茨木童子との死闘
激しさが増す豪雨の中、巨大な鬼と二人の人間、そして一体の式神は戦いを続けています。
戦いは茨木童子が有利に繰り広げていました。間合いが大きく、そして力強い一撃は吉備太郎たちを圧倒していました。
しかし攻めきれない部分も多々ありました。
まずは前列で二人を守る虎秋です。彼は既に式神奥義『紅蓮甲冑』を使用しており、いくら鬼の怪力でも一撃では倒せないほどの硬度を保っています。
虎秋は二人の盾となり、茨木童子の攻撃を受けています。受けると言っても、まともに防御するわけではありません。
受け流し。それこそが虎秋の真骨頂でした。
茨木童子の攻撃を柔の技を以って、半減させて、反らしていました。
茨木童子が体勢を崩した瞬間に、斬りかかるのは吉備太郎と山吹でした。
吉備太郎は自慢の速さで茨木童子に斬って退くを繰り返していました。複雑な動きを交えて相手をかく乱させています。
一方の山吹は他の二人よりは攻撃が遅いのですが、薙刀の利点である得物の長さと遠心力による力強い一撃で茨木童子を討とうとしています。
また彼女の薙刀は今は無き征鬼大将軍の定森が遺品かつ逸品の薙刀を使っていますので、普段よりも使い勝手が良いのでした。
今語ったとおりならば吉備太郎たちが優勢に戦えるのではないかと思います。
しかしながら、それでも茨木童子のほうが優勢でした。
それは単純に経験と実力でした。
鬼は刀で斬られれば死にますし、何より致命傷でなくとも痛みはあります。痛みは全ての生き物共通に身体と精神に損傷を与えます。
だからこそ、茨木童子は攻撃しながらも防御を忘れていません。吉備太郎の斬撃は軽いので受ける。山吹の斬撃は逆に重いので避ける。虎秋の攻撃はこちらが仕掛けないかぎりしてこないので無視する。そのように場合分けして対処していました。
百戦錬磨の鬼の副首領らしく、彼は戦術家でした。
加えて鬼の怪力は三人がまともにかかっても負けてしまいます。まるで赤子と大人、蟻と巨象のように差があったのです。
だから――結果は明らかだったのです。
「くっ――」
虎秋は茨木童子の一撃に耐え切れず、その場で膝をついてしまいます。
「虎秋さん!」
吉備太郎が虎秋に注目している僅かな刻。
その僅かな刻が明暗を分かれました。
「やあっと隙を見せたな?」
茨木童子の横薙ぎが吉備太郎に向かいます。
「――吉備太郎!」
咄嗟に虎秋が間に割って入ります。
茨木童子の一撃は吉備太郎と虎秋をまとめて吹き飛ばしました。
数尺は飛ばされ、二人は動けずに居ました。
「次はお前だ――」
山吹に向けて茨木童子は大刀を振るいます。
山吹は何とか反応して、薙刀で受けますが、防御ごと山吹を斬りました。
薙刀は砕けて、山吹は致命傷ではないものの重傷を負いました。そのまま吉備太郎たちと反対方向に飛ばされます。
この刹那の間に、勝負はほとんど着いてしまいました。
「これで後はお前だけだな」
呪術を行使し続けている吉平の額に、雨粒ではない汗が浮かんできました。
「あと少しなのに、くそっ!」
吉平はなおも呪術を続けますが、茨木童子はゆっくりと近づいてきます。
「てめえらの負けだ。一人一人嬲り殺しにしてやるよ」
茨木童子が吉平に近づいてきたとき。
「待てよ、鬼」
茨木童子の背後から声がしました。
振り返るとそこには稀代の武者、吉備太郎が立ち上がっていました。
ふらふらと満身創痍でしたが、目の輝きは消えていません。
「なんだお前。もう動けないくせに、何をしてるんだ?」
「私は、まだ、生きているんだ……死んでない……勝負はこれからだ……」
吉備太郎の言葉に茨木童子はせせら笑いをしました。
「はん。死にかけじゃねえか。よくもまあ俺に対してそんな口が利けるもんだ。その根性だけは認めてやるよ」
茨木童子は吉平ではなく吉備太郎に向けて歩みを進めます。
「ふざけるな。鬼が勝ち誇ってるんじゃない!」
吉備太郎は刀を納刀して、抜刀術の構えをしました。
「私は、お前に勝たなきゃいけないんだ」
「鬼の兄弟を殺しといて、勝手なこと言ってんじゃねえぞ? 酒呑の兄弟を卑怯な真似して殺しといて、楽に死ねると思うなよ」
鬼の仁義の言葉に、吉備太郎は怒りを爆発させました。
「何が兄弟を殺した仇だ。ふざけたことを言うな! 貴様らが数多の民を殺したことの報いじゃないか! 殺されて当然だ!」
茨木童子は「てめえらも鬼を殺したじゃねえか!」と反論しました。
「てめえら人間が俺たちに何をしたのか、知ってるのか!?」
「そんなこと知りたくも無い! 私の村を滅ぼし、親も殺した鬼の言い訳など聞きたくも無い!」
吉備太郎と茨木童子の怒りは限界まで達しました。
「鬼のくせに、自分を正当化するんじゃない! 貴様らが居なければ、私たちは平和に暮らせたんだ! 仲良く生きていけたんだ! それを壊した鬼が許せない!」
「人間ごときが吼えるな! てめえらはおとなしく喰われていればいいんだよ! 何が敵討ちだ、羽虫が騒ぐな!」
茨木童子は吉備太郎に近づき、斬り殺そうとします。
上段に構えて一気に振り下ろそうとします。
それに対して、吉備太郎は真っ直ぐに鬼を見据えます。
これで最期かもしれないのに、鬼から目を離しません。
最期まで戦うつもりでした。
「――死ね」
鬼は無慈悲に大刀を振るおうとして――
辺り一面に閃光が走りました。
「――あ?」
茨木童子は自分の身に何が起きたのか分かりませんでした。
身体が動かない。
思考が働かない。
何もかもが分からない。
そうしているうちに膝から崩れるのを感じました。
「抜刀術、虎の太刀!」
吉備太郎が眼前に迫るのを見えています。
避けることもできません。
受けることもできません。
動け、動け、動け――
「がああああああああ!!」
茨木童子は首の間に自身の右腕を割り込ませました。
吉備太郎は首を斬り落とすことは叶わず、代わりに右腕を斬ってしまいました。
右腕は宙に舞い、地面に落ちた後もぴくぴく動いていました。
「――なぜ、だ? なんで雷が俺に……」
閃光の正体とは雷でした。落雷が茨木童子に当たったのです。
「ふう。間に合ったな」
吉平が娘を抱えて茨木童子に近づいてきました。
「て、てめえが、雷を――」
「雷に当たって、腕斬られたのに、まだ話せるのか。凄いな」
吉平はにっこり笑って説明します。
「草原を戦場に選んだのは失敗だったな。せめて洞窟とかだったら雷は呼べなかった。だから酒呑童子との戦いは苦戦したんだ」
「てめえ、何者だ? 雷呼べるのか、人間がごときが……」
「呼べるかどうかは運次第だったよ。それに当たるかも賭けだった」
もしも茨木童子が上段に構えなければ当たらなかったことは敢えて言いませんでした。
「天候操作はかなり時間が要るが、この草原の辺りだけなら、ちょっとの時間で呼べる。まあ雷を呼べなかったら負けてたね」
そして立ち上がろうとする吉備太郎に手を貸して、吉平は冷たく言いました。
「さて。とどめを刺すけど、何か言いたいことはあるかな?」
茨木童子は呆然としていましたが、次第に「くっくっく」と笑い出しました。
「何が可笑しい?」
「……てめえらに絶望を与えてやろうと思ってな」
茨木童子は吉備太郎たちを睨みました。
「どういう意味だ?」
吉平は訊かなければ良かったと後々に悔やむことになる問いを投げかけました。
茨木童子は愉快そうに笑いました。
「てめえらが助けた娘に、俺は鬼妊薬を飲ませた。鬼の子どもを孕んでいるぞ。さあどうする? 殺すのか?」




