神スキルと千年勇者
まもなく、運命の最終試合が始まろうとしていた。
女王シンギスベリエを除いた8人の勇者ギルドメンバーと俺が、『勇者』になれるかどうかがかかった試合である。
俺は『立ち入り禁止(KEEP OUT)』の虎縞テープが張り巡らされた第10控え室のベンチに寝そべって、ぼんやりとアナウンスで呼ばれるのを待っていた。
殺人事件が起こった現場がすぐそこにあって、廊下にはまだ地面に白いテープが倒れた人の形に貼ってあった。なんともクールな控え室になってしまった。
いますぐ試合を中止しないと、殺人事件の調査が続行できなくなる。と、ヴェートラーナが支配人に食って掛かったそうだが、支配人は予定通りのスケジュールを強行した。
「ここは闘技場、古来より勇士同士の命を懸けた戦いが行われる場所です。ここで死人がでることの一体どこが異常だというのです? いさかいも憎しみもあるでしょう、ほんらいそれは想定内の事故、そのぐらいで運営を中止にすることなどという前例にありません。
それに、勇者が死を恐れていったいどうして世の平和をまもることができましょう。いいですか、この闘技場にいる誰1人として、試合中止を望むものはいないのです」
支配人はでっぷり太っていて、いかにもやり手です、といった感じがにじみ出ていた。
ヴェートラーナはあくまで大魔導の孫だ。魔導師の警察にあたる大魔導とは違って、捜査権限を持っているわけではない。
のらりくらりとかわされた、といった感じで歯痒そうに唇をかんでいた。
俺がヴェートラーナの頭を撫でてやろうか、戸惑っていると、振り返りざま、ぎろり、とにらまれた。
「ふん、命拾いしたわね、チメイズマン」
などといって、本気で俺を射殺しそうな目をしていた。
「エリートゴブリンの敵を討ってやる。次に会う時は法廷よ、覚悟なさ……ひぎっ!? いちゃい!」
俺は指で輪ゴムをびゅんっ、びゅんっ、と飛ばして顔に当ててやった。ヴェートラーナは両手をぶんぶん振り回して俺に殴り掛かってきた。
……大人げない争いをしてしまった。
けっきょく、彼女は怒ってそのまま去っていった。
どうして怒らせてしまったんだろう。俺の味方は彼女しかいなかったというのに。
俺はベンチに寝そべったまま、輪ゴムを天井に向かってぴんっと放った。顔に落ちてきた。痛い。
そのとき……不意に何者かがドアをノックした。
ヴェートラーナではないのは、気配で分かる。
いったい誰だ。また試合前に俺のところにやってきて、いちゃもんをつけようというのか。
決勝戦でも不戦勝だなんて俺はいやだぞ?
「どうぞ」
入ってきたのは、タンクトップの上から全身をベルトでぐるぐる巻きにしたような男。
以前見たことがある。第6試合の相手(の予定だった男)、ガスマスクで顔を隠した、スキルテイカーだった。
「こーほー……どうやら大変なことになったようだな、チメイズマン」
「ああ……お前も大丈夫だったか?」
なんか俺の記憶ではすげー壁にめり込んでた気がするんだが。
数十メートルぐらいめり込んでなかったか。
スキルテイカーは、タンクトップの肩を掴んでごきっと鳴らした。
「あれは少々効いた……もったいないことに、コピーするどころではなかった。惜しい事をした」
「あれは異世界スキルじゃないよ。格闘家とかが訓練の動きを反復練習しすぎたせいで、考えるより体が先に動いちゃうってやつ。あれと同じなんだ」
「ふむ? それは『反撃』のパッシブスキルではないのか?」
「たぶん違うだろ。無意識に動くんだから。俺のじっちゃんが古武術やってたんだけど、特別な事じゃないって言ってたし」
「それにしては絶妙な力加減だったぞ。私を無力化する上で必要最小限のダメージと部位破壊をしていた」
スキルテイカーは、5本すべて折れてしまったかぎ爪を俺に見せた。
俺は、首を振った。
「俺は人よりも『気配』ってものに敏感でさ。その気配のパターンから状況に応じた適切な反撃をしちゃうらしいんだ。ほぼ無意識にだから、理屈とかではわからない」
「なんとも、むちゃくちゃな奴だな……」
「……いままでこの『反撃』で人を殺したこととかはなかったんだ。けれど、『反撃』のときに自分がいったい何をどう考えて動いていたのか、自分でもたまに理解できないときがあるんだ。だから、ぜったいに人を殺さないかっていうと、正直、俺も自信がない……」
幼いころに培われた経験を土台にしてこの能力は完成していた。
体が大きくなった今も同じ風に使っていて大丈夫か、という保証はどこにもない。
むしろ、女相手にはエッチなことをするようになった。思春期を超えたあたりから。
だったら、ムカついた奴を殺してしまうことだってあるんじゃないだろうか?
スキルテイカーは、俺の隣にぷしゅー、と言いながら座った。
「チメイズマン、単刀直入に言おう。《《俺は真犯人を知っている》》」
俺は、隣のスキルテイカーを直視した。
「……なんだって?」
茶色いガラスは相変わらずいったい何を考えているのかわからない。
ただ、とつとつと彼は言った。
「お前が俺を壁にめりこませた廊下は、ちょうど事件現場の隣、第9廊下だ」
「ああ……」
なんかもう10人も出てきたせいでうろ覚えだが、俺を暗殺しに来た系の対戦相手は3人いた。
こいつが出てきたのは確か、6試合目。
その前に5試合目の幼女(と4試合目の女忍者)が襲ってきたせいで、第10控え室が数時間使用禁止になっていた。
逆から思い出していったので、時系列が逆になっていたのだが。つまり……。
「数十メートルほどめり込んだせいで、第10廊下の会話が壁越しに聞こえていたんだ……私は壁の向こうを見るスキルを使い、その様子を逐一観察していた」
「……なんだって」
茶色いガラスの向こうの瞳が、ぎらりと光った気がした。
「チメイズマン、俺は犯人を知っている。《《あのスキルが使えるのは奴しかいない》》。……もしも、お前が魔王軍にしょっぴかれるようなことがあれば、俺はお前が犯人ではないと証言してやってもいい」
「おお……!」
「だが、その代わり……」
こーほー、ガスマスク越しに、ちらり、と俺の方を見た。
「お前のスキル、《《『神機無双剣』を決勝戦で使い、余すことなく俺に見せろ》》!」
俺はベンチから転げ落ち、その場にくずおれた。
「ぐっ……! うおおおぉぉぉぉ……!」
こっ恥ずかしさとむず痒さが青嵐のように俺の心に吹きすさんだ。
お、お、俺のあのスキルを決勝戦で使え、だと……!
決勝は勇者ギルドの審査員が見てるんだぞ……!
公開処刑じゃないか……!
「お前の取れる道は2つだ、チメイズマン。秘奥義だ、などとほざいて犯罪者になり、流派の名を汚すか……それとも流派の名を守るために今この場で奥義を使うべきか……どちらがお前にとって楽な道か、よく考えてみるんだな」
ぎりりっ、と拳を握りしめる。
ちくしょう……ッ! ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……ッ!
なんて奴だ……ッ! こいつ……どうあってもこの俺のスキルをコピーするために、こんな交渉をしかけてきやがったのか……ッ!
スキルテイカーは苦悶・煩悶・悶絶の三重苦に見舞われている俺を見下ろしながら、マスクの下で嘲笑った。
「では、俺は高みの見物をさせてもらうぞ、チメイズマン……こーほー」
そういって、闇にすうっと溶けていくスキルテイカー。『シャドーフィリア』か『透明化』か、いったいどのスキルを使ったのか俺には判別できない。
だが、そんなことはどうでもよかった。
「どうしよう……」
もっと切実な問題がそこにはあった。
そもそも『神機無双剣』なんてスキル、存在しない。
俺が異世界召喚されたばかりのころ、戦乙女シンギスベリエに「技名を叫ぶことによって、スキルが本来持つ魂を顕現させるのよ!」とそそのかされた俺が、適当にポーズを作って剣を振り回す動作にこっぱずかしいネーミングをつけた、ただそれだけのスキルだ。
スキルテイカーはスキルを見る目にかけては本物だろう。そんな適当なのを見せて「これが俺のスキルです」などと言って、信用してもらえるような相手ではない。
……どうするんだ。けれど、他に方法なんてあるのか。
ヴェートラーナが俺の敵になっている今、俺の無実を証明してくれるのは、もはやあいつしかいない……。
『まもなく、試合開始10分前です』
おまけに、時まで俺の味方をしてはくれなかった。
最終戦が始まるまで、もう10分しかない。
俺は目を閉じ、うーん、と唸った。
考えろ、あと10分でそれっぽい神スキルを編み出し、俺オリジナルのスキル『神機無双剣』の開祖になるんだ。そしてそいつをスキルテイカーにくれてやれ。




