表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
25/67

戒めの矢と千年勇者

 ある日、俺は探索家ギルドの受付エルフ嬢を尋ねていた。


「え、と……ですから、バニラ・アクセルさまとは直接お話したことがなくて……」

「頼むよ、そこをなんとか」

「でも……」

「あいつ、エルフには分け隔てなく優しくしてたから大丈夫だって」


 俺の頼みに、最初彼女はただひたすら困惑してばかりいた。

 エルフと言えば完璧超人のシレンシズのイメージがあるので、おろおろするエルフは俺の中では斬新な気がした。


 丁度その頃、ジュエル・アルマジロの存在が探索家ギルドの内部でも知られ始めていた。

 必ずクリスタルをドロップするという最大の特性こそ知られていないものの、いずれそれが分かってしまうのも時間の問題である。

 そうなると、俊敏性の高い獣人を中心にアルマジロ狩り専門パーティを編成しようとする探索家がどんどん増えはじめ、俺が充分にメンバーをそろえる前に、獣人奴隷の相場も上がってしまうだろう。

 いまのパーティの規模では、他のギルドとの競争が始まったときにとても太刀打ちできなくなる。その前に新しい市場を生み出す新作モンスターを考えなければならなかった。


 これまで何度か金髪ドリル精霊に案を出したのだが、どれもいまいちぱっとしなくて没になった。

 このローグシティの経済を潤す、何か新しい素材を考えなければならない。だが、どれもいまいち決定打に欠けていたのだ。


 だが、あるとき起死回生のアイデアを思いついた俺は、どうにかして会う時期をはやめてもらえないだろうかと考え、受付エルフ嬢に頼ったのだ。

 長年あのダンジョンに関わっている受付エルフ嬢ならば、ひょっとしてダンジョンの精霊とも仲がいいかもしれない、と思ったのだが。


「それは、小さな精霊さんとならお話をして、今日はダンジョンのこの階層にクリスタルが沢山ふえただとか、この階層に魔物が沢山生まれてそうだとか、そういうギルドに有益な情報を集めたりはいたしますよ? けれど、このダンジョンの主と直接だなんて……」

「そういう世間話をしてやるだけでもいいんだって、あいつもきっと喜ぶからさ、友達すくないし」

「でも、私にも受付としての職掌がございますし……」

「いいじゃないか、休日くらいちょっと羽目を外そうぜ? な?」

「困ります……だいいち、私のような奴隷が口を聞いていいような方ではございません」

「えっ、奴隷?」


 受付エルフ嬢は、恥じらいながら手の甲についた火傷の痕を俺に見せた。

 もうほとんど消えかかっているが、丸い縁取りの中に、ヒツジの頭が浮かんでいるように見える、烙印である。

 俺はその手を握って、火傷の痕を食い入るように観察する。


「なにこのマーク、ぜんぜん見覚えないんだが」

「これは、400年前の戦争時代にダルク帝国の捕虜となったときに押された烙印です。今はもう帝国も滅んでいますが……」

「ははぁ……ということはつまり、その帝国ってのはこの辺りの亜人種を捕まえまくって、ダンジョン探索奴隷にしてたってことか……」

「ですから、バニラ・アクセルさまには大変ご迷惑をおかけしておりまして……」

「そんなパッと出てパッと消えたような帝国の事なんか忘れちまえよ。あいつだってそんなもん気にしてないだろ」


 俺がしつこく受付エルフ嬢に詰め寄っていると、ちょうどエアリバドルが売店から買い物袋をもって出てくるところだった。


「あ! マスター!」


 探索家ギルドに併設されている売店には、探索に必要なアイテムから生活用品までだいたい揃っている。

 エアリバドルは大量の手投げ式照明弾を入れた袋を胸に抱えていた。ダンジョンにはクリスタルの明かりが届かない箇所も多く、そういった場所には大抵魔物や罠が潜んでいる可能性が大きい。照明弾を投げて安全を確保しながら歩くのは必須だったが、エアリバドルは暗闇が怖いのか、いつも必要以上に大量の照明弾を買っていた。


「マスタ……」


 そのとき彼女の視線は、俺が握っている受付エルフ嬢の手に注がれていた。

 エアリバドルの眼はみるみる光彩と温度を失い、絶望の色に染まっていった。


「マスター……なに……してるんですか……」


 やや遅れて、チェストヒューも売店から出てきた。

 トイレットペーパーや消毒液(俺が触った部分を拭くために大量に消費する)、あとはサプリメントと値引きシールの貼られた鶏肉などをつめた買い物袋を胸に抱えていた。

 彼女の冷たい視線は俺を発見した時もあいかわらずの冷たさだった。俺が受付エルフ嬢の手を握っているのを見て、さらにその目を汚らわしい物を見るように険しくしたかと思うと、短い子犬のしっぽをぷんぷんふり始めた。


「いたの、ケダモノ」「歯に布着せねぇなぁ!」


 それに続いて、プレシヴェルルがクマのぬいぐるみ、クマたん4号を頭に乗せて出てきた。

 彼女の獣耳と獣耳の間から鼻面を出しているクマのぬいぐるみは、じつは獣人の神官特有の『武器』のひとつである。

 前述したように、水魔法は呪術を司る魔法である。

 高位神官ならば、名前を知った対象の魂を操ることもできる。プレシヴェルルは極めて高度なその呪法によって、クマのぬいぐるみを自分の手下のように自在に操り、戦闘に参加させることができた。剣の腕前こそ半人前であったが、優れた人形遣いだったのだ。

 まあ、いかんせんぬいぐるみなので、耐久力がない。すぐに壊れるけどな。これでもう4代目だし。

 俺が受付エルフ嬢の手を握っているのをじーっと見ていたが、そのうち頭上のクマたん4号が煙をふきはじめ、内部にある綿がメラメラと自然発火しはじめた。


「ますたー、かおいろわるいよー、だいじょうぶー?」「ああ、あとで5号を買ってやろうな」


 さらに同じ売店から4人目、金槌が主力武器のタンクの女の子が出てきた。

新人だが、敵を見かけたら恐れずにとにかく突進してゆく頼もしい主力メンバーだ。

 自己回復能力が異様に高く、スチームスーツも人一倍面積の少ないビキニのような特注品で、褐色の肌を惜しげもなくさらしている。かなり筋肉質だ。

 俺が受付エルフ嬢の手を握っているのを見て、腕をべきぼき鳴らし始めた。


「マスタ……ソイツ、オレヨリツヨイノカ?」「まて、戦ってどうする」


 続いて出てきた5人目はウサギの耳を持ったアーチャーの女の子。ウサギ耳の種族はけっこう珍しい。背も人一倍高くて、面倒見のいい優しいお姉さんと言った空気をまとっていた。

 脚がモデルみたいに長く、他の奴隷たちは競って膝枕してもらいたがっていた。

 俺もいちど膝枕してもらったことがあるが、いやもう幸福の極地である。

 俺が受付エルフ嬢の手を握っているのを見て、にゅふふふ、と上品な笑みをこぼした。


「あらまぁ、マスターったらぁ。発情期ですかぁ?」「ウサギ耳と一緒にするな?」


 6人目は真っ黒な修道女の服を身に着けた女の子だ。ロザリオとわずかばかりのパンを手に、自分以外の何にも興味を抱いていない様子で、マイペースにゆっくりと売店から出てきた。

 近接戦が得意な《武闘神官モンク》のジョブを持っており、彼女だけ戒律のためにスチームスーツの上から修道女の服をまとってダンジョンに潜っている。

 戦闘の時も常に慈悲深く、規則正しい。なるべく相手が早く死ぬように急所を狙った攻撃を繰り出す。

 しかし、これも戒律のせいで「武器を持ってはならない」と定められているため、彼女の攻撃はすべて素手によるものであった。必然的に相手が気を失うまでなぶり殺しにする、いわゆる破戒僧だったが、俺には彼女がその過程を心から楽しんでいるようにしか見えない。

 俺が受付エルフ嬢の手を握っているのを見て、ふっと不敵な笑みをこぼす。


「マスター、シスターの服がなぜ黒いか教えてやろうか? ……返り血が目立たないようにするためだ」「いやそれ今ぜんぜん関係ないだろ」


 ******


 ともあれ、受付エルフ嬢の交渉により、念願かなって俺と金髪ドリル精霊との再会は果たされた。


「新型モンスターの発注に来たそうですわね? なにかいい案でもございますの?」

「ああ……これだ」


 金の茶室で向かい合いに正座し、俺は畳の上にすっと一枚の紙を差し出した。


 金髪ドリル精霊が片手をかざすと、ふわりと紙が舞い上がる。

 そこに書かれたイラストやモンスターの特徴を見て、金髪ドリル精霊は整った眉をわずかにひそめた。


「……これ、あなたが書いたの?」

「いや、うちの女子連中が書いた」


 6人同時に襲い掛かってこられても負けない自信はあったのだが、6人同時に逃げられたら、もうこっちがごめんなさいと謝るしかなかった。

 事情を説明しても聞き入れてくれなかったし、最終的に次の新型モンスターに彼女たちの希望を入れることで合意を得たのだ。


「……すばらしいわ」


 金髪ドリル精霊は、宙に浮かんでいたその紙をわっしと掴み、ぷるぷると小刻みに震えていた。

 そして、声高に宣言したのだった。


「これから、モンスターの新時代がはじまる!」


 ******


「フィールドに新たなモンスターが出現することが決定した」


 さっそく俺はメンバーに報告した。

 屋敷の一室に集まっているのは、エアリバドルをはじめとする主力メンバーに加え、新人たち。

 そのとき、パーティメンバーの数は10人にまで膨れ上がっていた。


 人数を増やせば増やすほど、収益はどんどん加速していく。

 魔物から採れる素材の収集を専門とする狩人ギルドの結成を目指している俺は、俊敏性を重視し、片っ端から獣人の女の子を奴隷に加えていった。


「ガラハッド大河沿岸に、クリップダイル……そしてランスロット湖畔に、イルイド僧だ」


「やったー!」


 と歓声をあげるエアリバドルたち。

 とうとう奴隷たちの意見が、金髪ドリル精霊によって採択されたのだ。


 クリップダイルは、即死の牙を持つクロックダイルに突然変異を起こさせ、鱗のように全身にびっしりクリップを生やしたものである。

 直接戦闘をすれば即死の牙によって命を落としかねないが、陸に上がると大量のクリップをぱちぱち落としていくので、戦闘を回避しながらそれらを回収する素材収集方法が生まれた。

 クリップなんて集めてどうするんだろう、と思ったが、どうやら、ブローチなどのアクセサリー系のアイテムは、クリップが最も基本の素材になるらしい。女の子たちの多数決によってこのモンスターの発注が決まったのだった。


 また、イルイド僧は森の奥でひっそりと瞑想を続けるドルイド僧だが、突然変異によって衣類にただならぬ『こだわり』を持つようになり、上質のハイセンスな模様の布で全身を覆っているというものだ。

 これも衣服などの素材となる上質の布を落としてくれる。やはり女の子たちの圧倒的多数決によって決まった。


 こうして新ジャンル、ファッションモンスターが誕生したのである。女の子の発想には勝てねえ。


 ファッションモンスター♪ ファッションモンスター♪ と手を合わせてはしゃぐ女の子達。

 ぷー、とプレシヴェルルはひとり不満げだった。


「ねー、くまさんはー?」

「くまさんが出てきても誰も喜ばないよ、プレシヴェルル。第一ひねりがなさすぎる」

「くまさんがいいのー」


 じわっと目に涙を浮かべて泣いてしまうプレシヴェルル。

 俺はプレシヴェルルを抱き寄せると、頭をなでなでしてやった。


「よしよし、思う存分泣け、今日は俺がプレシヴェルルのくまさんになってやるからな?」

「変態」

「マスター変態ロリコン」

「お前たちも俺の胸に飛び込んできていいぞ?」

「やだー! あっちいけー!」


 いつもの喫茶店だったらこんなじゃれ合いは出来なかったな、と思う。

 そう、ここは喫茶店ではない。

 町はずれにある、とある洋館である。


 ソニックくんの収益率があまりにも高かったため、俺が自宅兼狩人ギルド本部として購入したものだ。


 物件屋で破格の値段で売られているのを見つけ、即買いを決めた。

 幽霊屋敷と近所でも評判だったが、俺が住み着いてからはそのうちネコ屋敷と呼ばれるようになった。


 なんせ、愛らしい獣耳の少女たちが朝から晩までひっきりなしに、にゃーにゃーと騒いでいるのだ。

 幽霊がいたとしてもきっと逃げているだろう。たいていそういうものの正体は盗賊とか浮浪者だからな。


 じつは人数が増えて集団行動がしづらくなってきた頃から、最大6人ずつでパーティを組みつつ、フィールドやダンジョンを探索させる方法に切り替えていた。


 残った人員には休暇を与えたため、屋敷には必ず猫たちの姿が見受けられるようになった、というわけである。


 狩人ギルド本部はお風呂からベッド、屋根裏から廊下まで、獣耳の少女たちであふれかえった。

 甘えてくるのもいれば、1人でいるのを好むのもいる。

 右を見て獣耳、左を見て獣耳、正面を見て獣耳だ。

 もはや天国と言って差し支えなかった。


 16人目が揃ったあたりで、ローグシティで彼女たちの事を知らない者はいなくなり、46人目が揃ったあたりで、彼女たちのファンクラブができ始めた。

 変な連中が彼女たちの後を追跡するようになり、河に水浴びしに行くときなどは交代で見張りをするようになったため、この俺が近寄ることさえできない。この俺が。


 彼女たちは他の奴隷にはない、やる気と気迫に満ちていた。

 自分でこのフィールドを作っているのだという責任感がある。

 それと同時に、奴隷の収入は出来高払いである、誰よりも多くの素材を手に入れる事を目標にダンジョンやフィールドの探索に繰り出し、圧倒的な速度でモンスターを狩っていった。


 やがてスラム街のあった場所には、彼女たちの一戸建てがずらりと並ぶようになった。

 信じられるか、ここに住んでるの全員俺の奴隷なんだぜ。まさに壮観である。


 いつかキングサイズのベッドにまどろむ彼女たちの群れに分け入って無双するという夢は、こうしてはかなくも砕け散った。


 実のところ、彼女たちはみんな俺で遊んでいるといった感じがした。

 最初期メンバーのエアリバドルはいわずもがな。チェストヒューなんか俺を見ると明らかに不機嫌になって蹴とばしてくる。今でも俺に純真な笑顔を向けてくれるのはプレシヴェルルぐらいである。


 新型モンスターの発注も、俺の案より奴隷たちの案の方が通りやすかった。

 いったいどうやったらそんな柔軟な発想をひねりだせるのか、俺にはまねできない。


 最新モンスターが発注通りに生まれたことを確認すると、みなこぞって狩りに出かける。

 これは俺の指示ではなく、みなの自発的な行動だった。

 このとき60名近い狩人たちが勢ぞろいするのだが、まさにプリキュアオールスターズ並みの迫力があった。


「今回の新型モンスターはオリュンポス山のヒフク竜よ! Aランク探索家が数名がかりでようやく仕留める超大物モンスター火吹き竜の、紛い物! けれど、倒せば超高品質なドラゴン革の被服素材を落とすわ! 心してかかりましょう!」


 うにゃー! と手を上げて気勢をあげる獣耳の少女たち。

 今回獲物となったヒフク竜には合掌するばかりである。

 ヒフク竜は、ドラゴンとまったく同じ材質のウロコをもつように突然変異を起こした、ただのでっかいトカゲだったのだ。

 ドラゴン革の素材はワニ革をもしのぐ最高級品として市場に出回っている。

 ヒフク竜はめちゃくちゃ弱く作ったから、下手をすると狩り尽される恐れがある。


 俺は今回の大遠征はパスして、指揮をエアリバドルに任せていた。

 オリュンポス山にはあまり近寄りたくなかった、というのもある。

 シレンシズや俺の娘に顔を見られる恐れがある。

 俺がやっているのは別に恥ずかしいことではない、ローグシティに獣人たちを救う礎となる組織を生み出し、新たな財源を生み出し、経済を活性化させて町全体を変えてゆくことだった。

 けれども、浮気心がなかったかといえば、うそになる。洋館から猫たちが一匹もいなくなった今でも、無双する夢は変わらない。


 すっかりもぬけの殻になってしまった洋館を振り返ると、ふいに誰かの気配がした。

 物陰に人形のように座り込んでいるプレシヴェルルだった。


「ますたー、みんな行っちゃった」

「ああ、そうだな」


 プレシヴェルルはドラゴン革の高級バッグなんかに興味がないのだった。

 俺はプレシヴェルルの隣に腰かけた。プレシヴェルルの警戒心の欠片もなくだらんと垂れた尻尾を持ち上げ、踏まないように脇にのけた。


「お前、エアリバドルとチェストヒューの知り合いだったんだな?」

「うん……3人とも奴隷だったの。私を助けてくれた」

「それって、ダルク帝国ってやつじゃないよな?」

「よくわかんない」

「他の2人は体に烙印とか押されてるのか?」

「よくわかんないよぅ」


 こてん、と頭をすり寄せてくるプレシヴェルル。

 ひやっとする鼻を俺の腕にすりつけて、くんくんにおいを嗅いでいた。


「ますたー……なんだか、むねがくるしいです」

「胸? そんなに軽そうな胸してんのに苦しいのか?」

「うん、くるしいです……ますたーのにおいをかいだら、おちつきます。けど、なんだかもっと、くるしくなってきます」


 そういって、熱っぽい表情で俺を見上げてくる。


「ますたー、今日はわたしのくまさんに、なってくれます? わたしがいいっていうまで、あたま、ずーっと、なでなでしてくれたら、うれしいです」


 俺はその表情を見て、確信した。


 こ、これは……!


 家ネコ特有の、成長上、避けては通れぬ生理現象のひとつ……!


『発情期』ッ……!


 急速に喉が渇いていった。

 恐れていたことが、ついに起こってしまったのだ。

 プレシヴェルルの柔らかな髪を撫でてやると、ごろごろ、と喉を鳴らして俺に全身をすりつけるような仕草ですり寄ってきた。


 幸いにして、この洋館に他のネコはいない。

 猫たちはいま絶賛ヒフク竜狩り中だろう。

 ここは、この俺がこの子のマスターとして、責任をもって彼女の性的欲求を何らかの方法で発散させてやらなければならないのではあるまいか。


 俺がよこしまな考えを抱き始めていた、そのときだった。

 俺の視界をなにか白い物体が高速でよぎった。

 ドカッ

 鈍い音を立てて、その白い物体は壁に突き刺さった。

 突き刺さった、壁に突き刺さったのだ。

 俺は、恐る恐るそちらに視線を向けた。

 認めたくなかった。そんなバカなと思った。

 半分以上壁にめり込んではいたが、それはまぎれもなく――『矢』だった。


 俺は素早く跳ね起きた。プレシヴェルルが「ぷきゃっ」とぬいぐるみのような声をあげて倒れた。

 腰のナイフを抜き放ち、矢を放った人物の姿を探し、窓の外を見た。


 ――いないッ! ――まさかッ!


 窓からは中庭を挟んで向かいの屋敷が見えるだけで、矢を放つための足場すらない。

 まさか……山の上からここを狙って撃ったのか!

 ありえねぇ! 神話の女神か!


 だらだらと汗が止まらない。

 もはや退路は断たれたも当然だった。

 プレシヴェルルはどこ吹く風で、尻尾を振って俺に懐いてくる。


「プレシヴェルル」

「はい」

「ちょっと向こうの部屋で待っててくれ」

「はい、ますたー」


 うきうきしながら隣室へと向かうプレシヴェルル。

 俺はとりあえずプレシヴェルルを遠ざけておいて、他のメンバーが戻ってくるのを待った。

 壁に突き刺さった矢の破壊力を思いながら、切実な思いを胸に待ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ