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出会い

「まったく…。ザックったら手が焼けるんだから」


私は少し息を切らしながら、広場へと向かった。恐らくザックはねぐらに戻っているのだろう。あの傷ならそう大したことにもならず、夕方には起きだしてきそうだ。が、一緒にお祭りを楽しむのは難しそうだ。私は当初の予定を変更して、一人でお祭り見物することに決めた。


「おじさん、それ一つちょうだい」

「はいよ!」


さすがに走り回ってお腹が空いた。今日は蓄えもあるということで、見慣れない大人が出している屋台に並んだ。恐らく近隣の村からお祭り目当てに出稼ぎにきた大人だろう。茶色い丸パンにぶつ切りの鶏肉を挟み、仕上げにトロッとした甘いソースをたっぷりかける。肉の焼ける湯気が甘い香りと混然一体となって、とてもいい匂いだ。久しぶりのごちそうに喉を鳴らすと、私はほくほく顔でかぶりつきながら広場の中央へと足を向けた。


『昔むかーし、我らがサレイドールが、まだほんの小さな町だった頃。町は小高い丘の上にあり、深い森と緑に囲まれた、自然豊かな町でした』


運が良い。広場の中央で丁度見世物が始まるところだった。この語り口、恐らく『サレイドールの姉妹』をやるのだろう。この話はこの街が舞台であると言われていて、お祭りでは人気の演目だ。二人の姉妹が命を懸けて、このサレイドールを守るという物語。この街に住む人間なら誰でも知っているおとぎ話だが、私は孤児院を抜け出すまで知らなかった。どれだけあそこが閉ざされた世界であったか身震いしつつも、しかし気持ちはすでに旅芸人達へと注がれていた。辺りを見回すと丁度よい具合に木樽を見つけた。私はそこによじ登ると、何とか人の頭の隙間から見えないかと、必死に足を延ばして耳を傾けた。


広場には人だかりができており、大人も子どもも旅芸人達の演目に魅入っていた。三人組の旅芸人は一人が魔法を使えるようで、効果的な演出を組んでいる。これを見れないとはザックも惜しい物を逃したものだ。私は夢中になって魅入っていると、視界の端に不穏な動きを捉えた。


広場の反対、人だかりの向こうに大人の男が数人こちらを伺っている。


私は内心舌打ちした。遠目でよく見えないが、どう見ても穏やかな感じには見えない。物語は佳境に入っているというのに、私は深々とため息をつくと、そっと広場を後にした。


裏路地を足音を殺してひた走る。孤児院を出ても、生き抜くことが楽になった訳では決して無かった。孤児院では大人たちに気が付かれないよう、息を殺して過ごしていた。しかし外はもっと複雑だ。暴力を振るってくる大人もいれば、助けてくれる大人もいる。ザックの様に友達といえる子どももいれば、会うたびに取っ組み合いの喧嘩になる子もいる。街での二年間は私をとても用心深くした。そしてその勘が、私に嫌な気配を伝えている。


私は背中に冷たい汗を感じながら、縦横無尽に路地裏を走り回った。追手は巻いたはずだ。しかし、未だに嫌な予感が拭いきれない。幾つもの角を曲がり塀を飛び越えた後に、私は意を決して、ゆっくりと速度を緩めた。太陽は丁度峠を越した所だというのに、この路地は薄暗い。埃っぽさと陰気臭さが澱のように淀んでいる。そして振り返ると、その奥から男が三人、現れた。


「…ったく!手間かけさせやがって…!!」

「よう嬢ちゃん。鬼ごっこは終わりかぁ?」


それは先ほど巻いたはずの二人だった。


ぜぇぜぇと息を切らしているものの、勝ち誇ったような笑みが癪に障った。汗を拭うその表情は、これから獲物を嬲る愉悦に歪んでいる。私はギリギリと奥歯を噛みしめると、精一杯の虚勢を張った。


「どうして私の場所が分かったの。あんたたちごときに見つけられるはず、無いのに」

「ふん!ほざいてやがれ!!お前みてぇな生意気なガキには、躾ってもんが必要なんだよ!」

「よくもさっきは俺たちの獲物を横取りしてくれたな!ふんじばってとっ捕まえてやる!」


こいつらから逃げるのは容易いが、しかしどうして私の居場所が分かったのかを聞き出さない限り、また私は追いつめられるだろう。そうなれば、体力がない分私のほうが不利だ。どうしてくれようかと思いあぐねていると、目の前で男が地面に叩き付けられた。


「…な!!ア、アニキ、どうして…っ!」


それを最後に、もう一人は壁にめり込んだ。一瞬にして血みどろになった二人。私はあまりの事に蒼白になって立ちすくんでいると、路地の陰から大柄な男が一人、のっそりと現れた。


「…止めだ止めだぁ。こんなガキ追いかけまわして、何がメンツだ。ふざけんな。恥かかせやがって」


ごりっと音を立てながら、地面に横たわる男の頭を踏みつぶす。微かにうめき声は聞こえるものの、ゆっくりと赤いものが染みてきていた。


「こいつらが騒ぐから何事かと思ってきてみれば、こんなガキ一匹…。まぁメスガキなら、捕まえて奴隷商人にでも売りさばこうかとは思ったが、それにしたってこんなガキじゃあ…」


屈んで顔をのぞき込んでくるこの男に、心底私は恐怖した。この男は今、何の躊躇もなく二人を叩きのめした。にも関わらず、私を値踏みする目は子どものような好奇心に溢れている。同居するはずのない二つの感情に見つめられ、私は蛇に睨まれた蛙の様に動けなくなってしまった。


「お前、年は幾つだ?」

「…わ、わかんない…」


それは本当の事だった。私は、自分がいつ生まれたかなんて知らない。すると男は顎に手を当てて唸りながら七歳くらいかぁと呟いた。


「お前、どうしてここで止まったんだ。良い逃げっぷりだったぞ。あのまま逃げ切れると思わなかったのか?」

「…嫌な、予感、したから…」


嘘をつけば殺されると思った。しかし男は一瞬きょとんとした顔になると、にぃっと笑って大笑した。


「だははははは!こいつぁ傑作だ!!そうか、嫌な予感がしたかぁ!」


何が可笑しいのか、男は大口を開けて笑っている。しかし髭面の大男が目の前で笑うなど、私にとっては生きた心地がしない。今にも噛み殺されるのではないかとびくびくしていると、男はその大きな毛むくじゃらの手で、がしっと私の肩を掴んだ。


「よし!決めた。お前、俺の所に来い」

「…はっ?!」

「お前の足の速さは天下一品だ。そのうえ、勘も良い。こいつぁ掘り出し物だ」


何が可笑しいのか、目の前で大笑いするこの男に、私は目が釘付けになった。しかしひとしきり笑うと、私が反応が無いのを見て、首を傾げた。


「なんだぁ?嫌かぁ?…じゃあ、売られるか?」


怖気がぞくりと背筋を這い上がり、私は反射的に首を横に振っていた。この男は何の躊躇もなく、その通りにするだろう。最悪、手足を捥がれるかもしれない。男は私の答えに気を良くしたのか、ガシガシと乱暴に頭を撫でた。


「お前、名前は?」

「み、みんなは、ネズミって呼んでる」

「ネズミかぁ!!」


また一しきりゲタゲタと笑うと、路地に伸びた男達には目もくれず、私を連れ去った。それが、私とジュドーとの出会いだった。


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