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残酷御伽草子 吉備太郎と竹姫  作者: 橋本洋一
五章 犬

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橋の上での決闘

 吉備太郎と竹姫は何事もなく美濃へ入ることができました。

 子ども二人の旅路であれば山賊などに襲われても仕方ありませんが、遭遇しませんでした。


 それには理由がありました。

 鷲山中納言がお得意の虚言を使ったのです。「二万の大軍勢は美濃より東国へ向かう」

 本当は伊勢より東国へ向かうのですが、鬼がいつ追撃してくるのかは分からないので、慎重に行軍するために流したそうです。

 それを噂で聞いた山賊たちは慌てて逃げ出したり、拠点を移動させたりしたのです。

 そうとも知らず、吉備太郎たちはのん気に美濃への旅路を歩いていました。


「しかし、吉備太郎。どうやって仲間を集めるの? ていうか仲間にする基準はなに?」


 竹姫は変わり映えしない山道を歩きながら退屈紛れに吉備太郎に訊ねました。


「とにかく鬼に対抗できるような強い武者がいいな」


 吉備太郎の言葉はもっともですが、なかなか鬼に対抗できる武者など居ません。


 それが分かっている竹姫は「鬼に対抗できるねえ」と気のない返事をしました。


「鬼に対抗できるのは吉備太郎、あなたぐらいよ。その理由は分かる?」


 竹姫の質問に吉備太郎は「うーん、鬼を恐れない心?」と安易な答えを出します。


「まあそれも大事だけど、理由はもっと単純よ。あなたは速いのよ」


 吉備太郎は目をぱちくりさせました。


「速いことが理由になるのか?」

「ええ。速いから攻撃が当たる。速いから相手の攻撃が当たらない。それは大きな利点となり得るのよ」


 竹姫は交渉と策略に長けていただけで、戦いのことは分かりませんでしたが、ある程度の強さを測れる目を持っています。


「確か吉平も言ってたじゃない。あなたは『速剣遣い』だって。それを伸ばせばもっともっと強くなれるわ」

「私は今以上に強くなれる、か。考えたことなかったな」


 吉備太郎は自分の右手を握ったり開いたりしました。


「素振りも良いけど走ることも大事ね。走って走って走るの。そうすれば鬼になんて負けないわ」


 竹姫は敢えて言わなかったのですが、速ければ速いほど、吉備太郎は鬼と戦う際の相性は良くなります。


 巨大な鬼であればあるほど、速さがありません。動作性の鈍さがあります。

 普通の武者であれば間合いに入る前に鬼に叩き潰されるか斬り殺されてしまうでしょう。

 しかし吉備太郎ならば容易に間合いに入ることができます。


 だから――鬼に対抗できるのは吉備太郎ぐらいでした。

 今の段階では。


 さて。二人はお喋りをしながら歩いていると道が平坦になり、やがて谷が見えました。

 谷は高く、下には河が見えます。

 また幅は広く、跳躍しても届きそうにありません。


「谷だわ。結構深いわね。どうやって渡ろうかしら」

「いや、あそこに橋があるよ」


 吉備太郎が指差す先にはつり橋がありました。

 今にも壊れてしまいそうでしたが贅沢は言ってられません。二人は渡ることにしました。


「……手をつないで」

「なんだ。怖いのか?」

「いいからつないでっ!」


 二人は仲良く手をつないで歩きました。


 橋は二人が並んでも通れるぐらいの広さでした。歩くたびにぎしぎしと音を立てます。

 吉備太郎は高所に対して恐怖心は抱きません。つり橋の上で飛び跳ねることもできます。

 このまま無事に渡れる。そう思っていました。


 しかし――


「ちょっと待て。そこの二人」


 橋の真ん中で仁王立ちしている少年が居ました。

 吉備太郎と同い年でしょう。流石に吉備太郎よりは背は低いですが、それでも普通の少年よりは背が高いです。


 ギラギラと光る目。まるで獲物を捕らえた獣のようでした。

 まるで山賊のように毛皮の服を纏っています。それがせっかくの美丈夫を台無しにしています。

 口元にきらりと光る八重歯。

 どう見ても友好的とは思えません。


 しかし彼の特徴は見た目だけではありません。

 それは彼の持っている得物にありました。

 柄が蒼く、切っ先が尖っている見事な槍。

 けれどそれは――あまりにも長かったのです。

 七尺を超えるだろう長槍を立杖させて、橋の真ん中に立つ彼。ここは通さないという意志が見えています。


「ここを通りたければ通行料を払うんだな」


 大声で少年は吉備太郎たちに言いました。


「はあ? なんで通行料を払わないといけないのよ?」


 負けずに竹姫は言い返します。


「ここは拙者の縄張りだ。だからここを通るには通行料が必要だ」

「滅茶苦茶じゃない! 絶対に払わないわ」


 竹姫の言葉に少年は冷静に言います。


「そうか。ならば別の道を行くんだな」


 そして槍先を吉備太郎たちに向けます。


「それが嫌ならこの場で勝負するか?」


 竹姫は焦りました。こんな狭い場所では吉備太郎の速さは何の意味も持ちません。

 しかも相手は長槍です。間合いを詰める前に突き刺されてしまうでしょう。


「さあ。どうする?」


 竹姫は吉備太郎に別の道を探すことを提案しようとして――


「ああ。勝負を受けよう」


 なんと吉備太郎は勝負を受けました。


「はあ? 吉備太郎、何を考えて――」

「ちょっと怖い目に遭うかもしれない。それは勘弁してくれよ」


 吉備太郎の呟きに竹姫は冷や汗をかきました。


 そういえば、吉備太郎は好戦的な性格をしていました。都で中納言の下男たちと戦うとしたこともありました。


「はっはっは。拙者に勝てると思うのか?」


 余裕たっぷりの少年に対して、吉備太郎も余裕で返します。


「そうだな。なんなら竹姫を背負っても、君に勝てるぞ」

 有言実行、吉備太郎は竹姫を背負いました。


「あなた何を考えて――」

「しっかり捕まってくれ。でないと死ぬ」


 竹姫の抗議に物騒なことを言う吉備太郎。


「ふざけたことを……ならば拙者はここを動かずに倒してみせるぞ」


 挑発に対して挑発で返す少年はまだまだ子どもでした。


「そうか。なら動いたら君の負けだな」


 吉備太郎はにやりと笑って――動き出しました。

 音のように素早く吉備太郎は橋の上を縦横無尽に走り出します。


「な、なんと! 速すぎる!」


 驚愕する少年。しかし吉備太郎は少年に近づくこともせず、そのまま動き続けます。


 竹姫も少年も吉備太郎の意図が分からず、呆然としていました。


 しかし次の瞬間気づいてしまいました。

 ボロボロだった橋が――崩れてしまったからです。


「うおおお!? 橋が――」


 その場に踏みとどまることが精一杯の少年の横を吉備太郎は猛然と駆け去り、向こう側に辿り着きます。


 橋は吉備太郎が滅茶苦茶に動いた場所から壊れて、落ちてしまいました。


「よし。これで万事解決」

「……よしじゃないわよ!」


 吉備太郎の背中から竹姫は猛烈に怒り出します。


「あんな危険な真似をして、こうして居られるのは奇跡よ!」

「私の武器は速さだろう? 自分を信じただけさ」


 竹姫は呆れるべきか怒るべきか悩んで、結局何も言えませんでした。

 二人はその場を去ろうとして――


「た、頼む。助けてくれ!」


 谷の下から懇願する声が聞こえました。


 覗きこむと、槍を持ったまま片手で橋の残骸にしがみついている少年が居ました。


「ほっときなさい山賊なんて。因果応報よ」


 冷たく竹姫は言いましたが――

 吉備太郎は躊躇なく橋の残骸を引っ張り上げます。


「ちょっと、吉備太郎!?」

「助けないと死んじゃうかもしれない」


 吉備太郎は残骸を引き上げて、少年を助けました。


「はあはあ。なんとか生きてた……」


 少年は肩で息をしながら自分の無事を確認します。


「吉備太郎に感謝しなさいよね」


 竹姫はまだ吉備太郎のしたことに納得してませんでした。


「ありがとうございます! この御恩は決して忘れません!」


 吉備太郎は少年に「別にいいんだ」と優しく言いました。

 すると少年は決意を込めた目で二人を見つめます。


「決めた! 拙者、あなた様の家来になります!」


 戸惑う二人に少年は一方的に名乗ります。


「拙者、蒼牙(そうが)と言います! よろしくお願いします!」


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