14.冒険者……③
マックスは視線を隣接した『組合食堂』に向けた。
こちらでは酒に酔った冒険者達が陽気に騒いでいる。依頼を終えた高揚感もあるだろう。かと思えば、素行の悪そうな男達が、テーブルの至る所で酒を飲み、或いはカードに興じている。もちろん賭博だ。
「おい、もう1杯だ!」
赤ら顔の大柄な男が、空になった木製のジョッキを掲げる。首から下げられた黒鉄のプレートが、酒に濡れて鈍い光を放っていた。
「もう20杯目じゃないか!? こんな朝っぱらから、どんだけ飲んだくれてんだい!」
給仕の少女が呆れた声を上げる。
「うるせぇ! 俺はなぁ! 魔物の巣を掃討したばかりなんだ。祝杯を上げる権利くらいあるだろ!」
「あの忌々しい蝙蝠猫だぜ?」
「軍隊蜂もいたな! どうだ、凄いだろ!?」
飲んだくれた男の大声が響き、直後、男達の下卑た笑いが響く。
そんな酒場の端に設けられた通路をマックス達は進んでいく。市中の武器屋で購入したありふれた装備に身を固めていても、端正な顔立ちの男女5人が歩けば、否が応でも目立ってしまう。
「お? 新入りか?」
マックス達が通り過ぎようとした時、男の一人が後に続くナディアとヨゼフィーネに気が付いた。
「こいつぁ……上玉じゃねぇか」
濁った目が二人に向けられていた。
菫色の長い髪を靡かせて進むナディアのスラリと伸びた脚と、ゆったりとしたローブ越しにも存在感を放つヨゼフィーネの胸元に向け、何度も胡乱な視線を向けた男は、ゆっくりと立ち上がった。
「よう、お嬢さん方。一杯どうだ? 楽しいぜ」
しかし、酒がかなり回っているのか、足元がふらついている。当然のようにバランスを崩し、テーブルの上のジョッキを倒す。
「ちょっと! 店を汚すんじゃないよ! 誰が掃除すると思ってんだい!」
給仕の少女が堪りかねて声を上げる。
「うるせぇな!」
男が給仕の少女の腕を掴むと、少女の身体を強引に引き寄せようとする。酔ってはいても冒険者だ。力はある。
「ギャーギャー騒ぐって事は、お前も構って欲しいんだろ? お望み通り、お前も一緒に可愛がってやるぜ」
「ちょっと! 何すんのよ!?」
少女の腕を掴んだまま、男は顔を近づけて醜悪な笑顔を浮かべた。
「あらまぁ……」
ヨゼフィーネが笑顔で男に近づく。と、その手が閃光のように動いた。
直後、男が「うわっ」と悲鳴を上げる。一瞬にして手首の急所を突かれ、掴んでいた腕を放していた。
「大丈夫?」
ナディアがバランスを崩した少女を抱き留め、後ろに下がらせる。その背後では、仲間の男達が立ち上がろうとしていた。
成り行きを静かに見守っていたマックスは、静かに息を漏らした。
――結局こうなるか……だから俺達は勇者パーティーなんだよな
どう見ても困っている人を目にすると、手を差し伸べてしまう仲間達を見て、彼は思う。そしてそれが誇らしいものだということも。
――まぁ、この程度の相手なら、ナディアとヨゼフィーネの二人で制圧可能だな。いや、ヨゼフィーネ一人で十分か……
状況を一瞬で判断する。マックスは依頼の張られた掲示板の方に進もうと歩を進める。
すると、ドンという音が彼の耳に届いた。
「ん?」
視線を向けると、その先には酔った冒険者達とは別グループの男の足が投げ出されている。明らかな嫌がらせだ。
所謂『新入りへの洗礼』なのだろう…足を投げ出した男は、非常に大柄で隆々とした筋肉をしているから、自分の力を誇示したいのは明白だった。
「すまないが、そこを通りたい。通してくれないか?」
嫌がらせをする位だ。当然の反応を男は返してきた。マックスを上から下まで見回すと、フンと鼻を鳴らして、目つきを強張らせた。
「……通りたかったら、俺に挨拶していけよ。スカシた新入りさんよ」
「ギッシングさん、こいつ綺麗なお顔してやすぜ?」
「ああ、苦労知らずのボクちゃんってか……気に入らねぇな」
「へい、アッシも気に入らねぇと思ってましたぜ」
彼とテーブルを共にする男達はニヤニヤ笑っており、周囲にいる冒険者達は関わらないようにしているのだろう。マックスに視線を向けようとせず、近くの受付にいた受付嬢も、それを咎め立てようとはない。
きっと高位の冒険者パーティーなのだろう。
――フン、想定通りだ
予想していた。仲間達の行動を見て、素行の悪そうな輩がきっと絡んでくるだろうと。
マックスは構わず歩を進め、障害物であるその足を蹴り上げると、男はキッと睨み付けて立ち上がった。
「痛ってーな! テメェ、この俺様に喧嘩売ったな?」
すると周りの男達も立ち上がって、彼の背後を塞ぐように並び出した。
「ギッシングさん、冒険者組合内での揉め事は困ります」
さすがに見ていられなかったのか、マックスの冒険者プレートの発行手続きをしてくれた受付係が、受付カウンターから駆け寄って来て二人の間に割って入った。
手続きしている時は、他の受付係に比べ地味な印象だったが、この場で動ける胆力を見て、マックスは評価を改めた。
――伊達に毎日荒くれ共と向き合っている訳じゃないってことか……
「あん? 揉めてなんてしてねぇだろ? この傷一つないボクちゃんに冒険者の何たるかを、この上級冒険者たるギッシング様が指導してやろうってだけだ」
リーダー格の男はギッシングと言うらしい。ぶら下がっている冒険者プレートは『青銅』であり、新人冒険者であるマックスよりランクが5つも上だ。
おそらくこの冒険者組合では、かなりの実力者のようだ。
「貴方達の『新人指導』は暴力でしょう? 冒険者組合の規則にそれを認める条文ありましたっけ?」
眼鏡の縁を片手で持ち上げながら、彼女は言い放つ。
「それに登録したばかりの新人への『洗礼』は禁止だと、先日組合長から指導されていませんでしたか? ギッシングさん」
受付係は、ただ愛想良く振舞うだけでは務まらない。毎日欲得と命を天秤に掛けて生きている冒険者と渡り合わなければならない。そうでなければただの素行不良者達の溜まり場と化してしまう。
ギッシングも素行は悪いが、組合相手に喧嘩するほど馬鹿ではないらしく「ケッ」と悪態を一つ吐いた。
「だぁ! わーったよ! おい、面貸しな」
マックスの肩を掴んで、強引に引っ張った。
「ギッシングさん!」
「うっせーな! この後輩君と親睦を深めるだけだ!」
強引に外へ連れ出そうとする。
ゲルハルトとコンラートが前に出ようとすると、他のテーブルに座っていた男達が一気に集まって来て壁を作る。
有力冒険者の威光を笠に着る取り巻きの輩だろう。そしてお約束の『屁理屈』を並び立てて組合職員に抗弁するのだろう……うんうんと首を縦に振って頷いている。
――まったく不愉快でしかないわ!
その時、ナディアがマックスの前に出てきてギッシングを睨みつけた。彼女の背後では、ヨゼフィーネが酔った男を既に眠らせている。
菫色の髪を揺らし、声を荒げた。
「退きなさい! 邪魔をしないで」
しかし、ギッシングはナディアを目にすると、口笛を鳴らして下卑た声を上げた。
「おいおい、装備から見て仙術師だぜ。それもとびきりの上玉ときた。コイツァ、堪んねぇな!」
ナディアの全身を舐め回すような胡乱な視線を向けて口角を引き上げた。
「良い女だな。姉ちゃん、こんなひ弱な童貞より、俺の方がイイ思いができるってもんだぜ。俺様の女になるってんなら、見逃してやってもいいぜ!」
「この痴れ者っ!」
この世で最も愛する者を侮辱され、ナディアは、怒りの余り魔術杖を取り出した。




