17.冒険者……⑥
マックスは深く息を吸い込んだ。この瞬間のために、彼は準備を重ねてきた。手の平に僅かな汗が滲む。しかし、この男の前では誤魔化しは通用しない。むしろ、真摯に向き合うべき相手なのだと悟っていた。
「『魔の森』での素材収集の依頼を出していただきたいのです」
マックスが真っ直ぐにメルダースを見つめて言う。その声は、予想以上に落ち着いていた。それは単なる要請ではない。自分達の決意と覚悟を示す言葉でもあった。
メルダースの眉が僅かに動く。真の駆け引きが始まろうとしている。
「……何?」
メルダースの表情が強張った。
長年の経験が警鐘を鳴らしていた。通常なら一笑に付す要求だ。しかし、この若者達の眼差しには、ただならぬ決意が宿っている。
「何故よりによって『魔の森』なんだ? 新人冒険者の分際で」
その言葉には、単なる叱責以上の意味が込められていた。
あの森で命を落とした者達の顔が、一瞬メルダースの脳裏を過ぎる。若く有望な冒険者達を、あの森は何人飲み込んできたことか。
「我等には、それに相応しい実力があります」
「ああ、最初はどいつこいつもそう言うんだ。粋がったお調子者達は、口々にそう言って無茶をし、そして身を滅ぼす。お前さん達もその類という訳だ」
メルダースは話にならないとばかりに身を逸らせ、手を振った。明らかな失望感が浮かんでいる。
「確かに仰る通りですわ」
ナディアが身を乗り出した。その紫水晶の瞳には、静かな決意が宿っていた。貴族的な佇まいの中に、どこか危うい覚悟が透けて見える。彼女もまた、この依頼を獲得することの重大性を理解しているのだろう。
「見え透いた演技ではありましたが先程の一件でも、私達の実力はご理解いただけたかと……」
ナディアの心臓が高鳴る。この瞬間のために、どれほどの準備を重ねてきたことか。表情は平静を装っているものの, 掌には冷や汗が滲んでいた。メルダースの鋭い視線が、彼女の内面を探るように注がれる。
「確かにお前達は、ただの新人ではないようだ。だが、『魔の森』は別だ。あそこは……」
メルダースの声に、かすかな苦悩が混じる。20年にも及ぶ組合長生活で、どれほどの死亡報告書に署名してきたことか。特にあの森は……!?
「私とこのコンラートは薬草に詳しいのです。そして私の仙術で、採取した素材の効能を高められること。そして、ヨゼフィーネの治癒術があれば、万が一の際も安全が確保できること」
ナディアは感情を抑え込むように、淡々と説明を続ける。それは単なる説得ではない。自分たちが十分な準備を重ねてきたことの証明でもあった。
「この態勢で『魔の森』の外縁部を調査します。繰り返しますが外縁部のみです。危険な深部には踏み込みません」
ナディアが通貨である『セル硬貨』が入った袋を取り出して、テーブルの上に置くと、メルダースの眉根が胡乱気に上がった
「これは?」
「この依頼の依頼料です」
メルダースは再び膝の上で指を組んだ。若者達の言葉には説得力があった。しかし、長年の経験が告げている……この行動はあくまでも表向きの理由に過ぎないと。
――ふん! こっちが目的だったか?
だからこそメルダースは警戒した。自らの野望のために冒険者組合を利用する……そのための芝居。
「主旨は判った……でもよ、自身への依頼を自身が払うってのは、どうなんだ? どう考えても自作自演じゃねぇか……お前さん、それを組合長たる俺に認めろって言うのかい?」
紡ぎ出された言葉は、威圧感に溢れ、ナディアを試すような響きがあった。
そもそも、冒険者は報酬と名誉のために依頼をこなす。自作自演を禁止しているのは、簡単な案件を持ち出してそれを自身で攻略することで、査定や経験ポイントを不正に上昇させる事を防止する為だ。
本来の実力に見合わない等級付けは、依頼達成率の低下と冒険者の死傷率上昇を招き、冒険者組合全体の信用を損ねる結果になる。
ナディアもそれは承知している。承知しているからこその交渉なのだ。人心を読み、交渉事に長けている精人魚族のナディアだったが、今回ばかりは僅かに息を呑んだ。これが最後の関門だと悟った。
「そうです……だからこそ組合長のお力添えをお願いします」
ナディアは穏やかに微笑み、優雅な仕草で、小さな木箱を取り出した。その動作には計算された優美さがあった。
「こちらに心ばかりの手土産をお持ちしました」
「ほう……」
メルダースが箱を開けると、そこには形ばかりの焼き菓子の下に金貨が整然と並んでいた。一見しただけで百枚はあるだろう。
このヴァストリタヴィス大陸では、何処の国に於いても共通通貨である『セラ』が使用されている。その『セラ』換算すると金貨百枚は1億セラになる。これ程の大金を目にすることはメルダースにはない。
それこそ王侯貴族か、国を代表するような大商人でもなければ、お目にかかる事はまずないのだから。
「おい! 貴様、一体何のつもりだ!?」
メルダースが血相を変えて立ち上がったが、ナディアは動じず、モニカが用意したお茶を口にして余裕の姿勢を貫いた。
「お誓いしましょう。今回の依頼は我等のランク査定の実績には、加えないこと。および依頼中に我々がマーキュリー王国に捕らえられ、あるいは殺害されても組合は一切関知しないという事を」
ティーカップをソーサーに戻して微笑むナディアとは対照的に、メルダースの額に汗が浮かんだ。
これは間違いなく訳有りの案件だ。これだけの金額を駆け出しの冒険者如きが準備できる筈はない。大商人が後ろ楯なら、まず先に根回しが来るだろうが、今回はそれもない。
――つまり教会案件って事かい……面倒なこった!
メルダースは舌打ちし、両のこめかみを右手で掴みながら、再び腰を下ろした。
「……ったく、お前達いったい何者だ……いや、多くは聞くまい。聞いたところで、どうせ俺には手に余るのだろう?」
「お察しいただき幸いです」
ナディアは穏やかに微笑んだ。その表情には、どこか謎めいた色が漂っている。
「クッ……」
メルダースは目を閉じ、深い溜息を吐いた。
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※筆者参考データ
ヴァストリタヴィス大陸国家群の通貨単位『セラ』について
1セラ…鉄貨
10セラ…黄銅貨(真鍮5円硬貨と同じ材質)
100セラ…青銅貨(10円硬貨と同じ材質)
1,000セラ…白銅貨(ニッケル合金銅100円・500円硬貨と同じ材質)
10,000セラ…銀貨
1,000,000セラ…金貨
100,000,000セラ…白金貨(プラチナ貨)




