13.冒険者……②
冒険者組合の建物は、朝日を受けて輝いていた。石造りの重厚な建物の前で、マックスは深く息を吐き出す。
「さて、これから勇者パーティーではなく、一介の冒険者だ……皆、いいな?」
マックスは振り返ると、ナディア達は頷いた。
教皇に謁見した時の豪華な装備は、ナディアが制作した魔道具『亜空間収納鞄』に仕舞い込み、市中で調達できるありふれた装備で身を固めている。
「しかし、マックスはいつも通りだな」
「そうね。でも、こっちの方が安心するわ。キンキラキンのマックスは別人みたいだったもの」
「ヨゼフィーネの言う通りだ。俺達のリーダーは、この年季の入った装備がお似合いだぜ」
ゲルハルト達が、マックスを見て口々に感想を言い合って。笑い声をあげると、ナディアも穏やかな笑みを浮かべる。
「そうだな。俺も、こっちの方が落ち着くよ」
金色の髪に指を入れて、頭を掻きながら、マックスも笑った。
身に纏う武器や黒い防具は、かなり使い込まれている。ジール王国内でも、このフィルツブルク聖皇国中に向かう船旅でも、彼はこの装備だ。
『勇者に見えない勇者』……彼の仲間達は、マックスをそう評している。
屈強な体躯のゲルハルトに、精悍で俊敏な動きをしそうなコンラート。彼等に比べて、マックスの体形は、街にいる若い男と大して変わらない。
何よりも、荒くれどもに絡まれやすい優しい面立ちをしている。そんな中性的な顔立ちと肌理の駒かな肌に傷跡はなく、見る者によっては柔弱な印象を与えるだろう。
「じゃあ、入ろうか」
石造りの重厚な建物の中に足を踏み入れると、独特の活気が彼等を包み込んだ。
天井まで届く巨大な掲示板には、無数の依頼書が貼り付けられている。
「モンスター討伐」「護衛依頼」「迷宮調査」「採集」など、様々な内容の依頼が色分けされ、整然と並んでいた。
掲示板の周辺には、背の高い丸テーブルが点在しており、椅子はない。それぞれのテーブルで冒険者達が立ったままの状態で、テーブルに地図を広げたり、情報交換をしたりしている。
壁際のカウンターでは、魔物の素材や薬草を売買する買取業者と冒険者が査定と値段交渉に勤しんでいた。
薬草の香りと、革の匂いが空気に混ざり合い、活況を呈している。
さらにその奥には『組合食堂』がある。テーブルが30卓あり、冒険者同士の交流の場で使われる事が多く酒も提供されているので、いつも混み合っている。
慣習的にパーティーメンバーの勧誘や、荷物持ちの補助要員の依頼等はこの場所で行われているからだが、もう一つ目的がある。
それは後述することになる。
新規登録の窓口には、眼鏡をかけた女性の職員が、几帳面そうな手つきで書類を整理していた。彼女の前には、既に何人もの若者達が列を作っており、マックス達はその最後尾に並んだ。
「いきなり出遅れたな」
「仕方ないさ。彼等と俺達では目的が違うしね」
苦笑するゲルハルトに応え、マックスは同期となる若者達の列を見遣った。
期待と希望、そして緊張に満ち溢れた顔。マックスはふと思った。
――この先、どれだけの者が残っていけるのだろう?
『白金』や『黄金』の冒険者プレートを提げた者の華やかな活動につい目を奪われ、夢を抱きがちだが、登録したての新人冒険者に依頼する仕事などそうそうない。
採集や採集物の取引に運搬。その他細々とした日用雑務に用水路や側溝、便所の掃除が大半だ。
魔物討伐や迷宮調査などを、経験の浅い彼等に依頼することなどあり得ない。
そして登録した新人の大半は、この低報酬の労役続きに嫌気が差して廃業してしまう。
そんな彼等を興味深く……品定めするように……見ている者達がいる。『組合食堂』という名前の『酒場』にいる冒険者達だ。酒を飲み、陽気に騒ぎながらも、彼等は物色している。
使えそうな新人冒険者を見つけ、スカウトするか叩き潰すか吟味するために……
使える駒にできれば問題はない。そうでなければただの商売敵だ。芽の内に摘んでおいた方が良い。中堅レベルの冒険者達ほどそう考える。
「それでは、登録申請書の提出をお願いします」
マックスたちは順番に、血判を押し、誓約書にサインをする。カウンターの奥では、事務員たちが黙々とプレートを彫り続けていた。彫刻機から立てる金属音が、規則正しく響いている。
受付では、眼鏡をかけた制服姿の若い女性が、丁寧に手続きを説明してくれた。
「これが皆様の冒険者プレートになります」
渡されたのは、薄い木の板に名前と番号が刻まれただけの簡素なもの。これが、冒険者としての身分証明書だった。
プレートを受け取った五人は、まずそれを首から下げる。軽い木の感触が、彼らの新しい身分を実感させた。
「これで、私達も冒険者ね」
ヨゼフィーネが木のプレートを指で撫でる。
「序列は最下位の木材か」
コンラートが自分のプレートを見つめながら呟く。
この世界の冒険者組合の仕組みは、全世界共通だ。国を跨いで活動できる冒険者は『依頼中』である限り、行動の自由が保障されている。
そのランクは、上から
『金剛鈦』
『神獣鉻』
『妖精銀』
『白金』
『黄金』
『白銀』
『金銅』
『青銅』
『鋼鉄』
『黒鉄』
『岩石』
『木材』
の12段階であり、ランクに応じて同質の素材でできたプレートを保持している。
「まあ、これが普通だ。俺達は『木材』だから、雑用がメインだろうが、始めないと何も変わらないしな」
ゲルハルトが笑うと、マックスが頷く。
「さて、まずは依頼を探そうか」
マックスが掲示板の方へ視線を向ける。朝早い時間帯にも関わらず、既に数人の冒険者が掲示板の前で新しい依頼を物色し、受けるか受けないか協議している。
時には声が上がり、仲間同士で掴み合いの喧嘩にもなる。
――稼ぎと命を天秤に掛けて挑むんだ……ある意味当然か
マックス達『木材』や一つ上の『岩石』では、討伐や護衛の依頼は、まずありえない。しかし、経験と実績を積んで、『黒鉄』のプレートを手に入れた途端、彼等は危険と背中合わせの世界で生きる事になる。
上級冒険者になるほど、依頼料は跳ね上がる。依頼する側の費用対効果的に『黒鉄』~『金銅』レベルに討伐や護衛依頼が集中するし、冒険者の死亡率もこのレベルが高い。
――これが冒険者の現実だ。
マックスは、視線を近くの『組合食堂』に向けた。
今日を生き延びた者、これから命のやり取りをする者達の饗宴は続いている。掲示板に向かうには、その饗宴の場の脇を通っていく事になる。
「みんな行こう!」
饗宴で盛り上がる者達の中から胡乱な視線を感じながら、マックスは堂々と歩を進めた。




