第5話 火事の原因
田舎村の端のほうにあるマリー達の家は、他の民家と離れていた。1番近いリュウトの家からも、歩いて15分ほどかかる。
まだ町の誰も、火事には気づいていないのだろうか。人の姿が見えない。
リュウトは、飛んだままマリー達の家を目指していた。
近づくほどに、煙が視界を遮る。
熱気を感じるほど近づいた時、異常な事態に気がついた。
「そんな…なんで…」
炎に包まれ燃えているはずの畑に、緑が繁っていた。よく見れば、鈴なりになった果物も見える。
それは見るからに艶やかで、噛めば果汁が滴り落ちるであろう、実に美しく美味しそうな果実たちだった。
リュウトは呆然と固まった。
火はたしかに畑を包んでいたが、畑の周りの木々や雑草を燃やしているだけで、畑の木々や花々には、まるで弾かれたようだった。
燃やすものを失った炎は、あきらかに勢いが衰えている。しかしそこに新たなターゲットを見つけたように、マリーとゲイル、サチが暮らす家へと手を伸ばしていた。
「マリー!」
リュウトは叫び、家へと降下を開始するが、火の手のほうが早い。
木製の家だ。火がついてしまえば、燃え広がるのは早いだろう。
リュウトの目の前で、炎は家を飲み込んで
飲み込んで、いなかった。
畑と同様、炎を弾くかのように、家は無事だ。
煙も、熱気すらも、害となる全てを弾き返すように、家はびくともしなかった。
リュウトは、女神の言葉を思い出していた。
サチとマリーについて、聞いたときのことだ。
『まぁ、ゲイルの望みから見て、明日死ぬってことはないと思うけど』
ゲイルの望み。
そうだ、畑も家も、マリーもサチも、すべてゲイルの望みを叶えたものだ。
火事でも消えないのは、ゲイルがそう望んだからだろう。
「これほどまでに、女神の夢の力は強いのか…」
身震いするような怖さを感じて、思わず声が震えた。
その時、ふと視界に動くものを見つけた。
人間ではない。それより数倍大きな何かが、家の影にいた。
石のような質感をもつ皮膚は赤黒く燃え、炎と煙に紛れ、地面にうまく同化していたらしい。
地上から5メートルほどの距離に近づいてようやく、リュウトの目はその姿をとらえた。
「サラマンダー…!?」
サラマンダーと呼ばれるそのモンスターは、3メートル以上もある大きさで、その姿はトカゲに似ている。
火を吐き、また、溶岩の中に棲むのだと、ゲイルから聞いたことがあった。
もちろん、リュウトが実物を見たのは初めてだ。
こんなところにいるはずのないモンスターだからだ。
「まさか、そんなはず…」
そう言いながら、全身から冷や汗が流れるのを感じていた。
モンスターなんて、スライムや角ウサギ程度しか見たことがない。
村には常駐している冒険者はいない。
元冒険者のゲイルが、畑仕事の合間にザコモンスターを駆除していた。
しかし、これがゲイルの手に負えるとは思えない。
大型のサラマンダーは、上級の冒険者でもパーティーを組んで倒すのだと、リュウトはゲイルから聞いていたのだ。
『勇者』
そう女神に呼ばれたことが、急に脳裏をよぎった。
空を飛べるだけで、勇者か?
力が欲しいと思ったのは、なぜだ?
マリーとサチを守ると決めたのは、誰だ?
「くそっ!頭でごちゃごちゃ考えるのはやめだっ」
リュウトは覚悟を決めた。
サラマンダーを倒す覚悟を。
今日の夢を思い出す。
ドラゴンの召喚は無効…
他にオレは何をした?思い出せ、思い出せ。
考えながら、サラマンダーを睨みつける。
どうやら、相手もリュウトに気づいたらしい。
こちらを向き、凶暴なその双眸を細めた。
バジリスクは眼力だけで人を石にするという。相手がサラマンダーで良かったと、リュウトは心の中で思った。
サラマンダーが威嚇するように、首をぐっと起こした。シャァァアと大きく開けた口から舌が覗く。
「壁!!」
リュウトが叫ぶと、見えない壁がサラマンダーの顔面を直撃した。
「よし!」
一瞬サラマンダーの動きが止まった隙に、サラマンダーの四方をピッタリと見えない壁で覆う。
最後にサラマンダーの頭上を蓋するように見えない壁を作る。
ぴったりと隙間のない箱をイメージする。
そう、全てはイメージだ。
夢の中と同じに。
サラマンダーは、炎がある場所にしか生きられないのだとゲイルに聞いた。
それがどうしてこんなところに居るのかは不明だが、その皮膚を覆う炎を消してしまえれば、なんらかのダメージを負うのではないか。
ダメージにならなくても、最悪でも生捕りにはできる、リュウトはそう考えた。
効果は抜群だった。
密閉された空間で、サラマンダーの皮膚に灯る炎は消え、酸欠にでもなったかのようにもがき始めた。
地を割るような呻き声、断末魔の叫びとでも言うのだろうか。
低く響く耳障りなそれは、ゲイルとマリーの耳にも届いたらしい。
2人が家から出てきた。
「きゃっ!えっ!?えっ!?なにこれ!?」
消えかけた火は、まだ家の周りの雑草のなかで燻っているし、見えない箱の中でモンスターがもがいていた。
マリーの愛弟は、宙に浮かんで、疲れた表情を見せている。
「サラマンダー!?」
ゲイルは、混乱するマリーの肩を抱いて状況を見つめていたが、モンスターがサラマンダーだと気づいて大声で叫んだ。
動揺する2人と、絶命していくサラマンダー。
その光景を見ながら、リュウトは肩の力が抜けるのを感じていた。
すぅっと降下して、2人のもとに着地する。
「リュウ…」
マリーが、リュウトをぎゅっと抱きしめる。
「よくわかんないけど、無事なのね?」
「うん」
「ケガしてない?」
「うん」
「アンタがやっつけたの?」
「うん」
弟の前で取り乱したくないのか、マリーは落ち着いた口調で話す。
「そう…無事で良かった」
リュウトを抱きしめる腕にぎゅうっと力が入る。
マリーの体がわずかに震えていることに、リュウトは気づいていた。
「とりあえず、話を聞こう。火も燃え広がる気配はなさそうだ。中に入って温かいものでも飲もう」
ゲイルがそう言った。




