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残酷御伽草子 吉備太郎と竹姫  作者: 橋本洋一
五章 犬

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一族郎党のため

 助けた山賊が家来にしてくれと懇願してきました。それには流石に吉備太郎も竹姫も驚きました。


「えーと、あなた自分が何を言っているのか分かっているの?」


 戸惑いながらも竹姫は少年――蒼牙に訊ねます。

 蒼牙は何が嬉しいのか笑顔で答えます。


「命を助けてくれただけではなく、見返りを求めない心意気! 拙者、感服いたしました! 是非家来にしてください!」


 竹姫は「襲っておいて家来にしてくれなんて虫が良すぎるわよ」と呆れています。


「それに家来にする余裕はないの。お金も土地もないんだから」

「そのようなものは要りません! 拙者はあなたたちに心底惚れました!」


 蒼牙はそう言って吉備太郎の手を握ります。


「荷物持ちでも雑用でもなんでもします! 是非家来に!」


 すると吉備太郎は苦笑いしました。


「ごめん、家来は要らないんだ」


 すると蒼牙はしゅんとなってしまいました。


「そうですか……今生の主君に巡り会えたと思ったのですが……」

「それより、なんで山賊なんかしているんだい? 何か事情があるのか?」


 吉備太郎の質問に蒼牙の顔は曇りました。


「それは金を稼がなければいけない理由がありまして」

「それを訊ねているんじゃない」

「……一族郎党のためです」


 蒼牙は意を決して言いました。


「拙者は名門、坂井家に連なる一族でした」


 坂井家と聞いて、吉備太郎はどきりとしました。


「しかし先の大江山合戦によって、惣領である坂井定森さまが戦死なされてしまいました。そして父上も従軍しておりましたが、何の活躍もできなかったことを責められて、家を取り潰されてしまったのです」


 蒼牙は悔しさのあまり、唇を噛み締めています。


「拙者は名を上げて、一族郎党を呼び戻し、また家を再興させるために仕方なく路銀を集めておりました。好きでやっているわけではありません」

「今まで路銀をどれくらい奪ったんだ?」


 吉備太郎が訊ねると「恥ずかしながら、あなた方が初めてでした」と顔を伏せました。


「しかし、もうやめます。拙者はあなた方についていきます」


 吉備太郎は少し考え始めましたが竹姫は「絶対駄目よ吉備太郎」と言いました。


「お金が無いからって、山賊をやる発想がろくでもない証拠よ。それに本当のことを言っている保証もないし」


 吉備太郎は竹姫の言うことはもっともだと思いました。


 しかし――


「君は槍を遣うのか?」


 吉備太郎が訊ねると蒼牙は「拙者の魂です」とすぐさま答えました。


「武者にとって己の愛用の得物は魂に等しいのです」


 吉備太郎は「どのくらい扱えるか見せてくれるか?」と蒼牙を試しました。

 蒼牙も竹姫も吉備太郎の意図が分かりませんでした。


「はあ。では我が一族に伝わる槍術の演舞をさせていただきます」


 分からないまま蒼牙は二人から距離を取り、演舞を始めました。


 素早く突いたり、叩いたり、掃ったりする姿を見て、竹姫はなかなかやるわねと感心しました。

 吉備太郎も演舞を見て蒼牙は只者ではないことを悟りました。

 激しい動きを交えた演舞を終えても、蒼牙は息一つ切れていませんでした。


「確かに、他の武者と比べても強そうなのは分かるわ」


 竹姫が言うと、蒼牙は「ありがとうございます」と頭を下げます。


「凄いと思うけど、家来にはできない」


 吉備太郎ははっきりと言いました。


「私は名を知られていないし、地位のある人間でもない」


 蒼牙はしょんぼりとして「そうですか……」明らかに悔しそうでした。


「私もまた未熟者だから、他に仕えるべき人はいるだろう。それに私にはやるべきことがあるんだ」

「ですが――」

「また縁が合えば会おう」


 蒼牙はしばらく下を向いて黙っていましたが「御免」と言って長槍を持ったまま山道を駆けていきました。

 吉備太郎はその後ろ姿を黙って見送りました。


「吉備太郎、あんなの気にする必要はないわよ? ていうかなんで助けたわけ?」


 竹姫は不思議に思っていました。鬼退治以外に他人に関心を持つことが少ないからです。


「あの蒼牙という人――長槍を手放さなかった」


 吉備太郎は竹姫にも分かりやすいように説明します。


「あの状況だったら誰だって槍を放す。両手でしっかりと橋を掴むはずなんだ。でも放さなかった。案外、長槍を魂のように思っているのは嘘ではないのかもしれない」


 吉備太郎の特殊な思考は竹姫には理解し難いものですが「そうなの」と短く答えました。


「さあ、旅を続けようか」


 吉備太郎は明るい声で言いました。





 そして夕暮れ。

 日が暮れる前に吉備太郎たちは村へと辿り着くことができました。


「はあ。なんとか着いたわね。ねえ、旅籠があるような村には見えないけど――」


 竹姫が溜息を吐きながら宿を探していると吉備太郎は制しました。


「なんだか村の様子がおかしい」


 見ると村人は一ヶ所に集まって何やら相談をしていました。


「もう食糧がない」

「生贄を出すしかない」

「そんなことはできん!」

「しかし、このままだと滅ぼされてしまう」


 がやがやと騒ぎ立てる村人に竹姫は嫌な予感を覚えました。


「吉備太郎、野宿してもいいから先を目指しましょう」


 竹姫が言った直後のことでした。


「戦うしかないだろう!」

「そうだ! もう我慢できねえ!」

「このまま死ぬぐらいだったら、戦って死んだほうがマシだ!」


 話は物騒な方向へ進みます。

 村人たちは各々鍬などを武器として戦いの準備をします。


「待たれよ! 皆の者!」


 村の奥、吉備太郎たちから反対側から一人の老僧と見覚えのある少年が近づいてきます。


「げっ? 蒼牙だわ」


 蒼牙を引き連れた老僧は村人たちに向かって言います。


「このお方があの『鬼』を倒してくれるそうだ。なんでも腕の立つ武者らしい」


 どよめく村人と鬼と聞いて身を乗り出す吉備太郎とそれを止める竹姫。

 蒼牙は自信たっぷりに言いました。


「拙者は腕に自信がある。鬼など滅してくれましょう」


 しかし村人は「お主一人に任せられん」と口々に反対します。


「もしも失敗して、鬼が腹いせに村を襲ったらどうするんだ!」


 蒼牙は「拙者は村の者ではない」と答えます。


「村と関係がないから、村の者の仕業とは思われないだろう。安心してください」


 村人たちは顔を見合わせました。

 たった一人では太刀打ちできるか分からないからです。


「だったら私も加わろう!」


 村人は一斉に後ろを振り返りました。

 そこに立っていたのは、もちろん吉備太郎です。


「おお! あなたは先ほどの!」


 蒼牙は嬉しそうに吉備太郎に近づきます。


 竹姫は顔に手を押さえて「あーあ」と呟きました。


「鬼退治ならば手を貸しましょう」


 吉備太郎は蒼牙に言いました。


「あなたが居てくれれば百人力だ」


 蒼牙は嬉しそうに言いました。

 老僧は「皆の者、武者が二人も居る。なんと心強いことか!」と大声で言いました。


「彼らに任せて、皆は休んでくれ」


 村人たちは半信半疑で散っていきます。


「いやあ。縁が合ったとはこのことですね」


 蒼牙が嬉しそうな反面、竹姫は嫌そうな表情をしていました。


「それで、相手はどんな鬼だ?」


 吉備太郎が訊ねると蒼牙は真剣な顔で言いました。


「なんでも牛鬼という牛の顔をした鬼らしいのです。詳しくはお坊さんに聞きましょう」


 黄昏から暗闇へと変わっていきます。

 村に落ちた影を吉備太郎は見事討ち果たすことができるのでしょうか?


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