ギルドの幽霊と千年勇者
「マスター! 立たなくなったって本当ですかぁ!?」
「そんなのやですぅ~! 私の大好きなマスター!」
「私が愛の力で治してあげますぅ!」
「あー! ぬけがけー!」
狩人ギルド本部のネコ屋敷に到着すると、中からうわっとギルドメンバーたちが飛び出してきた。
これまでの不愛想さはいったいなんだったのかと疑いたくなる豹変ぶりだった。
まるで何日間もエサを与えていなかったネコみたいに俺にすり寄ってきた。
車いすでその間を通過していく俺は、ガソリンスタンドの自動車洗浄機に入ったみたいに上下左右からもふもふされた。
にゃーにゃー押し寄せてくるギルドメンバーたちを押しのけ、ズボンを脱がされそうになるのを必死に押さえながら、とりあえずキングサイズのベッドに横たわった。
「マスター、ねぇ、遊んで、遊んでー!」
「マスター! ねぇ、いっしょに寝ましょ? 暮らしましょ?」
「腕まくらしてもらいたいですぅ!」
「ちょっと割り込みしないでよー!」
「なによ、私が先だったじゃないのー! ふしゃーっ!」
「うにゃーっ!」
ギルドメンバーたちはベッドの上に身を乗り出してきて、俺の体をすんすん嗅ぎまわったり、ベッドの上で落ち着かなく暴れまわったり、意味もなく喧嘩を始めたりした。
……いきなりのモテキ到来。
おかしい、なにかがいつもと違う、と思ってよく見ると、いつもみんなのまとめ役だったエアリバドルがいない。チェストヒューもだ。
なるほど、次期リーダーの座をめぐって争いが勃発した、というところだろうか。
現リーダーが不在のうちに、俺に媚びを売っておくつもりだな?
あの2人と付き合いの長い初期メンバーがこの現場を見れば、どう思うだろうか。こんな反乱、黙って見過ごしてはいないだろう。
……そう思っていたのだが、そのとき、褐色のタンクも、ウサギ耳のアーチャーも、修道女服のモンクも、ベッドの上に這いよってきた。
「マスタ、オレ、オマエ、クウ、クワレル、ハンブンコ、エラベ」
「ねぇ~ん、マスタぁー、こっちおいでおいでぇ~」
「ふっ、安心しろマスター、ずっと手を握っていてやる」
「いい加減にしろ」
俺は暴れるギルドメンバーたちの中に飛び込んでいって、首根っこを掴みあげてひとりひとり床の上に正座させた。
首根っこをつかまれると大人しくなるのはネコと同じらしい。
俺はベッドと床を6往復ぐらいして(両手で10匹ずつ運んだ)ようやく全員を床に正座させることに成功した。まったく、立てない人間に無茶な運動をさせるな?
車いすから見渡すと、みんなしょぼんと耳を垂れてうなだれていた。俺はすっかりしょげた顔を見渡して、ほぼ全員いることを確認した。
「……だいたい無事だったみたいだな」
「マスター、エアリバドルとチェストヒューは……」
「じきに帰ってくる」
それは俺の希望でもあった。
もし、エアリバドルとチェストヒューがギルドにもどってこなかったら。
俺が彼女たちの中から次期リーダーを決めてやらなければならない。
そういう覚悟は俺もすでにしていた。
一体オリュンポス山でなにがあったのか。
せめて、初期メンバーたちぐらいには本当のことを話しておかなければならないだろう。
だが、いま全員に事の次第を告げることはできない。
「ますたー!」
頭の上にクマたん28号を乗せたプレシヴェルルがやってきた。
正座させられたメンバーの間をかきわけ、俺の膝の上にちょこっとお人形さんのように乗っかってくる。
他のメンバーが何も口を出さないでいるところをみると、群れの中ではけっこう順位が高いみたいだった。なんだか意外である。
周囲の視線も気にせず、俺の顔にひんやりと冷たい鼻面を押し当てて、ふんふんふん、と俺の額のにおいをかいで、何かを判じている。
「ますたー、ちぇすに、おなまえ、つけられたです?」
「ちぇす、チェストヒューか。ああ……お前はわかるんだな、そういうの」
つぶらな瞳で真剣に俺を見つめてくるプレシヴェルル、そしてボタンの目で見つめてくるクマたん28号。
どうやら彼女はチェストヒューの必殺技、絶対命令のことを知っているらしい。
おそらく、間近で見たこともあるのだろう。
エアリバドルとチェストヒューが3人目のメンバーに選んだ仲間だ。たった3人でダンジョンの10階層まで降りて行ったこともある。そのときに彼女たちの本気を見る機会もあっただろう。
「ちぇす、なまえをつけて、てきをあやつります。やってみたい」
「わかるわかる。反則だよなあの強さ。やってみたいよな」
「おなまえ、おしえてください、ますたー」
両手をお椀型にして、うるんだ目でぷりーず、と言ってきた。
うっかり言いそうになった。……なんに使うつもりだ?
「俺の名前を知って、どうするんだ?」
「ますたーにかかってる、のろいを、こわしたり、とか、いろいろできます。たぶん」
なるほど、獣人の呪いに関することは同じ獣人の神官がいちばん詳しい。
彼女ならひょっとすると呪術を解くことができるかもしれない。
だが、こわし『たりとか』できるって、それ以外になにするかっていうのが不安だよな……。
「いいよ、不便なことと言ったら、歩くことができないぐらいだからな。それ以外はとくに支障もないし」
「ほんと?」
「ああ、本当だ。とくに戦闘する予定もないからな。とりあえず、エアリバドルとチェストヒューが帰ってくるまでに、やるべきことを全部やっておこうと思うんだ。それまでには歩けるようになってるだろ」
「ほんとにほんと?」
「勇者に二言はない」
そう言って俺は胸を張った。
「さ、部屋に帰りな」
プレシヴェルルの両脇に手を差し込んで、膝の上から降ろそうと、持ち上げたとき。
「ますたー、こうかいするよ?」
プレシヴェルルはかくん、と首を傾げ、狂気をはらんだ四白眼になって、俺をじーっと見ていた。
28号の顔もなぜか凶悪な紫色に染まって、シシシ、とキバをむいて笑い始めた。
他のギルドメンバーが、「ひいいっ」と怯えるような声をあげた。無生物を自在にあやつるプレシヴェルルの呪術は、はたから見ると怪奇現象のように恐ろしいものだろう。
しかし、俺にとっては何も恐ろしいことはない。だってこれよりもすごい呪術、いくらでも見てきたからな。俺はそのまま彼女を床に降ろしてやった。
「ほら、もう部屋に帰って寝てろ」
「こうかいすることになるよ?」
「なにぃ?」
「わたしのいうこと、きかないと、こうかいすることになるよ?」
プレシヴェルルは精一杯恐ろしい目で俺をぎろっとにらみつけると、クマたんをずりずり引きずりながら、俺の前からすっと姿を消したのだった。
その瞬間、部屋に立ち込めていた陰鬱な空気も、すっと軽くなった気がした。息を止めていたギルドメンバーたちがしくしくと泣き始めた。
なにか変な雰囲気だった。メンバーたちのプレシヴェルルに対する怯え方が普通ではない。そう思って、初期メンバーに尋ねてみた。
「プレシヴェルルって奴隷仲間だよな? 昔からあんな感じなのか?」
「私は知らないな。ギルドに入ったときにはじめて見たぞ」
「私もぉ~」
「シラナイ、オレハ、ナニモ、シラナインダ」
おい。
どうやら誰もプレシヴェルルの事を知らなかったらしい。
プレシヴェルルがいったい何者で、どういう風に2人と知り合ったのか、今となっては確かめようもないのだった。やれやれだ。
けっきょく、その晩は怯えるネコたちと全員一つの部屋で毛玉みたいに固まって眠ったのだった。
そういば、みんな今日はかなり怖い経験をしたのだ、仕方ない。寝苦しいことこの上なかったが、俺はずっと我慢していた。
「ひょっとして、幽霊屋敷の幽霊……」
あるとき、誰かが、ぼそっとつぶやいて、メンバーは騒然となった。
そんなことないって、プレシヴェルルも自分は奴隷だったって言ってたぞ、と言い聞かせたのだが、ネコたちはにゃーにゃー泣いて聞く耳をもたなかった。
そういえば、このギルド本部、前は幽霊屋敷って言われてたよな。
まあ、いずれ近いうちにその正体も暴いてやろうじゃないか。
こうして2人が抜けたギルドはさまざまな不安を抱えたまま、最初の一夜を過ごしたのだった。




