市川の動向
「あれからびっくりするほど何もないな……」
市川凛からの突然の宣戦布告から2日が経ち、現在教室で呑気にランチタイムを過ごす俺と習志野。
「はひかにはほほんははひほ――」
「食いながらしゃべるな」
口いっぱいに物を詰め込んだまましゃべるとか、ガキかよ。ホント良くも悪くも期待を裏切らないな、コイツは。
「確かにあの女あれだけ言っておいて何もしてきませんね。――ぐぬぬ、あの女ホントに忌々しい! あんな女、私が軽くひねってやりますよ!」
そんな少女は俺の注意を素直に受け止め、ゴクリと口の中の物を含んでから、ぐっと胸の前に拳を握りしめ、やる気に満ち溢れた顔で決意表明。
なんかとてつもない負けフラグのような気がしてならないんだが……。
とにかく頼りなさすぎる。なぜなら……、
「決意表明するのは良いが、とりあえず口元についた米粒を取ってからにしてくれ」
「ッ!! さ、先に言ってくださいよ!!」
「……いや、さすがに無理だろ」
顔を赤らめながら慌てて口元を確かめる習志野。こいつの残念さを見てるとマジで気が抜けてくる……。
と、まぁそれはともかく、朝に市川凛から宣戦布告を受けてから今現在に至るまで、あちらからのアクションは皆無。
「まぁ、何らかの準備はしてるみたいだけどな」
その証拠にこの二日間、市川は休み時間になる度に教室を出ていき授業直前に戻ってくる、ということを繰り返している。休み時間の間に何か企んでいるのは確実だろう。そんなことを考えながらチラリと、今も不在の市川の席に目を向けていると、
「いやいや、それはないと思うよ?」
ふと背後から知った声が聞こえてきた。
「……何か用か?」
「いやだなぁ。露骨に嫌な顔しないでよ」
冷ややかな目で振り返ると、そこには想像通り薄っぺらい爽やかさを顔に浮かべた茶髪の長身イケメン、葛西寛人が立っていた。
「お前に話しかけられて警戒しない奴なんていないだろ」
「ははっ。君のは警戒っていうよりただの拒絶みたいだけどね!」
葛西寛人――敵だけでなく、味方にもなりたくない。それほど面倒くさそうな奴である。
俺の隣では習志野がいつの間にか俺の後に隠れている。この精神年齢12,3歳の少女でも、いや、だからこそだろうか。彼女も、目の前の男が信用できない奴だということはなんとなく感じているらしい。
「……それで、何がないって?」
「そうそう。君達、もしかして、市川さんが休み時間に教室を抜け出して何か仕掛けるための準備をしてると思ってるんじゃないかい?」
「……別に。お前には関係ないことだよ」
こいつ、俺達が市川に宣戦布告されたことも知ってるのか?
「まぁまぁ。そう警戒しないでくれよ。実は二日前、偶然君達と市川さんが話しているところを目撃しちゃってさ。それからちょっと、市川さんのことも調べてたんだよね」
「“偶然”ねぇ?」
偶然目撃できるわけねぇだろ。俺達が話してたの、屋上だぞ? 白々しい。十中八九俺が市川に呼び出されるのを見て、屋上までコソコソ尾けていたんだろう。
「まぁそれはいい。――じゃあ、市川は毎回教室を出て何してんだよ?」
「お! 食いついた食いついた」
「よし、葛西。歯を食いしばれ。俺がお前の顔面に右ストレートをプレゼントしてやろう」
「ははっ。そんなに怒らないでくれよ。ちゃんと言うから」
問題。今俺の中で沸々と湧き上がってきている感情はなんでしょうか?――答えは勿論殺意です!!
「まぁ、そうは言ってもそんなに難しいことじゃないんだけどね。――辰巳君、君がこの学校に入ってから経験したことと、市川凛という少女のスペックを考えれば自ずと答えは出るよ」
とりあえず、葛西の口ぶりにイラつくのは後にしよう。俺は精一杯の理性で知らぬ間に握られていた拳をほどき、ヒントをもとに市川の行動を考えてみることにした。
俺がこの学校で経験したこと……、それから容姿端麗、学年一位の学力っていう彼女のスペック……、
「――あ、もしかして、告白、か?」
「正解♪」
ウインクしながら軽い調子の口調で正解を告げる葛西に、俺の怒り指数は10上昇した。
「なるほど。あの女休み時間になる度に誰かれ構わず告白してたんですか。ホントにどうしようもなく盛りのついた雌犬ですね」
習志野さん、市川に敵意むき出しになるのはいいんだが……、そろそろ俺の背後に隠れるのやめません? それに君、多分勘違いしてるから。
「逆だ逆。市川は告白される側だろ?」
「その通り♪」
「えぇ!? アレに告白!? みんな、あんな愛想のかけらもない女のどこがいいんですか!?」
市川のいいところね……。習志野、自分の真っ平な胸部に手を当てて考えてみよう。非常に悲しい現実ではあるが……、少なくとも一つは見つかるはずだぞ? と、まぁそれは置いといて。
「多分だが、厳密に言うと『告白』じゃなくて『下準備』と『調査』だろうな」
「おそらくね」
「『下準備』……?『調査』……?」
俺の真面目な考察に、チンプンカンプンといった様子で小首をかしげる貧乳少女。
「まぁ、ここはフラれたら退学っていう常識外れのルールがある恋星高校恋愛学科。みんな市川さんとペアを組みたいけど退学を恐れて簡単には告白できない。だから、みんな告白する前に脈があるのかどうか調べたり、好感度を上げようといろいろアピールしてるんだよ」
「へぇぇ! 男の人はいいんですね!! 私にはアレの良さは全く分かりませんけど!!」
説明を聞いても微塵も納得していない様子で、面白くなさそうに唇を尖らせている。
「ま、まぁ、異性としてどうかは置いといて、とりあえずこの学校にいる間は彼女とペアになりたい男は絶えないだろうね」
そして、そんなむくれる少女には、さしもの葛西も苦笑い。
「この学校ではペア二人の生徒ポイントの合計で評価が決まるからね。市川さんは学年一位の学力、生徒端末で調べた限り運動も得意な方らしい。みんな、そんな『たくさん生徒ポイントを稼いでくれる“優良物件”』に群がってるのさ」
“優良物件”か……。多分、俺がこの学校でちやほやされてたのと同じことが市川にも起きているんだろうな。
まぁ、あいつの場合はそんな評価制度なくてもモテモテだっただろうがな。あの男のロマンが詰まった膨らみさえあれば。
「期限も迫ってるしな。そういう動きはしばらく活発になるだろ」
俺はそう言いながら教室にいる周りの連中に視線を移した。
「ねぇねぇ、清水君好きな食べ物ってある?もしよかったら明日私が作ってきてあげるよ!」
「え、本当!? それじゃあ――」
「へぇ、小野さんって陸上部入るんだ!今度応援行くよ!!」
「あ、ありがとう」
どいつもこいつも狙いの異性に媚びを売ろうと必死。
この学校のルールの一つ、『8日間恋人がいない生徒は退学』に抵触しないように、みんな恋の駆け引きの真っ最中だ。
確かに今日は5日目。明日から土日ということを考えれば彼女彼らの必死さも納得である。
俺も習志野とペアになってなかったらこうなってたのか……。悲惨だ……。
「っていうか、お前はこんなところで油売ってていいのか? まだペアいねぇんだろ?」
そんな中、ふと気になったことを、既にペアの決まった俺と呑気にお喋りしている男に聞いてみた。
「ははっ、僕のことを心配してくれるのかい? 辰巳くんは優しいね」
「黙れ」
「イタイイタイ! 急に足踏まないでよ。辰巳くんは照れ屋――痛いッ!!」
俺は無言でクールにもう片方の足を踏みつけ攻撃をお見舞いしてやった。
「もう、酷いな~。――ま、とりあえず僕のことなら心配いらないよ。別に今動かなくてもペアは組めるからね」
まぁ、確かに早く動いたからと言って目当ての奴とペアが組めるとは限らない。
いろんな奴に声をかけられてる奴はギリギリまでペアを見極めたいだろうし、後から来た奴の方が魅力的に映ることもある。
一般的には余裕のある奴はモテるらしいしな。こいつみたいに“あえて仕掛けない”っていう駆け引きの仕方もアリなんだろう。だが、
「お前、どうせまた何か企んでるだろ?」
「うーん? 企んでいると言ったら企んでるかな。まぁ、素の部分を考えたのは僕じゃないんだけど。――きっと君達も楽しんでくれると思うよ」
そう言って葛西はニヤリと笑った。ったく、市川のことも考えておかなきゃいけねぇのに……。ホント面倒くせぇ野郎だな。
キーンコーンカーンコーン
そんなやり取りをしていると、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り、クラスの連中も皆それぞれの席に戻りはじめる。
そんな中、
「あ、そうそう、辰巳君。他の連中より先にペアを組んでちょっと気が緩んでいる君に一つアドバイス。――生徒端末のお知らせページはこまめにチェックしておいた方がいいよ」
「!?」
葛西は去り際にそれだけ告げると、さっさと自分の席に戻っていった。
俺は葛西の言葉が気になり、ふとポケットから生徒端末を取り出しいじってみる。
そして……
(『生徒へのお知らせ』……これか――って、はぁ!?)
何気なくそのページを見た俺は、その中の一つの文を見て目を丸くした。
「なんだ、これ? こんなのいつからあった?」
今朝、学校を出る前に見たときはこんなリンク先なかった。
おいおい、普通学校のHPってこんな頻度で、しかも生徒が学校にいる間に更新されたりしないだろ。
……いや、今は一番重要なのはそんなことじゃない! 重要なのはこの内容だ……。
俺は驚きながらもその文章をクリックした。すると……
『ペア対抗オリエンテーション開催のお知らせ』
俺の視線の先にはそんな文言が記されていた。




