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ノイルフェールの伝説~天空の聖女(セインテス)~  作者: 朝霧 巡
第4章 故郷ウーラニアー

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10.聖騎士の館……⑩

「……どうして、こんなことに?」


 シェリルが、ぽつりと呟いた。

 胸の奥で鈍い痛みが広がっていく。先程迄の出来事が頭の中で渦を巻いていた。


 あの侵入者たちの殺気立った表情、聖騎士(パラディン)ユーリアの結界を破ろうとする執念。

 そして……自分を狙っていたという事実。何もかもが理解できずにいた。


「ユーリア様の屋敷を狙った泥棒……そう思っていたのに……どうして命をかけてまで、この結界を破ろうとしたの?」


 静寂が戻った応接間で、シェリルは椅子に腰掛けたまま、三人の視線を受け止めていた。その視線が重い。まるで自分の心の奥底まで見透かされているような気がして、居心地の悪さを感じていた。


「あなたを狙ったのよ」


 ユーリアが静かに応えると、桜色の瞳を大きく見開いてシェリルは訊ねた。


――わたしを……? 何故?……何も持たない、何の価値もない自分を?


 心臓が早鐘を打っていることに気が付く。


「……どうして、あんな人達が……わたしを?」


 怯えと困惑が交じった声が響いた。声が震えているのが自分でも分かる。掌(てのひら)に汗が滲んでいた。


「貴女様が『狙われる理由』をお話ししなくてはなりませんわね」


 フーディエの落ち着いた声が空気を引き締める。シェリルは身を固くした。


――理由? わたしに何か特別なことがあるというの?

「貴女は学院で他の生徒達から『聖女様』と呼ばれているのはご存知ですわね?」

「そんなの……わたしが名乗った訳じゃ……ありません……」


 シェリルは頷くとともに静かに呟いた。胸に苦しさが込み上げてくる。あの呼び名は、いつも自分を居心地悪くさせる。まるで自分が何か特別な存在であるかのように扱われることに、ずっと戸惑いを感じていた。


「そうですわね。シェリル様のような控え目な方が、自らの『聖女』を名乗るとは私共も思ってはおりません」


 フーディエは穏やかに笑みを浮かべた。その笑みに、シェリルは少しだけ心が和むのを感じた。


「ただ、他の者達はシェリル様をどのような見ているのか……これが問題なのです」

「どういうことでしょう?」


 シェリルは怪訝そうに眉根を寄せてフーディエに視線を向けると、彼女は再び頷いた。不安が胸の中で膨らんでいく。


「アルフォード大聖堂の『加護』を受けた、唯一の平民の生徒。その存在は、邪なる心を持つ者にとってあまりに都合が悪いのです」

「『加護』?……わたしが?」


 シェリルは激しく首を左右に振った。


――そんな筈はない。そんな筈はない。だって、わたしは……


 心の中で否定の声が響く。


「そんな筈ありません! わたしは……『呪われた子』……忌み嫌われ……村を厄介払いされた忌まわしき『魔女』……そんなわたしが……ノイルフェール神様の恩寵など……受けられる訳がない!」


 声が震えていた。涙が溢れそうになる。

 あの村での記憶が蘇ってくる。冷たい視線、ささやかれる悪口、そして最後に突きつけられた現実……

 自分は呪われた存在なのだと。


「それを判断なさるのは、貴女ではありませんわ」


 端正な面持ちを崩さず、今度はサンが口を挟む。その言葉に、シェリルの心はさらに混乱した。


「私達には分かるのです。貴女様の中に、尋常ならざる『魔力の流れ』があることが。魔術的な意味でも、歴史的な意味でも、です」

「…………」


 メイド服の袖を握るシェリルの指先が白くなる。光の精霊ルーミアが宿るそれは、ひとつの汚れもつかぬまま、しかし今にも崩れ落ちそうな少女の心を、何ひとつ覆い隠してはくれなかった。

 自分の中に流れているという魔力。それは本当に祝福なのだろうか。呪いではないのだろうか。


「確かに、加護の真意は未だ計り知れません」


 フーディエが静かに続けた。


「けれども、それでも一つだけ確かなことがありますわ」


 その言葉に、サンが目を伏せたまま淡々と告げる。


「貴女は、アルフォード大聖堂に有らせられる『賢者(セージ)様』により『護られるべき存在』と定められたのです」

「わたしが? 賢者(セージ)様に?」


 突然耳にした『賢者(セージ)』と言う言葉にシェリルは耳を疑った。


『賢者(セージ)』……

 すなわち、この世のありとあらゆる魔術に通じ、この世の理をも司る『神の代行者』とも呼ばれる至高の存在。


 しかし実在しているなどという話は聞いたことがなかった。

 突拍子もない言葉が出てきて頭がクラクラしてくる。


「そんな……賢者(セージ)様なんて、おとぎ話の中にしか……!」


 シェリルは椅子の縁を握りしめ、思わず立ち上がった。唇は震え、喉が熱くなる。まるで悪い夢でも見ているようだった。足が震えている。立っているのがやっとだった。


「いくらなんでも、それは……」

「シェリル様」


 フーディエの声が、柔らかくも確固たる響きを帯びて彼女の動揺を制した。

 その声に、シェリルは少しだけ我を取り戻した。


「貴女様が、ホーリーウェル魔導学院に在籍できていること自体、異例中の異例なのですわ」

「それは……たまたま、運が……」


 心の奥で、違和感が芽生え始めていた。本当にただの偶然だったのだろうか。


「本学は、王国を支えた魔術師の末裔たる貴族の子女のみが通う場です。例外は……ひとつだけ」


 静かに言葉を挟んだのはサンだった。その口調はまるで神託を読み上げる巫女のように、揺らぎがなかった。


「アルフォード大聖堂の『加護』を得た者のみ……つまり貴女様です」


 その瞬間、シェリルの鼓動が一段と高鳴るのを彼女自身が感じた。胸が苦しい。息が詰まりそうになる。

 信じられない。だけど……あの日のことを思い出せば、確かに何かがおかしかった。


 入学を許可された日のことだ。

 突然現れた聖騎士(パラディン)ユーリア。彼女が手にしていた書簡には、学院の紋章と、どこの貴族にも属さない不可思議な印章が押されていた。

 孤児院の院長であり、義父であるジェームスや修道女エミリーですら驚愕と困惑の表情を浮かべながら、それを受け取った。


――あれが……賢者(セージ)様の紋章だったとしたら……?


 否定したい。でも心の奥で、全てが繋がっていくのを感じていた。

 自分を取り巻く全てが……

 誰とも違う魔力の形。夢に出てくる謎の光景。

 優しく見守ってくれている聖騎士(パラディン)ユーリア。全てが意味を持ち始めている。


「でも、どうして? どうしてそんな、やんごとなきお方が、わたしなんかを?」


 震える声で、シェリルは問うた。自分への疑問が溢れ出してくる。


「わたしはただの……村でひとりぼっちだった子供で、何の才能も……」

「お忘れですか?」


 フーディエが一歩、静かに近づいた。


「貴女様の後見人は、そこに御座(おわ)すアルフォード大聖堂の聖騎士(パラディン)……序列3位のユーリア様でありますことを?」


 その言葉は、まるで氷の刃のように鋭く、けれど、母のように暖かだった。


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