第3話 クロエ、アリスの何かが変わったと直感する。
今日の昼、決起集会があった。
長い長い準備期間を経てようやく収穫の時を迎える。
私は表情には出さないものの、万感の思いでテオの横に座っていた。
挨拶も終わり、ロレントがやや過激なレジスタンス方針を熱を持って語り出す。
一方陛下は笑顔のまま、反論らしき反論もしない。
それのみならず、繰り広げられたのは女王国による譲歩、そして更なる譲歩。
貴族派の顔を立て、教会と足並みを揃え、領主たちの代弁をする。
そのしわ寄せを女王国で引き受けた。
このままいけば一人勝ちも狙えたのに、まさかの方向転換だった。
無駄な犠牲者さえ出さないと努力してもらえるなら、ロレントの要請次第いつでも女王国軍を貸し出す、とも。
皆は物分かりのいい女王国に大喜びしていたが、私は気味の悪さを感じていた。
あの日以来、陛下の中で何かが変わってしまった。
恐ろしい夢を見たのか、真っ青な顔で嘔吐する陛下。
背中を撫でると慌ててこちらを振り返り、私が生きていることに対して驚愕の表情を見せた。
どんな夢だったのか気にはなるが、そんなことよりも陛下の中に可愛いらしい部分が残ったいたことにこそ驚いた。
失礼な話だとは思うが、笑いを堪えるのに必死だった。
どう接したらいいのか分からなくて、必要以上に優しかったり厳しかったりしたかもしれない。
陛下はその日こそ部屋に閉じこもっていたものの、翌日には完全復活して山猫を各地に派遣して欲しい情報を集め出した。
――そしてその情報を元に、計画を大幅に修正し始めたのだ。
中でも一番の大きかったのはクロード一行を内側に組み込んだことだろう。
ダメ押しとばかりに決起集会の為の衣装まで用意した。
所属こそまだ娘の部下だが、精神的なつながりの部分では完全に女王国に絡めとられてしまったと考えていいだろう。
彼らを取られて痛いとまでは思わないが、それでもこんなに堂々と工作を仕掛けられるといい気分ではない。
だからと言ってあの場では黙って見ていることしかできなかった。
元々サファイアとルビーの両名は女王国の人間と血縁関係にあり、トパーズも陛下自らが接触していた。
あの三人は既に女王国陣営の人間のようなものだった。
だがクロードだけは別だ。
そもそも陛下自身、彼だけは絶対に許さないと思っていたのに。
本当に驚いた。もし私ならば徹底的に冷遇する。
もしくは徹底的に遊ぶ。
罠にハメて窮地に追い込み、最高の舞台を用意して、もがく姿を高いところから紅茶を片手に鑑賞する。
少なくとも絶対に内側には入れない。入れるとロクなことにならない。
あの悪辣な陛下のコト、この状態から時が満ちるのを待って一気に突き落とすというのも考えられるが。
ただ気になったのは神の声さえも受け入れたことだ。
普通クロードを篭絡するならば『名誉』だとか『道』といった方向から攻める。
しかし陛下は誰も触れようとしなかった神の声に斬り込んだのだ。
一見すればクロードの妄想劇に上手く合わせて綺麗にまとめたように見えなくもない。少なくともあの場にいた皆がそう思ったはず。
――頭のオカしい彼を見事に手懐けたモノだと。
クロードを引き入れる為だけに、あの陛下が忙しい時間を縫ってまで神の声と折り合いをつける為の落としどころを探っていたのだと。
……だけど本当にそうなのだろうか?
私の中で警鐘が鳴り響くのだ。
魔王のおとぎ話同様、何かウラがある話ではないのか?
陛下だけが見出した何か別の突破口のようなモノがあるのかも知れない。
あの二人だけにしか分からない符号のようなものがあったのでは?
その辺りはこれから判断するしかない。
何とか食らいついていかないと。
そうじゃないとレジスタンスは完全に後手に回されてしまう。
だから私はあの決起集会の場でもロレントのように無邪気に喜ぶ気にはなれなかったのだ。
それを受けて今晩、我が家にて――。
私たち大人三人とケイト、そして陛下で食卓を囲んでいた。
「――本当に美味しい料理をありがとうございました」
陛下が満足そうな笑顔を見せる。
それに対してロレントはどこかぎこちない笑み。
テオも似たような感じだ。
ケイトは息をひそめている。……私もあまり味がしなかった。
決起集会が終わり陛下と二人して女王国公館に戻った後、「夜ゆっくりと話がしたいの」と耳打ちされた。
防諜対策の会議室は使いたくない、とも。
確かにあの会議室で話した内容は絶対に周りに洩れることは無い。
だがその部屋を使った事実だけはどうしようもない。
つまり何かの話があったことすら知られたくない、と。
それならばとウチを使うことを提案した。
ロレントとテオが女王国の公館に足を運ぶのは危険過ぎる。
その点、陛下は今まで何度も自宅を訪ねてくれているから丁度良かった。
あくまで私と娘が料理を作ってお招きするという形を取るということになった次第である。
食事も終わり女性三人で和気あいあいと洗い物をする。
表面上は、――だが。
実に華やぐ光景だろうが、背中に突き刺さるのはピリピリとした視線。
もちろん陛下も感じているだろうが、笑顔で洗い物続けていた。
そして食後の紅茶の準備を終わらせて、応接間に移動する。
「――さて戦争の順序ですが」
陛下がようやく切り出した。
当然前置きもなく。――基本的に陛下はいつも突然だ。
今日の決起集会の中で『ヴァルグラン領境まで軍を出してから投降を促す書簡を出す』というロレント案を女王国は支持し、教会も上級貴族たちも賛同した。
ただ穏健派のテオやホルスたち領主陣営の心情も考え、返事が来るまでは領境は越えないことも同時に決まった。
つまりまだ戦争はしない。
ロレントとしてはあちらから殴り掛かってくるように仕向けたい。
テオやホルスはまず話し合いがしたい。
では陛下は? 女王国は?
その答えがこれだ。
――既に陛下の中では、戦争は決定事項だった。
「私としてはこの際、返事を待たずに軽く一戦交えてもいいかもしれないと考えています」
その言葉にテオが凍り付いた。
ロレントはまだ無表情のまま。
私とケイトも陛下の真意を読み取る為に深呼吸して備えた。
「本当は避けることが出来れば一番ですが、貴族派に一度ガス抜きさせておきたいロレントさんの気持ちもよく分かるのです。そう考えるとに彼らに領境で『おあずけ』させ続けるという状況は好ましいとは言えません」
つまり睨み合った状況で不測の暴発を招くよりは、こちら側で散発的局所的な戦場を用意して小競り合いをさせておく方が無難だ、というコトだ。
中々の大局観だと思う。
方針転換したとしても、人を人とも思わない、人命を消耗品か何かのように考える部分は相変わらず。……少しだけ安心する。
ロレントも我が意を得たりと言わんばかりに頷いた。
まさにそれこそが彼の本音。
ただでさえマストヴァル家と上級貴族は相性が悪い。
更に現領主アランは宰相と兄弟とも言えるほど仲が良く、絶対にこちらには従おうとはしない。
どの道を通ってもヴァルグランとは戦うしかないのだ。
だから暴力の矛先としてはこれ以上ない相手だろう。
ヴァルグランの軍は中途半端な補領より大きいが帝都よりは小さい。
レジスタンスの現有戦力を量る為にも丁度いい器だといえた。
「どの道、戦争は不可避でしょう。――だからせめて戦争の規模を最小限にして極力被害を抑えたい。そして出来るならば領主アラン=マストヴァルをこちらに下らせたい。女王国はそのように考えています」
それが理想だ。そんな手があれば誰でも採用する。
でも現実はそんなに簡単ではない。
だから優先順位をつけてそれ以外は捨てる。これが常識だ。
――しかし女王国の常識は違う。
何か案があるからこの場を設けたのだ。
私たちは頷くことで続きを促す。
陛下は意図を汲み取ったこちらを満足そうに眺めると続けた。
「話し合いを模索して時間を使えば帝都から援軍が来ます。そうなっては領主アランはおろか領都マーディラに辿り着くのも難しくなります。……作戦は失敗したと考えるべきでしょう」
時間はあちらにしか味方しない。
私たちの同意を見て取ったのか、陛下は紅茶を一口含んで続ける。
「……ではこちらから一方的に形だけの宣戦布告をして電撃的に侵攻する? ……それこそ愚の骨頂ですよね」
あのアランがそんな失礼な相手に投降するとは思えない。
ましてやこちらの陣営に入るなどありえない。
領民が納得しないだろう。
しかもせっかく味方につけたホルスたちまでも敵に回ってしまう。
絶対に採用出来ない案だ。
「でしたら、どうしましょう?」
一応私たちに問いかけている形だが、陛下の中ではもう答えは決まっている。
彼女はいつもそうやって一旦私たちに考えさせるのだ。
だからと言ってすぐにそんな道筋など浮かぶはずもない。
あくまで会話の優位に立つ為の一呼吸だ。
「私ならばクロード一行の突破力を活用します」
……ここでようやく繋がった。
この為に陛下は彼らと連携を求めたのだ。
あの関係のままならば、陛下に反発する可能性があった。
そこをゴールドたちに狙い撃ちされると目も当てられない。
だから先手を打ってクロード一行を制御することにした。
何のことはない。あの時点ですでにこの作戦の第一段階は完了していたのだ。
――何が女王国の譲歩だか。
陛下による国盗り計画は着々と進行していたのだ。
「もちろん彼らだけでは足りません。ですので私を含めた女王国の隠密部隊『山猫』も参加します」
「おまえも出るのか!?」
声こそロレントのものだったが、テオもケイトも目を見開いた。
だけど私は全く驚かない。
これは単純に陛下の性格の問題なのだ。
山岳国でハルバート候と会談に臨んだときに悟った。
彼女は自分の知らないところで何か重要なことが決まるのを極端に嫌う。
――その場での主導権を握りたい。
過程の中での誤算は笑って修正できるのに、シメの段階で思い通りにならないことが我慢ならない。
昔の私もそんな感じだった。
「――主力軍が領境で派手に相手の目を引き付けている間に、本命の別動隊による潜入戦。……既に突入作戦の為に使う領城内への直通路も確認済です」
あまりの手際の良さにロレントが渋い顔をした。
彼からすれば今日、決起集会で自分がヴァルグランを矛先にすると言い出すコトを完全に読み切られていた訳だ。無理もない。
少なくともあの地をどうこうしたいと言い出したことは無かったはず。
それでも陛下はロレントがあの場でその話を切り出すと想定して万全の準備を完了していた。
軍をロレントに預けるという宣言は、『自分には別の仕事があるのでそちらは任せる』という意味だったのだ。
「領境の軍が陽動してくれている間に私たちは出来るだけ人を傷つけず、速やかに領城に潜入したいと思います。……特に城内での人殺しは厳禁です。そして一気に領主アランのところまで行く」
「そんな簡単に言ってくれるが……」
テオが眉間に手を当てて溜め息を吐いた。
それに対して陛下は笑顔を見せる。
「このまま戦争が始まるとその先には泥沼の内戦が待っています。互いに総力戦となりヴァルグランは荒れ果てます。そうなれば勝っても負けても残るのは恨みだけです」
テオはその言葉に天井を仰ぐと、「……新たな火種か」と声を絞り出した。
夫はちゃんとパーティの後を考えているのだ。
そこが頼もしい。
「女王国としてはそれだけは絶対に避けたいのです。ですから説得に向かうのです。幸いにも領主アランは理知的な人物ですから、こちらがちゃんと筋を通せば無傷で降りてくれるはずです」
アランの性格を考えるならば、こちらが覚悟を見せれば話だけでも聞いてくれるはず。彼にとって領民領地の安寧が全てだ。それ以上に優先すべきものはない。
「――出来るのか?」
ロレントが目を瞑ったまま小さく呟いた。
これは、確認だった。
「これは賭けですが、成功率はそこまで低くないと思います。そして上手く行けば大きな還りがあります。……アランを頷かせる為には出来るだけ領地領民を痛めることなく、それでいて圧倒的な実力差を見せることが必要なのです。ですから少数精鋭による潜入戦が一番だと考えました」
アランを無傷で引き入れることが出来たならば、ヴァルグランを戦場にする意味自体が無くなる。
人命最優先を謳う女王国の、帝国における貢献度も計り知れないだろう。
両陣営は女王国に手出しが出来なくなる。
もし手を出そうものなら両陣営の穏健派を敵に回しかねない。
女王国にとっても申し分のない一手だった。
「――ですが、どうやって説得するつもりでしょう? たとえ潜入成功したとして、アランを説得出来るかどうかは別問題ではないですか?」
今まで黙っていたケイトが尋ねた。
暗に交渉材料不足を指摘する。それは私も気になっていた。
対して陛下は待ってましたと言わんばかりに大きく頷くのだ。
「ええ、ですから、潜入部隊にもう一人加えなければいけない人間がいるのです。今晩はその話を持ってきたのですよ」
陛下はこの話をしながら一度も私を見ようとしなかった。
何か企むときは必ずと言っていい程こちらを見ながら手順の確認をする彼女が――。
その意味を悟った瞬間、身体中からイヤな汗が噴き出してきた。
「……それは、誰だ?」
ロレントの声が若干震えている。
彼も陛下が何を言おうとしているのか悟ったようだ。
彼女が何を知っているのか。
「……クロエ、あなたよ」
そして晴れやかな表情でこちらを見るのだった。
――まさか、コレが切り札だったとは。
完全にあちらが一枚上手だった。
後は皆さんでゆっくりと話し合ってくださいと言い残し、陛下は軽やかな足取りで我が家を去っていった。
固まって動けない私の代わりにケイトが陛下を家の外まで見送る。
「アリシア女王は無茶だと知っていたが、何故クロエを引っ張り出すのだ!? ……危険な目に遭いたいならば彼女一人で行けばいいではないか!」
その間、応接間で興奮するテオをロレントが宥めていた。
珍しい光景を目に納めておきたかったがそんな気にもなれず、私は黙って天井を見上げていた。
そこに娘も戻ってくる。
気が付けば部屋は静まり返っており、ロレントがいつになく真剣な表情でこちらを見つめていた。
テオとケイトはそんな私たちの表情を交互に覗う。
私も覚悟を決めて大きく頷いた。
二人にもちゃんと伝えなければならない。
「――まず、私は一体誰なのか、そこから話すことにするわ」
今晩は長くなりそうだった。




