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ノイルフェールの伝説~天空の聖女(セインテス)~  作者: 朝霧 巡
第3章 『勇者』と呼ばれた男

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17.冒険者……⑥

 マックスは深く息を吸い込んだ。この瞬間のために、彼は準備を重ねてきた。手の平に僅かな汗が滲む。しかし、この男(ギルマス)の前では誤魔化しは通用しない。むしろ、真摯に向き合うべき相手なのだと悟っていた。


「『魔の森』での素材収集の依頼を出していただきたいのです」


 マックスが真っ直ぐにメルダースを見つめて言う。その声は、予想以上に落ち着いていた。それは単なる要請ではない。自分達の決意と覚悟を示す言葉でもあった。

 メルダースの眉が僅かに動く。真の駆け引きが始まろうとしている。


「……何?」


 メルダースの表情が強張った。

 長年の経験が警鐘を鳴らしていた。通常なら一笑に付す要求だ。しかし、この若者達の眼差しには、ただならぬ決意が宿っている。


「何故よりによって『魔の森』なんだ? 新人冒険者(ニュービー)の分際で」


 その言葉には、単なる叱責以上の意味が込められていた。

 あの森で命を落とした者達の顔が、一瞬メルダースの脳裏を過ぎる。若く有望な冒険者達を、あの森は何人飲み込んできたことか。


「我等には、それに相応(ふさわ)しい実力があります」

「ああ、最初はどいつこいつもそう言うんだ。粋がったお調子者達は、口々にそう言って無茶をし、そして身を滅ぼす。お前さん達もその類(たぐい)という訳だ」


 メルダースは話にならないとばかりに身を逸らせ、手を振った。明らかな失望感が浮かんでいる。


「確かに仰る通りですわ」


 ナディアが身を乗り出した。その紫水晶(アメジスト)の瞳には、静かな決意が宿っていた。貴族的な佇まいの中に、どこか危うい覚悟が透けて見える。彼女もまた、この依頼(クエスト)を獲得することの重大性を理解しているのだろう。


「見え透いた演技ではありましたが先程の一件でも、私達の実力はご理解いただけたかと……」


 ナディアの心臓が高鳴る。この瞬間のために、どれほどの準備を重ねてきたことか。表情は平静を装っているものの, 掌には冷や汗が滲んでいた。メルダースの鋭い視線が、彼女の内面を探るように注がれる。


「確かにお前達は、ただの新人ではないようだ。だが、『魔の森』は別だ。あそこは……」


 メルダースの声に、かすかな苦悩が混じる。20年にも及ぶ組合長(ギルドマスター)生活で、どれほどの死亡報告書に署名してきたことか。特にあの森は……!?


「私とこのコンラートは薬草に詳しいのです。そして私の仙術(カルティベイト)で、採取した素材の効能を高められること。そして、ヨゼフィーネの治癒術(ヒール)があれば、万が一の際も安全が確保できること」


 ナディアは感情を抑え込むように、淡々と説明を続ける。それは単なる説得ではない。自分たちが十分な準備を重ねてきたことの証明でもあった。


「この態勢で『魔の森』の外縁部を調査します。繰り返しますが外縁部のみ(・・・・・)です。危険な深部には踏み込みません」


 ナディアが通貨である『セル硬貨』が入った袋を取り出して、テーブルの上に置くと、メルダースの眉根が胡乱気(うろんげ)に上がった


「これは?」

「この依頼(クエスト)の依頼料です」


 メルダースは再び膝の上で指を組んだ。若者達の言葉には説得力があった。しかし、長年の経験が告げている……この行動はあくまでも表向きの理由に過ぎないと。


――ふん! こっちが目的だったか?


 だからこそメルダースは警戒した。自らの野望のために冒険者組合《アドベンチャラーギルド》を利用する……そのための芝居。


「主旨は判った……でもよ、自身への依頼を自身が払うってのは、どうなんだ? どう考えても自作自演(マッチポンプ)じゃねぇか……お前さん、それを組合長(ギルマス)たる俺に認めろって言うのかい?」


 紡ぎ出された言葉は、威圧感に溢れ、ナディアを試すような響きがあった。

 そもそも、冒険者は報酬と名誉のために依頼(クエスト)をこなす。自作自演(マッチポンプ)を禁止しているのは、簡単な案件を持ち出してそれを自身で攻略することで、査定や経験ポイントを不正に上昇させる事を防止する為だ。


 本来の実力に見合わない等級(ランク)付けは、依頼達成率の低下と冒険者の死傷率上昇を招き、冒険者組合《アドベンチャラーギルド》全体の信用を損ねる結果になる。


 ナディアもそれは承知している。承知しているからこその交渉なのだ。人心を読み、交渉事に長けている精人魚族(ローレライ)のナディアだったが、今回ばかりは僅かに息を呑んだ。これが最後の関門だと悟った。


「そうです……だからこそ組合長(ギルマス)のお力添えをお願いします」


 ナディアは穏やかに微笑み、優雅な仕草で、小さな木箱を取り出した。その動作には計算された優美さがあった。


「こちらに心ばかりの手土産をお持ちしました」

「ほう……」


 メルダースが箱を開けると、そこには形ばかりの焼き菓子の下に金貨が整然と並んでいた。一見しただけで百枚はあるだろう。

 このヴァストリタヴィス大陸では、何処の国に於いても共通通貨である『セラ』が使用されている。その『セラ』換算すると金貨百枚は1億セラになる。これ程の大金を目にすることはメルダースにはない。


 それこそ王侯貴族か、国を代表するような大商人でもなければ、お目にかかる事はまずないのだから。


「おい! 貴様、一体何のつもりだ!?」


 メルダースが血相を変えて立ち上がったが、ナディアは動じず、モニカが用意したお茶を口にして余裕の姿勢を貫いた。


「お誓いしましょう。今回の依頼(クエスト)は我等のランク査定の実績には、加えないこと。および依頼(クエスト)中に我々がマーキュリー王国に捕らえられ、あるいは殺害されても組合(ギルド)は一切関知しないという事を」


 ティーカップをソーサーに戻して微笑むナディアとは対照的に、メルダースの額に汗が浮かんだ。

 これは間違いなく訳有り(・・・)の案件だ。これだけの金額を駆け出しの冒険者如きが準備できる筈はない。大商人が後ろ楯なら、まず先に根回しが来るだろうが、今回はそれもない。


――つまり教会(アニマ)案件って事かい……面倒なこった!


 メルダースは舌打ちし、両のこめかみを右手で掴みながら、再び腰を下ろした。


「……ったく、お前達いったい何者だ……いや、多くは聞くまい。聞いたところで、どうせ俺には手に余るのだろう?」

「お察しいただき幸いです」


 ナディアは穏やかに微笑んだ。その表情には、どこか謎めいた色が漂っている。


「クッ……」


 メルダースは目を閉じ、深い溜息を吐いた。

―――――――――――――――――――――――――――――――

※筆者参考データ


ヴァストリタヴィス大陸国家群の通貨単位『セラ』について


1セラ…鉄貨

10セラ…黄銅貨(真鍮5円硬貨と同じ材質)

100セラ…青銅貨(10円硬貨と同じ材質)

1,000セラ…白銅貨(ニッケル合金銅100円・500円硬貨と同じ材質)

10,000セラ…銀貨

1,000,000セラ…金貨

100,000,000セラ…白金貨(プラチナ貨)


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