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ジュドーという男

あれから二年が経った。ジュドーは流れ者のヤクザで、丁度サレイドールに流れてきたところだった。後にあの異常な怪力と風体は、彼が熊の獣人の血を引いているからだと言う事が分かった。ジュドーは持ち前の怪力で荒事を起こし、どんどん勢力を拡大していく。街に元々あったヤクザ者の一派は、勿論の事ながらいい顔はしない。しかしジュドーはうまいさじ加減で彼らの手を封じつつ、着々とその基盤を築き上げていった。


私はそんなジュドーの、汚れ仕事を任されていた。


ある時は相手の弱みを探り、ある時はそっと飲み物に薬を忍ばせ。小さな体と持ち前の俊敏さを生かし、私は後ろ暗いことは何でもやった。ジュドーには随分と重宝がられたものだが、私は時折垣間見る、ジュドーの無邪気さが怖かった。ジュドーは、容赦なく人を殺す。それこそ可愛がっていた弟分だろうが、贔屓にしていた娼婦だろうが、ちょっとでも気に入らなくなったり使えないと判断すれば、何の躊躇もなく切り捨てた。それこそ、ゴミを捨てるかのように。だから私は、いつか自分もジュドーに殺されるのだろうと思いながら、しかし行く当てもなく、漫然と時を過ごしていた。


「おい、ネズミ、最近きな臭ぇな」

「…何が」


今私たちは、スラムにあるジュドーのアジトに居る。スラムにしては日当たりも良いし水の便も良い。昔は誰かの家だったようだが、ジュドーが出入りし始めて、近隣の浮浪者たちは一切近づかなくなった。お陰で、未だ日のある時間だというのに、辺りは静かだ。


「豚領主が、珍しく騒いでる。ありゃあ何か、身の丈に余る悪どい事をやらかしたんだな」


くっくっとジュドーは面白そうに笑うが、私には全く意味が分からない。この街の裏社会を暗躍し始めて、私はいかにこの街が腐敗しているかを思い知った。王都との要衝地である事を良い事に、暴利を貪る一部の貴族たち。その筆頭がこの街の領主で、街で一番の勢力を誇る裏社会と繋がっていた。ジュドーとは何度となく小競り合いを繰り返しており、お互い好感情は持ち得ない仲だ。


その彼らが騒がしいという。しかし私は然したる興味も持てず、ふぅん、と気のない返事を返した。


「お前なぁ。幾ら何でもこの前の簒奪事件ぐらい知ってるだろう。どうせ大方、フォスターの野郎に付いちまってたんだろうよ、豚領主様は」


バンガレにも近いしな、と言うジュドーに、やっと私は去年辺りから街で耳にする事件に思い至った。長く行方不明となっていた王太子殿下が、王座を簒奪しようとしていたフォスター侯爵を討ったのだ。私物化されていた権威は正道へと戻り、街の人々はこれで暮らしが良くなると喜んでいる。そこかしこで交わされる浮かれた話が脳裏を駆け巡り、そして私はまた興味を失った。誰が王様になったところで、生活が変わるわけがない。あんなお気楽な事を本気で語れる大人たちが、私には不愉快だった。


「――そこでだ。お前、一つ領主の所に忍び込んで、あの豚野郎が何をしでかしてきたのか、調べてこい」

「……は?」


これには、流石の私も興味が無いとは言っていられなかった。ジュドーはいつものきな臭い笑みを浮かべてこちらを見ている。口元は笑んでいるが、目元は常に相手を値踏みしている。ここで嫌だと言えば、ジュドーはすぐさま私を切り捨てるだろう。私は震える声を必死に押し隠し、ジュドーに聞いた。


「…あの館はそう簡単に忍び込める物じゃない。塀も高いし、何より魔法が巡らされている」

「ああ。手筈は整えた」


諦めてくれるかと一抹の希望を持ったものの、それも無残に打ち砕かれた。こういう時のジュドーは、既に段取りを終えて、私には拒否権が無い。私は小さく息を吐きだすと、決行はいつかと聞いた。


**********************************


ガタガタと荷馬車が揺れている。立て付けの悪い車輪のせいなのか悪路のせいなのか。箱の中からはうかがい知れなかった。


領主館への侵入を命じられた後、私は風呂にぶち込められた。丹念に体中を洗われ、垢と汚れをこすり落とされ、絡まった髪の毛に櫛を入れる。スラムで生活するのに身なりなんて気にしてない。むしろ、誰にも気が付かれないよう薄汚れて居る位が丁度良い。しかしそんな私の長年の擬態も一時間以上に及ぶ『洗濯』の末、全て削り落とされてしまった。


疲労困憊となった私は、その後はなされるがままだった。町娘が祭りの時に着るような、少し上等な衣装。髪は緩く後ろで結われ、自然に背中へと流される。最後に仕上げとばかりに薄く化粧を施され、見計らった様にジュドーが現れた。


「ほーーー。馬子にも衣裳とはこの事だな。薄汚いガキだと思ってたら、見れたもんじゃないか」


何が可笑しいのか、くつくつと笑っている。私が恨みがましい視線を送ると、鏡を見ろと手渡された。


そして、そこに写っている自分の姿に目を見張った。そこには、金髪の町娘が写っていたからだ。


薄汚れて絡まっていた髪も、泥で汚れた顔も、そこにはいない。一瞬騙されたのかと思ったが、鏡の中の少女は同じように驚いた顔を返した。


「お前、金髪だったんだな」

「……私も知らなかった」


さも面白そうにジュドーがひとしきり笑う。その横で、私に苦行を強いた女がその豊満な肢体でジュドーにしな垂れかかった。


「ねぇ、ジュドー。この子、どうする気?この器量なら客が取れるわよぉ?」


耳につく甘ったるい声。男に媚びる仕草。ジュドーは一人に執着せず、とっかえひっかえ女を変えた。だが私には、どれも同じに見えた。彼女たちはその体と若さを武器に、男たちに自分を買わせる。強かな彼女たちだが、しかしその行く末が短く儚い事も私は知っている。最後には誰にも顧みられず、スラムの片隅で朽ち果てていく彼女たちの何て多い事か。私は自分を彼女たちに重ねて、身震いした。


「そうだなぁ、ここまでとは俺も思わなかったからなぁ。まぁ考えとくさ」


強引に腰を引き寄せ女の首筋に口づけると、女が嬉しそうに嬌声を上げる。そして彼女を下がらせ部屋にぽつねんと残された私を、にやにやしながら値踏みした。


「思った以上だ。本当、お前もう少し出るとこ出たら、そっちも行けそうだな」

「冗談。早く仕事の話を」


反吐が出る。死ぬにしても、あんな死に方は嫌だ。


「くくっ。――この前、俺が始末をつけた田舎商人のマッケローを覚えているか」


私はこくりと頷いた。マッケローはここ半年程、サレイドールに出入りするようになった男だ。タロンで元々名をはせた商人で、サレイドールにも進出してきた。タロンに集まる珍しい品々を扱い、その中には後ろ暗い物も含まれている。扱う商品が面白いということで、当初ジュドーが口利きをしてやった。にもかかわらず、彼は領主達にも通じたのだ。ジュドーは裏切り者には容赦しない。ジュドーは喜々として、文字通りマッケローを切り刻んだ。


「あいつの死はまだ豚どもにはバレていない。丁度あいつが仕入れで街を空けるときに殺ったからな。でだ。あいつは明日、領主に貢物を納める手はずだった。それがお前だ」


私はすっと意識が冷えるのを感じた。スラムでは、サレイドールの領主の加虐趣味は有名だ。特に子どもをいたぶるのが好きらしい。街の人間には手を出さず、外から商品を調達する。その為、表向きは領民からも慕われている、『良い領主』だ。ふと、私はマッケローが扱う商品の中に、人も含まれていたことを思い出した。


「馬車は街の外に用意してある。他の献上品と一緒に、お前は忍び込め」


無言で私は頷いた。いつものことながら、行きの段取りはつけるが帰りはない。適当に、自力で帰って来いということなのだろう。私は昨夜の会話を思い出しながら、またしても強かに頭を箱にぶつけた。このままでは、館にたどり着く前に青あざだらけになってしまう。何度目かの舌打ちをしていると、やっと荷馬車が止まり、外が騒がしくなった。



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