駄天使の闘い方と千年勇者
そして、運命の決勝戦が始まった。
観客席の中央に囲いで覆われたVIPルームがある。
おそらくあそこにいるのが勇者ギルドの審査員だろう。
シンギスベリエは翼でばさばさっと羽ばたきながら、その場で軽くジャンプを繰り返していた。
鎧はいつもの雑な装備ではなく、オートメーションの甲冑だ。胸も揺れない。
10名の勇者がそこに集い、お互いの顔を見合わせていた。
どうやら逃げずに全員参加した様子だ。
試合開始前に、4名の勇者が小声でひそひそと会話をかわしていた。
聖騎士に、剣士に、魔法使いに、弓使い。バランスの取れたパーティだ。
メガネ男の言う協定というやつに参加しているメンバーなのだろう。
悪いが、俺にはその会話は筒抜けだ。
「だめだ、アーマイル(メガネ男)は会場のどこにもいない……」
「くそっ、どうなってやがる……せめて相手の情報でも残してもらわないと」
「ねぇ、あいつ速攻でやっつけちゃわない?」
「そうだな、シンギスベリエとの闘いは、その後でも遅くはないだろう」
おうおう、さっそく嫌われちゃってるねぇ。
悪いけど、俺の耳には少しばかり声が大きすぎたぜ。
「それでは、試合……開始!」
10名の勇者が弾かれたように飛んだ。
直後に、4名の勇者が俺の方に向きを変えた。
示し合わせ通りだな!
まず、もっとも素早さの高い剣士が飛び出してくる。
その背後から重量級の鎧を身に着けた聖騎士も後に続く……かと思いきや、聖騎士の体は宙に浮かび上がった。
「うおおおぉぉぉぉっ!」
そして空中をどかっ、どかっ、どかっ、と豪快な音を立てて蹴りながら歩いてくる。
異世界スキル『空歩』。空気を蹴る瞬間に生じるエネルギーを、地面を蹴るときとほぼ同等のレベルにまで高めることで空を歩く、火魔法系スキルだ。
聖騎士に限らず、さまざまな武術系ジョブが歩法の最高峰として採用している。ちなみにシンギスベリエのは『空歩』レベル99とでもいうべきチート級スキルなので、くらべものにならない。
様子を見ながら突っ込んでくる剣士の上を通り過ぎ、真上から重量級の大剣をぐるぐる振り回しながら迫ってくる。聖騎士に気を取られたところを剣士が一気に貫く寸法か。連携も見事だ。
冷静になれ、相手の武器とその特性を見定め、そのうえで戦略をたてろ……まず、剣士の武器は、カラリパヤット!
名称:カラリパヤット
攻撃力:大きく湾曲した肉厚の刃が骨をも断つ
耐久値:愛剣として末永くご利用いただけます
特殊能力:特になし、だがそこがいい
備考:仙人がこの世に伝えたという剣。ふり心地のよさにファンも多い
俺はカラリパヤットを太陽にかざした。油の染みた布を柄に巻き付けてある。よく使いこまれた剣だ。手入れも欠かしていないらしい。軽く振ってみたが、振り心地もなかなかだ。
次に視線をうつし、迫りくる聖騎士の防具に目を止めた。あの鎧は……ゼファーの鎧!
名称:ゼファーの鎧
防御力:黄緑色の紋章が風圧の結界を生みだし、敵のあらゆる攻撃を滑らせる
耐久値:結界のおかげで半永久的に使える
特殊能力:速度+25%
備考:風の精霊ゼファーの加護を受けた鎧。速度+25%が地味に使える。確実に先制攻撃を決めたい! という方へおすすめ
ゼファーの鎧を手に取ってみたら、びゅおんびゅおんと風をまとっていて、風が目に当たって直視するのが難しかった。
確かに、これは殴りつけても魔法をかけても弾かれそうだ。
俺は手にした相手の武器と防具をじっくり観察して、即座に対策を講じた……ふむ、対策を講じても、あんまり意味がないんだよな。
だって鑑定したいと思った時には俺の手の中だもんな。これも俺の『条件反射』のなせる業なのである。
「えやややあああああっ! ……ええっ!?」
「うりゃあああああっ! ……あっ!?」
ずしゃっ! と走り幅跳びの要領で『攻撃を完了した』剣士は、自分の手にカラリパヤットがないことに気付いて動揺していた。
聖騎士も鎧がはぎとられて裸になっていることに気付いた。味方の盾になるという唯一のアイデンティティーをはぎとられ、大剣1本でもはやどうすることもできない。
「な、なんだこいつ……これは、武術なのか? よ、妖術じゃないのか?」
「おいおい失敬な。こんなものはスキルのうちにすら入らない。これは俺の無意識の動作にすぎない」
「む、無意識の動作……!?」
オウム返しをする現代勇者たち。
俺はくっくっくっと笑った。
「たとえば、スーパーに並んでいる商品の説明文を見ようとするとき、お前たちは手の角度を意識して変えているか? 見やすい角度にすることしか考えないだろう。物を掴むとき、指を1本1本意識して動かしているか? まとめて動かしているだろう。それと同じだ。意識した時には『すでに手に取っている』、俺はそれと同じレベルの事をしているにすぎない」
ただ、俺の無意識の『反撃』までは発動しなかったみたいだ。この2人はそこそこ強い、周りに敵がいるし、いったん様子を見た方がいい、と無意識の俺は判断したんだろう。
さすが各ブロックで優勝した勇者だけのことはある。まあ、気が付いたら勝手に勝負が終わってくれているってのは、さすがに高望みすぎだろうな。
「に、逃げろ、魔法使い!」
裸の聖騎士が大声で呼びかけた先には、呪文の詠唱を終えた魔法使いがいた。
魔法使いは両手をぼんやりと光らせたまま、いつでも発動できる準備をしているところだった。
この魔法使いとしては、タンク役の聖騎士が俺の動きを止めてから魔法で援護を始めるつもりだったんだろう。聖騎士が一瞬で役に立たなくなったせいで、呆然とこっちを見ている。
俺はその魔法使いのボディに見とれた。バスト86、ウェスト65、ヒップ73と見た。魔導師のローブは裾が短いミニスカートにしつらえられていて、たわわな胸がこんもりと盛り上がっている。
ふむ、ぜひとも鑑定してみる必要がある。
俺がぎろっとにらむと、魔法使いはびくっと肩を震わせた。
「その装備……ちょっと見せてみろ」
「ひっ……ひやあぁぁぁぁぁっ!」
ごぅっ! と俺の手がいたいけな魔法使いに迫った。
魔法使いが頭を抱えて地面にへたり込む。
次の瞬間、俺の手が握りしめていたのは、魔法使いのむちむちなボディを覆っていた魔導師のローブ……ではなく、『弓』と『矢筒』だった。
「ちっ……邪魔しやがって……」
俺はそのまま手の中でべきっぼきっと『弓』と『矢筒』をへし折り、二度と使えないようにしてやった。
どうやら、痩身の弓使いが矢を放って決死の援護をしたらしい。
「ひえっ!? な、なんで『弓』が!? 僕の『弓』と『矢筒』がそっちに!? なんで!?」
なんでって? 飛び道具が飛んで来たら相手の武器がなにかをまず鑑定するだろ? 矢なんか鑑定してどうするんだよ。そんな常識もわかんないのか、お前たち。
俺はため息をついた。
なってない、ぜんぜんなってない。
勇者の子孫としての自覚がぜーんぜん足りていない。
俺なんてノースキルだし、第50勇者連隊の中じゃ地味で目立たない方だったんだぞ。
「仕方ない、お前たちに『本物の勇者の戦い』というものを教えてや……おわっ!」
足元にばちっと火花が散って、俺は思わず飛びのいた。
打ち上げ花火でも打ち込まれたのかと思ったが、どうやら遠くにいた英雄風勇者の雷撃魔法、サンダーボルトが俺の足元に直撃したのだった。
わらわらと残り3名の勇者たちも集まってくる。いずれも英雄風。事前に提携していたさっきの仲良し4人組とは格の違いを感じた。
サンダーボルトを放った勇者が、両手剣を片手でぶんぶん振り回しながら言った。
「あの化け物をシンギスベリエに近づけるわけにはいかないと思う……」
「同感だ、どう考えても人間じゃない……化け物だ」
「10戦連続不戦勝の時点でなにかおかしいと気づいとくべきだったぜ! ちくしょう、他の選手たちをどこへやった!」
えー、このぐらい普通じゃん、普通に強いって風には考えられないの?
しかたない、俺もレベルを落としながら戦うしかないんだろうか。けれど弱った、あいつら4人同時に襲い掛かってこられたら、さすがに手加減できそうにないんだが。
ちらっと会場を見上げると、ガスマスクをつけたスキルテイカーが、「こー(↓)ほー(↑)」とうなずいた。
それを見て、俺はふと我に返った。
……そうだった、遊んでいる場合じゃない。
この試合中に、奴にスキルを見せなければならないんだ。
スキルとは、その道を極めた人物が編み出した『型』のようなもの。
世界に染み付いた『技』の記憶だ。
だったら、10分で編み出してもべつにいいじゃないか?
ついさっき、10分で急きょ編み出した、俺の必殺スキル。
『真・神機無双剣』を発動する。
「ふっ、気付くのが少々遅かったな……そうとも、俺はお前たちと同年代じゃない……そう、ちょっと古い勇者なんだ」
俺はタブレットのロックを解除し、アイテムストレージから武器を取り出す。
右手を前に突き出し、白ごしらえの鞘に収まった魔剣『右目』を。
そして左手には青い諸刃の剣、魔剣『鼻』を握りしめる。
最後に口に小太刀サイズになった黒い魔剣『左目』をくわえる。
三刀流……開眼……!
口にくわえてまともに喋れないが、心意気で声音を発する!
「まとめてブッ飛ばしてやるぜ……ッ! かかってきな!」
会場がざわめいた。
「な、なんだ、あの構えは……ッ!」
「三刀流ッ!? そんな馬鹿な!」
「でる……ッ!」
「『神機無双剣』ッ!」
俺は猛然と、獣のようにダッシュしていった。
ほんとうは二刀流すらやったことないけどな……!
スキルどころか技とよぶのもおこがましいぐらい、不格好な攻撃になるかもしれないけどな……!
けど……!
それでも……!
見えないくらい早く動けば、なにひとつ問題は、ない……!
俺は左右の剣を白と黒の鞘から解き放つと、飛びかかってくる勇者たちに真正面から突進していった。
「うおおおおおおおおおッ!」
ざしゅっ! どしゃっ! ずばっ! ばきぃぃぃぃんっ!
一閃三撃。
次の瞬間、3人の勇者たちは一斉に宙を舞い、俺を中心として猛然とつむじ風が巻き起こった。
びゅごこおおおおおお、と凄まじい勢いであたりの物を薙ぎ払い、吹き飛ばしてゆくつむじ風。
観客たちは飛んでくるものから逃げ惑い、暴風は1分近くも続いた。
どうだ、これが俺の即興で編み出したスキル……!
三刀流の構えを取り、三本の剣で、とにかく早く敵をたたく……!
「げふっ! えふっ、えふ、(あまりに早く動きすぎたせいでむせ返っている)ぜーはー、ふはは、あー、あんまり使ってないもんだから、なまっちまったかな……!」
シンギスベリエはVIP席の方に飛び上がっていて、翼を盾にして参加者の勇者の1人を守っていた。
ぜーはー肩で息をする俺の前に、微動だにせず立っている戦乙女、シンギスベリエ。
いつもの雑な着こなしではない、オーダーメイドの鎧を身に着けた彼女は、その視線も戦場をチェス盤のように睥睨する女神のように圧倒的な迫力を持っていた。
「さすがね、チメイズマン……」
「ええっ!? あ、あいつと知り合いなの!?」
ガタガタ震えていた女勇者が、シンギスベリエにツッコミを入れた。
俺もはるか上に行って手の出せない彼女にちゃちを入れる。
「……てーか、なんだそのオーダーメイド鎧。戦乙女の装備は消耗品じゃなかったのかよ?」
「ええ。けど、あんたと戦うんだもの。服装に気合い入れてきたの」
にっと笑って見せるシンギスベリエ。
俺も口にデカい諸刃の剣をくわえながら、笑えたかどうか怪しいのだが、にっと笑って見せた。
VIP席の勇者たちは、口々に俺を指さして言った。
「……シンギスベリエ、あ、あんたはあいつと知り合いなのか? あいつは、一体なにものだ?」
「ええ、昔、一緒に戦ったことがあるの」
ふふっと、微笑みをこぼすシンギスベリエ。
「どいつもこいつも『チート級』揃いの中で、こいつだけは正真正銘の『チート』だったわ。本当に、何から何までぶっとんでた……最高の勇者よ」
ざわっと、会場が沸き立った。
記者たちが一斉にメモを取り始める。明日の朝刊の見出しはこれで決まりだ。
「そう、そして、今彼が放ったものこそ、彼のスキル『神機無双剣』……」
会場の片隅で、にやっ、と、スキルテイカーがガスマスクの下で笑ったように見えた。
そして長居は無用、とばかりにぐるりと背を向けた。
あとは上手くやってくれるだろうか、とその背を見ながら思った、瞬間。
「……の、一歩手前! まだ本当の力を隠しているわ……!」
「ハードル上げんなー!」
シンギスベリエは、きりっ! と眉をつり上げ、余計なことを言った。
どよめく会場。
「今のが三段階進化するだと……!?」
おい、そこの、三段階進化なんて誰も言ってない。
シンギスベリエが余計な事を言ったせいで、今のスキル案は没になった。
ああもう、ちくしょう、せっかく上手くいきそうだったのに!
スキルテイカー戻ってきちゃっただろ、どうするんだ!
シンギスベリエは女神の微笑みを浮かべ、VIP席からふわりと飛び上がると、俺と同じフィールドの上に降り立つか降り立たないか、不安定な高さにとどまった。
包み込むように翼を広げ、豊満な胸にすべてをかき抱くように手を広げた。
「さあ、見せてごらんなさい。かつて私に見せたあなたのスキルは、こんなものではなかったはず……思い出して、あの頃のあなたの『神機無双剣』を……!」
シンギスベリエの、俺に何かを訴えかけるような瞳を見て、俺は「はっ」と直感した。
これは……誘っている……?
そうか……俺が優勝するためには、シンギスベリエに勝たなければならない。
周囲には決して八百長に見えないように、真剣勝負の戦いをして、そのうえで勝たなければならない。
そうなれば、お互いに大けがは免れないだろう。
そう、これは合図だ!
シンギスベリエは、わざと俺に勝たせようとしているんだ!
俺を勇者に……するために!
俺はシンギスベリエへの感謝と感動を胸に、二本の剣をタブレットに収納。
残った一本の剣、『鼻』を腰だめに構え、昔シンギスベリエと徹夜で考えたのと同じ、超こっぱずかしいポーズをとった。
「いくぞぉぉぉぉ! 『神機無双剣……
きらーん!
その瞬間、シンギスベリエの瞳が怪しく光り、二つの十字光が輝いた!
「もらった……! がら空きよ、チメイズマン!」
シンギスベリエは俺の技が発動する瞬間、がら空きになった胴体に痛烈なボディブローを放った!
「ぐふほおおおおぉぉぉぉ!?」
衝撃波が俺の腹部を貫き、背中から放出され、あたかも烈風のごとき放屁をしたような格好になって、俺は数十メートル後ろにとびすさって両膝で地面にわだちをうみ、不時着した飛行機の胴体のように深々と抉りながらがくんと膝をついた。
口からダラダラ、ボタボタと吐血していた。やばい、この出血量、死ぬ。
「し、シンギスベリエ……お、お前……」
くらくらする視界。目に力を込めて、目の前の天使……いや、駄天使を見つめる。
シンギスベリエは拳からぼたぼたと血を滴らせていた。美しい顔に飛び散った俺の肉片や血液も気にならない様子で、その表情はひどく悲し気に、俺をじっと見下ろしていた。
「ごめんなさい、ディップ……私、女王としてぜったいに負けるわけにはいかないの……」
このクソアマ。
俺はばったり倒れて、そのまま気を失った。




