パール、ウィルの母から心得を授けられる。
久し振りの投稿です。
アフターストーリーのトップバッターはパールです。
「いいですか、山岳国男子の手綱を握ってこそ山岳撫子です。男は狼というでしょう? 彼らは獣なのです」
それはただの喩えだし、少し意味が違うと思う。
「いいえ、同じです。彼らを教育してこそ一人前の山岳撫子といえるでしょう」
何故かボクが口に出さず、チラッと頭で考えていることに的確な返事をしてくるお母様。
そうお母様だ。――将来ボクがそう呼ぶべき女性。
ジニアス=ハルバート様の妻であり、かつての山岳王ユーノス様の姉であり、お腹を痛めながらボクの未来の旦那様であるウィル君を産んでくれた女性だ。
女王国がこの大陸を統一して早数年が経った。
ウィル君が結婚できる年齢になる前に婚約だけしておこうということで、かつての聖王都に住んでおられる彼のご両親への挨拶にきたのだ。
ウィル君は旧帝都とこちらを行ったり来たりしているけれど、基本的にボクはアリス様の元を離れない。
今回特別にお休みをもらってここまでやってきた。
久しぶりの王都を見て回る余裕もなく、ハルバート家の大きな屋敷に到着する。
そしてボクは初めてお会いしたのだ。
――山岳撫子の正統な後継者であるお母様に。
挨拶もそこそこに、お母様は笑顔でボクの手を引いて庭の散策に連れ出した。
それを手を振りながら見送るハルバート様とウィル君。
そして彼女はボクに誰も近くにいないことを確認させてから先程の話をされたのだ。
「いいですか? 教育するといっても男に対して頭ごなしに命令してはいけません。……それは三流のすることです」
お母様はウィル君そっくりの顔で話を続ける。
ボクは神妙な顔でそれを聞いてはいるのだが、正直いきなりでよく分からない。
そのあたりはちょっとアリス様っぽいかも。
「いかに自分が愛されているのかというのを実感させながら、自発的に動かすのがコツです。そして限界まで使い倒す。……それが出来てようやく一人前と言えるでしょう」
使い倒す?
目の前の優雅な女性の言葉とは思えない。
「まずは簡単な用事を作って、それをお願いしなさい。それが出来たら思いっきりほめてやるのです。派手に喜んで抱き着いてやりなさい」
それって、まるで……。
お母様は淑女の笑みを浮かべながら続ける。
「今こそ貴女に私の先生が遺して下さった名言を伝えましょう。――『何故あなたの作る料理は他の誰が作ったものよりも美味しいのでしょう? ……料理は愛情という言葉は本当だったのね? 研ぎ澄まされた一流料理人の腕には確かに私も敬意を表するわ。だけど彼らは私を愛している訳ではないの。でもあなたは私を、私だけを愛してくれているわ。だからあなたの料理はこんなにも美味しいのよ。絶対に私がこの国で一番幸せな女だわ!』です。……私はこの素晴らしい言葉を一生忘れないでしょう」
お母様はしみじみと語る。
先生というのはガイおじいちゃんの奥さんだった人だ。
そんなことを言って貰えたらきっと料理を作るのが生きがいになりそう。
……あ。
ということはおじいちゃんがことあるごとに料理を作ってくれるのは――。
長年の疑問が解けた。
すごい。すごいよ! 山岳撫子!
ボクは山岳撫子の教えに夢中になっていた。
アリス様やクロエさんからもいろんなことを学んだけれど、全部どこか身の丈に合わないような遠いセカイの話だった。
でもお母様の話は違う。
これはボクが知っておかなくてはいけないコトだった。
「夫の名声を上げるのも妻の務めです。私が結婚したのは今の貴女と同じ年頃でしたが、縁談自体はすでに子供の頃からありました。……そして先生はどうすれば夫の名声を高めることが出来るのかという策を私に下さったのです」
お母様もボクが前のめりになったのが分かったのだろう、優しい顔でボクの頭を撫でてから続ける。
「私は先生の助言通り、殊更武芸に励むようにしたのです。『男勝りのおてんば』。それを私の第一印象にしました。誰もが私のことを陰でそう呼びました。そして満を持してジニアスとの結婚です。するとその後すぐ私に、驚くべき変化が訪れました。見る見るうちにおしとやかになっていくのです」
ボクたちが得ていた情報にもお母様が男だったら良かったのに、と皆が嘆いたという話があった。
コレはそういうことだったのだ。
「当然皆は不思議がりました。そして次第にジニアスはあの手の付けられないおてんばをも乙女にしてしまう有能な人間なんだと一目置かれるようになりました」
してやったりの笑顔を見せるお母様は本当にかっこよかった。
「ねぇ、この手は貴女も使えるのではなくて? 山猫を率いる程の活躍していた貴女がウィルと結婚したことで女王国を代表するような淑女に生まれ変わっていく。ウィルヘルム=ハルバートは妻を育て上げることが出来る人材だと知らしめることができるのです。……ウィルの為にもどうかお願いします」
お母様は丁寧に頭を下げられる。
ボクも負けずに頭を下げた。
「もちろんです。山岳撫子の教えをどうかボ……私に授けて下さいませ!」
さぁ女の戦いだ!
お母様は感極まった様子でボクの手を握ってくれた。
「そうそう。もう一つ大事な話がありました。贈り物の話です。……欲しいものがあったとき貴女はどうしますか?」
「別に欲しいモノなんてないです。ウィル君と一緒にいられるだけで十分幸せですから」
ちょっとお母様の前で言うのは恥ずかしい。
言葉を選ぶべきだったかも。
お母様は一瞬頬を緩めたが、すぐに真剣な表情を作る。
「それはそれで、あの子の母としては嬉しい限りですが、ハルバート家の嫁としては失格だと言わざるを得ません」
思っていたよりも厳しい言葉にボクは姿勢を正した。
「いいですか? 山岳撫子として、自分の金で欲しいモノを買うのは三流。欲しいとねだって買わせるのは二流。うっかり口を滑らせて気付かせるのは一流。巧妙にエサを撒いて仕留めるのが超一流です」
ウィル君が戦術を話しているときのような感じと重なる。
彼もよくこういう言い方をした。
いや、むしろこちらが本家だろう。
ウィル君、たぶんメチャクチャお母様から影響を受けている。
「別に欲しくなくてもいいのです。ウィルが貴女の欲しがるものを推理することに意味があるのです」
ボクはよく分からず首をひねる。
お母様も頷いた。
「私も先生から言われたとき最初は意味が分かりませんでした。そこで実演して見せてくれたのです」
先生は少女だった頃のお母様と街を散策中に、宝飾店に並んでいた、特に欲しくもなかった首飾りを指差したのだと言う。
――今年はこれを贈らせましょう、と。
彼女はその日から視線や会話にさり気なく、それでいて細心の注意を払いながら混ぜ込んでいった。
そして数か月後の誕生日、見事それをプレゼントさせたのだという。
「満面の笑みであの首飾りを握りしめ、拳を高く突き上げた先生は輝いていました」
お母様はうっとりとした表情で、在りし日の先生の姿を思い出している様子だった。
「私もジニアスと結婚してさっそく試しました。私の誕生日が近付くと彼は注意深く私のことを観察していました。私もその中で教えの通り気付かれないよう慎重に織り交ぜていき、目的のものをプレゼントさせることに成功したのです。……私は先生の言いつけを守って盛大に驚きました。――何故あなたは私の欲しかったものが分かったのか、と! 彼の肩を揺さぶって問い詰めました。彼は心底満足そうな笑みを浮かべてこう言いました。『君のことを愛しているからだよ』と。――あのときの夫の笑顔こそ山岳撫子の勲章でしょう」
……何という攻防だ。
こんなところに男と女の戦いがあったのだ!
「ウィルを使ったこともありました。夫は息子をも使って私の欲しいものを調べていましたからね。……それを逆手に取ったのです。そして例によって望みのものを手に入れると驚く」
お母様は「あぁ、そういえば」と思い出し笑いをする。
「そのときついでに未来への種も仕込んでおきました。夫に内緒でウィルを呼び寄せて、『……あなたの父上は頭の中を覗く魔法を使えるのかもしれない。……まさかウィル、お前も私の頭の中を覗くことが出来るのか? 今も私が何を考えているのか見えているのか?』、と。そう真顔で問い詰めながら、あの子の胸倉を掴んでおきました」
何もそこまでしなくても……。
下手すりゃトラウマだよ?
「おそらくウィルはその話を夫にしたことでしょう。……そして彼のことだからきっとウィルに『男同士の秘密だ』なんだと言ってタネ明かししたはずです」
そうして人知れずその技術が継承されたのだろう。
この技術の継承も山岳撫子の大事な責務の一つなのだ。
今のボクならそれが分かった。
「……だからウィルの教育の為にも誕生日や記念日が近くなると適当なモノを欲しがって、エサをさりげなく撒いてあげなさい。ウィルにちゃんと推理させるのです。そして無事『正解』したら思いっきり驚いてやりなさい。それこそが山岳撫子の正しい振る舞いなのです」
ボクは師匠の言葉に大きく頷くと、その言葉を胸に刻み込んだ。
そこまで話し終えた後、お母様は少し表情を曇らせる。
「ただ、こちらがどれだけ頑張ったとしても、言うことを聞かない時もあるでしょう。……男というのはバカな生き物ですから。……そのときは――」
そのときは――。
「思いっきり殴ってやるのです」
……えぇっ!?
「愛をもって殴ってやりなさい。真剣に何度も何度も! おそらくあちらはこちらの顔を見て自分に落ち度があったのだと理解することでしょう。反省の表情を見せたら今度は力の限り抱きしめてやるのです。そして涙を流しながら許してやりなさい。愛しているからこそ殴ったのだと伝えてやりなさい!」
それって、やばい何かのような気がする。
そんなことより大事な息子さんを殴ってもいいのデスカ?
「構いません! 思いっきりやりなさい。それが山岳撫子の心意気ですから。先生も若いころはガイ殿を力一杯殴ったとおっしゃっていました」
……っ、ちょっと!
「もちろん私も殴りました。なぜならそれこそが『妻の愛』だからです」
それは多分虐待だと思います。
「いいえ、虐待ではありません。人を育てるためには痛みを伴うのです」
……だから何でさっきからボクの考えていることが分かるの?
そっちの方がよっぽど魔法だと思った。
それからボクはウィル君を育て始めた。
試行錯誤しながら。お母様と相談しながら。
ときに思いっきり殴ってやった。
ウィル君は泣きながらボクに謝ってくれた。
だからボクも力の限り抱きしめて許してあげた。
……うん。
山岳撫子って結構楽しいかも。
ウィルの母の名前は『ネリー』でした。
今回も名前は出しませんでしたが。
アリス、クロエとはまた違った「したたかな良妻賢母」キャラです。
結局本編でもアナザーストーリーでも出番はありませんでした。
ただ『ネリー」自体は作り込んだキャラで、それなりに思い入れもありますので、現在執筆中の「わんだふる・わーるど」の方に配置転換しました。
細かい設定などは変えましたが、名前や性格、そして根幹となる良妻賢母はそのままです。
登場はまだですが、ヒロインの姉というそれなりに美味しいポジションを用意しました。
是非そちらも一読願えればと思います。




