆け出しなんだ、あの兄ちゃん。怖ぇぇ‥‥」


「‥‥ヒデェ。あんまりだ」


自分を知らないって恐ろしい━━━━。


『三本中一本でも取れたら』というのはつまり、一本も取らせる気が無い、という事。

初めから不合格にするのが目的にしろ、『三本中二本』という条件で勝ちを一本譲り、『惜しかったね』と誉めて伸ばすやり方もあるにはあるのだ。

なにしろ相手はまだ十七、八のヒヨッコ。

今回その選択肢を取らなかったという事は、その域にすら達していないド素人と判断されたからに他ならない。


「‥‥こういう手合いは、変に自信を付けさせると、すぐつけあがる」


「そうだねぇ、おかしな勘違いしたまま突っ走るとろくな結果になりゃしないからねぇ」


「‥‥‥‥」


本音ダダ漏れのタマミケに女子組はウンウンと首を縦に振り下ろし、ファルコムは‥‥‥先程の会話の応酬で疲れて何も言う気が起ないのか、後は任せたと言わんばかりに庭木にもたれて涼んでいた。




ガシッ!ギィン!


金属の塊で打ち合う音だけが反響する中庭。

言葉を発する者は誰もいない。


試合に時間をかける気は無いと言わんばかりに、ヒューリーはあっという間に挑戦者を二度下し、早くも最後の一戦に持ち込んでいた。


「‥‥‥っ!」


こんなはずでは、と驚愕に目を見開いて踏ん張る挑戦者が、意外にも粘りを見せ始めた三戦目に、軽いアクシデントが起きた。


何合も打ち合いを続けるうちに、かなり使い込まれていたと見える挑戦者の剣が折れて剣先が跳ね上がり、ギャラリーのいる方角に飛んで行ってしまったのだ。

もちろん直撃を食らうような間抜けはいなかったが、剣先は会話をしていて気付くのが遅れたタマの左腕をかすめ、肌を浅く切りつける結果となった。


「‥‥っつ、!!」


「タマ!!」


慌てて駆け寄るギャラリーに囲まれ、すぐさま応急措置を施されたタマは、幸い怪我そのものは大したことがなく、通常であれば数日もすれば塞がる程度の傷と判断された。


「悪い!タマ、大丈夫か!?」


「あー、へーきへーき。かすり傷だよ」


「すまない‥‥自分の剣が折れるなんて思わなくて」


「事故だし、気にしてねーよ」


怪我の原因を作った二人がすまなさそうに頭を下げる。

全く気にもしていない様子のタマ隣で、何故か難しい表情で考え込むミケにミーアが小声で説明を付け加える。


「‥‥ミケ。このくらいの傷なら自然治癒に任せた方がいい。術を使えばすぐに治せるけど、身体の能力が衰えるから」


「‥‥あ、あーいや。こんくらいの傷自体はタマもオレも慣れてるからへーきなんだけどさ‥」


「何が心配‥?」


「うーん‥‥」


その問いにはっきりとした答えを返せないミケは、困ったような表情で口許に薄く笑みを浮かべただけで、何も言わずに押し黙ってしまう。

━━━と、そこに。中庭での騒ぎを目に止めたドットが、空の上からタマの頭を目掛けて急降下。

いつものように銀色の頭にポスンと着地を果たした。


きゅるるっきゅうぅぅ?


「オマエ‥‥飼い主の方に行けよ」


きゅきゅきゅ?


「ねえねえ、どうしたの?」と言わんばかりの鳴き声でタマの顔を覗き込むドットは、左の二の腕の包帯に気が付くとスンスンと鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ、次の瞬間、かつてない高い声で歌い始めた。


━━━━ きゅううううぅ! るるるるるぅ!


「‥‥ドット!うわ‥‥やめろって!オレはへーきだから!泣くな、呼ぶな!!」


「やっべー‥」


突然始まった竜の歌にギャラリーは訳も解らず、全員ポカンと口を開けてただ見ているしか出来ない。


「タマ、ドットはどうしたんだ?」


本来の飼い主さえ現状の意味をまるで理解出来ていない様子だが、ただなんとなくこれが『良くない』状況である事だけは確信していた。


「いいから!とにかく早く逃げるか、隠れるかしてくれよ!」


「「「「‥‥は?」」」」


「なんでもいーから、早くっ!!」


何の説明も無いままいきなり避難指示を出された面々は、キョトンとして動こうともせずにその場に突っ立っている。


「ああもうっ!後で説明するから━━━」


「‥‥‥‥‥‥タマ。もう遅い」



轟っ!!!と紅い風が吹いた。



辺りに凄まじい突風を巻き起こし、突如としてこの場に現れた“ソレ”は。

人間の形をしていなかった。


『━━━━ 妾の僕に害成すものは誰ぞ ━━━━━』































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