宣戦布告
「それにしてもすごい殺気がすごいな……」
翌朝、習志野と共に登校してすぐのこと。俺は四方八方から向けられる殺気が籠った視線をひしひしと感じていた。
「そうですか? 言われてみれば皆さんなんとなくこっちを見ている気もしなくはないですが……。もしかして、たっくん。日頃の行いが悪いからじゃないですか?」
俺の横で習志野はぐるりと教室中を見渡し小首をかしげる。――いや、っていうか……
「殺気が向けられてんのはお前なんだが!?」
「えぇ!?」
俺はつい立ち上がって隣で他人ごとのようにしているロリ少女にツッコんだ。
そう。今朝登校してきた時から感じている殺気(主に女子からの)はほとんどが俺ではなく習志野に向けられているのだ。――まぁ、理由は明白だが。
「普通気付くだろ! よく見てみろ! クラスのあちこちから送られてくるこの殺気を!!」
「言われてみれば確かに視線は感じますけど……、みんな幸せそうな私達をうらやんでいるだけじゃないんですか?」
「いやいや、こっち見てる奴らをよく見てみろ! 睨みまくってんだろ!? あれをどう解釈したら羨望の眼差しに変換できんだよ!!」
鈍感もここまで来ると特技だな……。と、ある意味規格外のメンタルを見せつける習志野に頭を抱えていると、不意に目の前に複数の人影が現れた。
「ねぇ、氷室君! どうしてこんな奴とペア組んだの?」
「そうよ! こんなバカっぽい奴と組んでも卒業できないよ?」
「氷室君には似合わないよ~!」
ふと声のする方に視線を向けると、そこには名前も知らない3人の女子生徒が立っていた。
便宜上、俺は彼女達の特徴を素に、向かって右から『巻き髪』『ムッチリ』『しゃっく』と命名した。あ、ちなみに最後の『しゃっく』の由来は顎がしゃくれてるからね。
「なんか用か?」
そんな3人に素っ気なく返事する俺。
こいつらが来たのも周りで睨みを利かせている奴らと同じ理由だろう。――俺とペアを組みたがっていたが習志野に先を越されたから八つ当たりしているのだ。
やれやれ、まさかこんなところで人生初めてのモテ期が到来するとはな。……まぁ、彼女達全員、狙いは俺の『学力』と『生徒ポイント』だけなんですけどね。
「いやいや、だからさぁ。こんな役立たずとペア組むくらいだったらアタシ達と組もうよ!」
「そうそう! 絶対そっちの方がいいって!!」
めんどうくせぇな……。正直今フリーだとしてもこいつらとだけは組む気になれん。
まぁ、このまま無視してもいいが……言われっぱなしってのもな。なにより、習志野のちょっとシュンとした顔が鬱陶しい!!
「なぁ、あんたらさ」
「なになに?」
「アタシらならいつでもOKだよ!」
「っていうか誰選ぶの?」
あからさまに不機嫌オーラを出しつつ話したつもりなんだが……、何? こいつらも鈍感系の人なの? もしかして今『鈍感系女子』って流行りなのか?
「いや、お前らさっきから習志野のこと馬鹿とか役立たずとかって言ってるけど、お前らはどうなの?」
まぁ、今後こういう奴らの相手するのも面倒だし、こいつらには見せしめになってもらおう。
「はぁ? そんなの決まってんじゃん! まず、アタシらの方がカワイイし!」
「入試の順位だって、アタシら全員100位以内だし!」
「それにこんなお子様体型じゃなくて、ちゃんと胸もあるし!」
『巻き髪』『しゃっく』『ムッチリ』の順番で自信満々に答えた。……こいつら、マジか……。仕方あるまい。コイツ等に現実というものを教えておいてやろう。
「まず、お前。どう見ても習志野の方が見た目は上だ。客観的に見たらお前らなんて『中の下』ってところだろ? そんな見た目でよく自分のこと可愛いなんて言えるよな。ちゃんと毎日鏡見てるか?」
「なっ!?」
まずは『巻き髪』が驚き、目を丸くする。
「それから、お前。確かに入試順位は習志野より上みたいだが、それだけだ。微塵も役には立たんし、むしろ邪魔にしかならんレベルだ」
「はぁ!?」
次に『しゃっく』が怒りを露わにする。怒った顔は彼女のアゴを一段としゃくれて見せた。
「最後にお前。正直胸の大きさでペアなんて決めないが、はっきり言ってお前はただ太いだけ。肉の量はダントツで勝ってるが、トップとアンダーの差はほとんどないんじゃねぇの?」
「はぁ!? マジふざけんなし!!」
最後に『ムッチリ』……改め『ブッチョリ』は。事実を受け入れられず完全にブチギレ。
「こんなところで自分達の醜さを露呈してるよりも真面目にペア組んでくれそうなうな奴探した方がいいと思うぞ?――まぁ、お前らなんかとペア組んでくれる酔狂な奴がいるかなんてわからんけどな」
そう言って鼻で笑ってやった。
すると、3人は怒りで体を震わせながら、「ちょっと頭いいからって調子に乗ってんじゃないわよ!」「あんたなんてポイント以外何にも魅力ないのよ!」「あんたなんてこっちから願い下げよ!」と完全に雑魚キャラのような負け惜しみを吐いて去っていった。
「やっと行ったか……」
俺は3人が出ていったドアを眺めながら、ため息交じりに呟いた。
ああ、周囲からの目が痛い。おそらく俺がこんなに性格悪い奴だとは思ってなかったんだろう。クラスメート達は唖然としていた。そんな中、
「あ、ありがとうございます!!」
ふと声のした方を見ると、習志野が頭を下げていた。
「本当は私が言い返さないといけないんですけど、なかなか上手い言葉が出てこなくて……。でも、嬉しかったです!」
勢いよく頭を上げると、そこには嬉しそうな笑顔が一つ。
「別に。俺が言いたいこと言っただけだし、大したことじゃねぇよ」
「それでも嬉しかったです! 惚れ直しました!!」
「はいはい」
調子近距離で、鼻息荒く、無邪気に好意を伝えてくる彼女を軽くあしらいつつも、俺は自分の顔が少し熱を帯びていることに気付いた。――やれやれ、『しゃっく』達相手に少し熱くなり過ぎたみたいだな……。
そんなこんなで朝の騒動は幕を閉じた……と思われた。
「氷室君、ちょっといいかしら?」
ふと後ろから声が聞こえ、振り返る。
「ん? なんだ?」
振り返ると、そこには黒髪の巨乳少女――市川凛が立っていた。
人の名前を覚えるのが苦手な俺でも一発で覚えられる程印象的な女子だ。おそらくクラス中の 男子全員、彼女を覚えていない奴は皆無だろう。
特にこの胸! 推定Eカップはあろうかというバストは既に男子全員の脳裏に焼き付いていることだろう!! と、そんなことを考えていると、
「ちょっと話があるからついてきて」
「は? ちょ、おい!」
そう言って、市川は俺の返事を待つことなくさっさと先に行ってしまった。
そして、よく分からないまま、俺も慌てて追いかける。――追っていった先にまたもや面倒なことが待ち受けているとも知らずに……。
※※※※
「私は氷室君だけ呼んだつもりだったんだけど?」
「あぁ、奇遇だな。俺も自分だけが呼ばれたものだと思ってたよ」
市川の先導の下、俺は屋上までやってきていた。
普段人はおらず、秘密の会話をするには絶好スポット。こんな場所までやってきたんだ。てっきり二人で大事な話でもするものだと思っていたのだが……
「おい、なんでお前まで来てんだよ」
俺は当たり前のような顔をして隣に立っている小柄の少女――習志野栞に呆れた口調で問いかけた。
「すみません、私の中の『女の勘』が、彼女は危険だと言っていたので念のためついてきました」
「お前こいつと知り合いなのか?」
「いえ、完全に初対面です」
「……そうか」
もしかしたら市川について何か知っていてついてきたのか? と思って聞いてみたが、全くもって無意味。最早突っ込む気にもなれなかった。
「まぁ、いいや。――市川、俺になんか用か?」
俺は気を取り直して市川に話を振った。
もうすぐ始業ベルが鳴ってしまう。あのみんなが恐れる大井先生に目を付けられてしまった俺としては遅刻は回避したいところなんだが……。
「本当は氷室君にだけ言うつもりだったんだけど……、まぁいいわ。習志野さんにも関係することだし」
市川は一瞬習志野に視線を向けるが、すぐに俺の方へと視線を戻す。
そして、次の瞬間市川の口から本日二度目の言葉が放たれた。
「氷室君。習志野さんと別れなさい」
「……は?」
一瞬冗談かとも思ったが、彼女の鋭い視線を見てすぐに思い直す。
「聞こえなかったかしら。――氷室君、習志野さんと別れなさい。そして私とペアを組みなさい」
市川凛は再度言いなおす。――どうやら聞き間違いでもないらしい。
「えーっと……、これって告白だよな? フラれたら退学だけど、いいのか?」
特に意味はないが一応確認を取ってみる。――どうやら俺はかなり動揺しているらしい。
「えぇ、これは『告白』よ。まぁ、今回はフラれても退学にはならないけどね」
「は? どういうことだよ?」
この学校はフラれたら退学という変わった校則を持っている。
『8日間恋人がいない生徒は退学』――この学校の看板ルールに、これまで一体何人の生徒が退学になってしまったことか。
にもかかわらず、『告白』したのに『フラれても退学にはならない』ってのはどういうことだ?
俺が眉間にしわを寄せて考え込んでいると、
「あなた、もしかして生徒端末の詳細ルール全部読んでないの?」
「は? そんなの昨日全部読んだに決まって――あっ!!」
言いかけて、俺は生徒端末に記載されていた詳細ルールの一つを思い出した。
『原則、告白をしてフラれた者は退学となるが、既にペアを組んでいる者に告白をした場合は一度まではフラれても退学にはならないものとする』
――要は既にペアを組んでいる奴を口説く場合に限って『告白』のチャンスが2回あるってことだ。
市川の場合、俺への告白は一度目ということでフラれても退学にはならない。
「あなた、さっきも教室で告白されてたじゃない。もしかして何も知らずに彼女達を『フって』たの?」
確かに。言われてみればさっきの『しゃっく』達のも告白だったのか。っていうか普通に何も考えずにフッてたわ。
「まぁいいわ。別にあの人達が退学になろうとどうでもいいし」
「俺も人のこと言えねぇけど、お前も大概だな」
「それで、さっきの答えは?」
スル―かよ。この態度から察するに、こいつも俺のポイント狙いなんだろうな。次々に女に言い寄られる金持ちの気持ちが少しは分かるよ……。
確かにこの市川は可愛いし巨乳だ。それに学年1位の学力も持っている。こいつと組めば主席での卒業も一気に近づくはず。しかし……俺に、隣で俯き、今にも泣き出しそうな顔をしたこの少女を見捨てることなどできなかった。
「悪いけど、俺は今、こいつと別れるつもりはない。だからお前とペアは組めん」
正直、自分でももったいないとは思う。主席卒業も楽になるし、この巨乳美少女相手なら結婚もやぶさかではない。あ、別に巨乳が目当てじゃないぞ? 本当だぞ!?
しかし、俺はこいつを信じて、こいつと協力して卒業すると決めたんだ。もう一度隣を見ると、習志野は、こちらを見上げてぱあっと表情を明るくしていた。
「理由は? 主席での卒業を目指すならどう見ても私とペアを組んだ方がいいと思うんだけど。もしかして、彼女のことが本気で好きになったとか?」
「いや、残念ながら、まだ習志野のことが異性として好きかと言われれば微妙だ。――だけど、俺はコイツを信じると決めたんだ。だから、例え不利になったとしても、俺はこいつと一緒に主席を目指す。――ただ、それだけだ」
「たっくん……!!」
隣からは嬉しそうな感嘆の声が聞こえてきた。
「なるほど。氷室君の気持ちは分かったわ」
すまんな。巨乳美少女よ!
こうして、今度こそ、モテ期を迎えた俺の朝の騒動は幕を……閉じなかった。
「じゃあ、私はあなたを全力で潰すわ。――それじゃあ」
淡々とした口調で吐き捨てると、市川は屋上を出ようと踵を返した。
「いやいやいや! ちょっと待てよ! 何で俺がお前に潰されなきゃいけないんだよ!!!」
俺は慌てて市川の肩を掴んで引きとめた。
が……、振り返った彼女の目を見て、俺は思わず掴んでいたその手を離してしまった。
「あなたは私のペアになることを拒んだ。だったら最早あなたは私にとって敵でしかないわ。――敵は全力で潰す。当然のことでしょ?」
彼女は元々ツリ目気味の目をさらに細め、こちらを睨んでいた。その目はとても冷たく、明確な敵意が籠っていた。
そして、同時に思い出した。彼女の自己紹介を……
『私は主席で卒業することにしか興味ありません。他の人がどう思っているか知りませんが、私は敵には一切容赦しませんのでそのつもりで』
「全く、せっかく私がチャンスをあげたっていうのに……。せいぜい退学しないように頑張ってね」
それだけ言い残すと市川は再び俺達に背を向け、そのまま屋上を後にした。
おいおい、勘弁してくれよ……。最初に目付けられたのが学年トップって……。
スタスタと去っていく市川の後ろ姿を見送りながら、思わず俺は心の中で頭を抱えた。
だが、ここで嘆いていてもしょうがない。
「ま、やるしかねぇよな」
俺はフッと小さく笑みをこぼしつつ、市川からの宣戦布告を受け取った。




