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女王国の日常 ~『2周目は鬼畜プレイで』番外編短編集~  作者: わかやまみかん
アナザーストーリー『2.5周目は大団円プレイで(仮)』
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第5話  ディアナ、いきなり現れた女性を警戒する。

 

 レジスタンスの軍勢は領境に陣取ったまま、いまだ動く気配はない。

 投降を促す書簡に対しては拒否すると毅然とした返信をしてある。

 夫は既に最悪の事態を想定して帝都へ援軍を要請していた。

 帝都からも色よい返事が来た模様。

 夫とは今後戦争が激しくなってきたとき子供たちをどうするのかも相談しておいた。

 基本的に城に篭るが一番だが、それも危なくなれば帝都へ逃がすことで一致。

 そんな中、急に城内が慌ただしくなってきた。

 何事かと夫が腰を浮かせると同時に、激しいノック。

 夫が許可をすると護衛兵の一人が息を切らせて入ってきた。

 その表情から窺えるのは焦り。


「奇襲です! 城内に侵入を許しました! 迎撃していますが相当な手練れの様子です!」


 当然このようなことも想定してはいた。

 軍だけでなく奇襲部隊による潜入戦。

 それに対してどう動くのかも。

 夫婦で顔を見合わせ頷く。 

 一旦子供たちだけでも外に――。


「……それが、侵入経路はあの教会だそうです!」


 それを聞いて私たちは愕然とする。

 王族と一部の側近しか知らない抜け道からやってきたというの?

 何故縁もゆかりもないレジスタンスがそれを?

 裏切り者がいたとしか考えられない。

 しかし今は犯人捜しをしているる場合ではない。

 おそらく全ての抜け道を知られているだろう。

 ならば下手に抜け出すよりも奥の部屋で匿う方が――。

 いや、それよりもいっそ――。


「よし、広間に集めよう!」

 

 夫も同じ結論に至ったのだろう迎え撃つ方を選んだ。

 あちらが少数での潜入ならば、むしろそちらの方が勝算が高い。


「下手に入り組んだ場所に逃げれば物陰から襲われる。それなら見渡せて出入口が一つしかない謁見広間が安全だ」


 護衛兵も納得したのか大きく頷く。

 彼らもその方が戦いやすいと考えたのだろう。



 皆で広間に移動し身構える。

 やがて悲鳴が近付き、扉が派手に開かれた。

 その瞬間、護衛兵たちが奇襲気味に一斉に飛び掛かる。

 ――夫も一緒に。その勇ましい後ろ姿に惚れ直した。

 しかしレジスタンス兵は一切動じることなく迎え撃つ。

 息子は剣を持って私たちを背に立ちはだかっていた。

 その大きくなった背中に少し瞳が潤むのを感じる。

 彼らは相当な手練れらしく、こちらが不利なのは明らかだった。

 ただ予想外なことに侵入者たちは我々を殺すつもりはないらしい。

 拳で剣の柄で一人一人確実に沈めていく。

 否応なく突き付けられる力量差。

 やがて全員が沈み子供二人と私だけが残された。

 覚悟を決めて一歩踏み出す。


「我が名はディアナ=マストヴァル! そなたたちには絶対に屈しません!」

 

 虚勢だと分かっているだろうが、それでも声を張る。

 私には守らなければならないものがあるのだ。




「――その意気は買いましょう」


 そんな私の声に応えたの部屋の外から。

 そちらを見ると私と同年代の女性と付き添いらしい少女が姿を見せる。

 二人とも派手ではないがいい素材のドレスを着ていた。

 カツカツと靴音を立てて。

 後ろには護衛らしき兵士が付き従っていた。

 どうやらその言葉を発したのは少女の方らしい。

 膝を付いていた夫が何事かと顔を跳ね上げた。

 そして驚いた顔を見せる。


「まさか! ……キミは……あの、メルティーナ……なのか?」


「えぇ、そうですわ」


 返事をしたのは少女ではなく女性の方。

 彼女はどこか皮肉気に口角を上げる。

 その何とも言えない艶やかさに鳥肌がたった。

 ――知り合いなの?


「……生きていたのか?」


「えぇ、ロレントが生き返った訳ですもの。この際ですから私も生き返ることにしました」

 

 そういうと口元に手を当てて笑い出す。

 生き返るとか意味が分からない。

 だがその言葉の何が面白かったのか分からないが、夫も同じように声を上げて笑い出すのだ。――本当に楽しそうに、少年のように表情を輝かせて。

 周りの視線を感じたのか夫はひとしきり笑うと気まずそうに咳払いをする。


「まぁ、キミなら自由に死んだり生き返ったりできるよね。……昔からそうだった」


 領主ではない、どこか気安い言葉遣いで何度も頷く夫。

 それに対して今度は女性が大袈裟に表情を歪め両手を広げる。


「失礼な、帝国淑女を捕まえてバケモノか何かのような扱いをするなんて。……でも貴方も()からそうでしたわね?」


 そしてちょっとスネたように頬を膨らませる。

 その妙な色気が私をこの上なく苛立たせた。



 今この瞬間、彼女は私の敵に認定された。

 夫の楽しそうな表情。そしてこの女性との親しげな感じ。

 絶対、過去に何かあったのだ。


「……ねぇ、早速ですけれどこちらの話を聞いて貰えるかしら?」


「キミは相変わらず()()だな」


 結婚してから彼に近付ける女などいなかった。

 ましてやこんな感じで親し気に話しかけてくる人間などもってのほか。

 彼に色目を使いあわよくば次期領主候補を産んでやろうという女性は、私が責任を持って徹底的に排除した。

 それが領主夫人の務めだからだ。

 警戒すべき女性の居場所は全て頭の中に入っている。


「――」


「――――」


 この洗練された佇まいを見る限り彼女はきっと帝都の大貴族の関係者と考えて間違いない。

 おそらく彼が帝都にいた学生の頃の知り合いなのだ。

 だけどメルティーナという名前の女なんて知らない。

 彼の口からも聞いたこともない。


「――――?」


「……――、――――」

 

 そもそも先程死んだとか生きていたのかという話があった。

 ということは彼女はずっと世間的に死んだと思われていたということだ。

 もし彼女が生きていると知っていたならば夫は私を選んでくれたのだろうか?



 夫と結婚するまで紆余曲折があった。

 王子様と村娘が愛し合って結婚出来るなんて、本当に()()()()なのだと思い知った。

 元々夫には結婚話が出ていたらしい。

 考えてみれば跡継ぎを作るのも若き領主の立派な仕事だ。

 作らずに夭逝してしまえば待っているのは跡目争いという領を割る混乱。

 当然夫の婚姻は領城に詰める重臣たちの関心事の一つだった。

 すでに候補もいたそうで、一人は帝都関係者の娘。

 帝国に逆らうつもりはないとの証明としての政略結婚だ。

 そしてもう一人は領議会重鎮の娘。

 こちらは若い領主を補領全体で支えるのだという強い意志を示す為。

 夫は子供のころから人質として帝都に住んでいる期間が長かった。

 だからちゃんと補領のことも大事に思っていると証明する為には必要な婚姻だった。

 そんな状況で夫は村娘の私を連れて現れたのだ。

 当然領議会は紛糾する。

 そんな収拾つかない議会に乱入してきたのは、とある老人だった。


 

 彼はかつての帝国との戦で功を上げ続けた生粋の武人で、夫のことを孫のように思ってくれている人だった。家督こそ息子に引き継いだものの存在感は健在で夫の相談役として度々領城に顔を出していた。


「考えてみれば、帝都から迎えても臣下の娘を迎えても角が立つのだ。たとえ両方から受け入れたとしても今度はどちらが第一夫人かでまた揉める。だからといっていつまでも決まらない状況ならば後継ぎを望むべくもない。それならば名もなき村娘でも娶ったおいた方がまだ幾らかマシではないか? ……少なくとも領民は大歓迎するだろうな。それほど悪手でもあるまいて」


 不敵な笑みでそう言い放つと、容易(たやす)くその場を収めてしまったのだ。

 幾らかマシだとか悪手だという言い方にカチンときたが、それ以上に第一夫人という言葉の方がショックだった。

 ――そう。後継ぎが不可欠な領主にはそれが常識だった。

 夫は自分だけを愛してくれないかもしれない。

 そう考えると寒気がした。



 しかし話には続きがあったのだ。

 その議会の直後、夫と私と老人の三人での話し合い。


「先程は失礼な物言いをして申し訳ございませんでした」


 老人は先程の振る舞いとは全く違う丁寧な物腰で謝罪してくる。

 議会での横柄な態度は芝居だったのだと理解した。

 ヴァルグランの功労者とも言える彼にそこまで頭を下げて貰うと恐縮する。


「アラン様からディアナ嬢を妻に迎えたいと相談を受けておりましてな。しかも第二夫人を迎えるのもイヤだと。……ワガママな男に育ったものです。一体誰のせいだか」

 

 溜め息交じりのその告白に、夫が気まずそうに顔を伏せた。

 私としては彼の心が知れて内心小躍りしたい気分。


「何とかできないものかと泣き付かれまして、結局こんな感じになりました。……重ね重ね失礼な物言いになりますが、村娘を第一夫人にすれば、どこの貴族の娘がノコノコと第二夫人としてやって来れましょうか? 家格を大事にする帝都からは絶対に来ないでしょうな」


 老人はしてやったりの笑顔をみせる。


「……残るは領内の縁談ですが、まぁ仲睦まじく過ごされて跡継ぎが生まれましたら、いずれその話も出なくなるでしょう。二人の間を割って入るのは愚かだという空気をお二人で作ってやればよろしい。それでも野心のある者が次期領主の祖父になりたがるやもしれませんが、儂が生きている間は目を光らせております。息子にもそのことはちゃんと言い含めましょう」


 その老人はカイルの誕生を見届けるとその翌日に亡くなった。

 今でも私たち一家は毎月欠かさず彼の墓参りをしている。

 


 だから彼の為にも、私は夫そしてヴァルグランを全力で支え続けなければいけないのだ。

 深呼吸をして気合を入れ直す。


「――あ、戻ってきた!」


 そんな私の顔をカイルが覗き込んで笑い出した。


「あら? ……お母さま。お帰りなさいませ」


 娘も笑顔で声を掛けてくる。

 

「……え? え? ……ただいま?」


 訳も分からず反射的に返事すると今度は夫が噴き出した。


「うんうん。キミはそういうところが本当に可愛いらしいね」


 夫からの思わぬ一言に顔が真っ赤になるのを感じた。



 何やら知らない間に話し合いが進んでいたようだ。

 和やかな空気の中、メルティーナに付き添いの少女が咳払いをして自身に注目を集める。


「先程も申し上げました通り、私たちはこれから始まる帝国を二分する内戦を最小限に抑える為、命を懸けてここまで来たのです。貴方たちが愛した領民は誰一人として殺していません。青あざぐらいはできているかもしれませんが。……どうか、その意味を理解してもらえませんか?」


 その言葉に夫が納得したように頷く。

 少女も頷くと次は娘に向き直る。


「……アンジェラ様? ……宰相ニール=アンダーソン殿宛てで一筆したためて頂きたいのです。よろしいでしょうか」


「何故私がニール様にお手紙を? ……我らが今後中立を保つというだけで、何の不足がありましょうか?」


 毅然とした娘の態度が頼もしい。

 単純に同年代の少女に頭ごなしに命令されるのが我慢ならないだけだろうが。

 それでもマストヴァル令嬢に相応しい堂々たる姿だった。


「いえいえ、そんなことはありませんよ。ヴァルグランの中立はこれからの帝国に多大な利益をもたらすことでしょう。それは間違いありません」


 半笑いで娘をいなす少女。

 その余裕のある態度が癪に障る。


「でしたら、もうよろしいではありませんか?」


 丁寧な口調だが棘を隠そうともしない娘。


「もっと円満に、それこそ戦争をせずに済む方法があるのなら、使わない手は無いでしょう? ……それにお二人は手紙をやり取りさせる、()()()()()だと伺っておりますよ?」


 少女が意味ありげに微笑んだ。

 それにしてもこの少女は一体何者なのか?

 この場で一番偉そうではないか! 

 ……確かに美しいのは認めるが。


「あらあら、そうだったの?」


 少女の言葉に対して過敏に、大袈裟に反応したのはメルティーナだった。

 彼女は噴き出すように笑い声を上げる。

 ……でもやっぱり一番ムカつくのはこの女だ。


「娘をバカにするのは止めて貰えますか!」


 そんなにウチの娘は宰相殿とは不釣り合いか?

 お前も田舎者が産んだ『偽物のお嬢様』と彼女のことをバカにするのか!?

 私と娘が一緒になって彼女を睨みつける。

 メルティーナは首を振りながらも笑顔は変わらない。


「ゴメンなさい。そんな意味ではなかったの。お嬢様は大変素敵ですわ。……むしろ逆です。真面目と誠実さだけしか取り柄ない、あんな退屈な男のどこがいいのかと思いまして」


「そちらのほうが不遜です! ……宰相殿に対してなんという言葉! あの御方のことを何も知らないくせに! ……取り消してください!」

 

 娘が珍しく、感情を露わにして叫んだ。

 その一喝にメルティーナは我慢できないと言わんばかりに大声で笑い出す。

 ――そして何故か夫までも!

 愕然として夫を睨みつけると、彼は気まずそうに咳払いする。


「……その、彼女は宰相殿の妹君でもあるんだよ」


 あまりの衝撃に驚く娘。

 その顔は若い頃の、田舎娘だった頃の私にそっくりで。

 不思議な感覚だが娘は確かに私の娘だったのだと感心させられた。

 それぐらい貴族の仮面を取っ払った娘は至って普通の娘だった。

 そんな娘をメルティーナは初めて見せる優しい表情で話しかける。


「あのバカ兄をそこまで信頼して下さって本当にありがとうございます。きっと貴女は今までアレを陰から支えてくれていたのでしょうね。妹として心より感謝しますわ。どうぞあんな男ですがこれからもよろしくお願いしますね」


 メルティーナはまるで貴婦人のような丁寧な礼をする。

 反射的に同じように返礼する娘が少し滑稽だった。




「さて、それでは別室に移動して話を詰めませんか?」


 少女が声を上げると夫が笑顔で皆を先導し部屋を出ていく。

 レジスタンス兵たちもそれに従って広間を後にした。


「ねぇ、あの少女は一体誰なのかしら? ……メルティーナさんの娘か何か?」


 最後尾で同じように移動しようとする娘にこっそり尋ねると、彼女は眉を顰めるのだ。


「まぁ、お母さまったら本当に何も聞いていらっしゃらなかったのね? ……あの御方は水の女王国のアリシア女王陛下よ」

 

 驚く私の表情を見て、今度は娘と息子が盛大に噴き出した。



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