第三十三話 公演 (Expression)
うん、一話で一気に行こうかと思い、賢者編の最後まで全部書いたんですけれど文字数見たら、今で21000文字とか出たんで、ちょっと、キリの良い所で区切って二話分割しようかと。最終修行、なげぇな…。転パートのラストイベントに考えてた”賢者”だけの事はある…。えーっと、沙璃枝のイメージソングは、ドッグデイズ第三期の、クジラに歌を捧げるミルヒ姫の、「ラララ」の歌なんで、あの歌を思いながら呼んで貰えると、嬉しいかも。
沙璃枝はその円柱状の空間で
軽やかなステップを踏んで飛び跳ねていた。
「ラララ~ラ~ララ~ラララ~♪」
そして彼女はそこで歌いながらその髪を棚引かせた。
「ラララ~ララ~ララ~ララ♪」
彼女の澄んだ歌声と彼女が円を踊り
ステップを踏む度に、
その電脳空間に彼女の軌跡の光が散った。
「ラララ~ララ~ラ♪」
また彼女がステップを踏み込むと
その時、彼女の髪に、彼女のお気に入りのコスモスが
髪飾りとして生まれたのであった。
『ほうっ』
賢者はその光景に思わず感嘆の声を上げた。
そこで踊りながら沙璃枝は、
また心の中に浮かべる”それ”を沸き出させる。
それはナツユキソウの白い花びらだった。
それが無数に空間に広がって、風に巻かれながら
まるで雪の様に彼女の周囲を彩る。
「ララ、ラ~、ラララ~♪」
次の瞬間には僅かに沙璃枝は瞳を緩ませ
そこに思いを浮かべる。
それは小川だった。
そして、小川を中心に緑がその部屋の中に広がっていく。
「ラ~ラ~ラララ~、ラ~ラ~ラララ♪」
彼女が歌い、円状にステップを踏む毎に
その電脳空間の世界は、沙璃枝の思い描く
沙璃枝が感じてきた光景を映し出したのだった。
沙璃枝は緑の大地に、今度はコスモスの花を
沢山咲かせていった。
「ラララ~ラ~♪」
沙璃枝の歌声が、その電脳空間に木霊する。
『なんという美しい世界を
この嬢ちゃんは映し出すんじゃい…
こんな死にかけのワシですら
失ったあの五感が蘇ってくるようじゃわい…』
そう言って賢者はその光景を見つめる。
賢者は、沙璃枝に”その問いかけ”をする前に
沙璃枝に心のウィーミングアップとして
今まで自分が通り過ぎて”感じてきた世界”を
この部屋の中に映して、
それを見せて欲しいと言ったのだった。
その抽象的な要望で、
沙璃枝が最初に始めたのは”歌う”だった。
「ララ~~ララ~~ラララ♪」
満面の笑顔で歌声を歌い、その胸を反らし
地下鉄の光景でくぐもったこの世界に
空を…夕焼けの空を映し
そして、赤に染まって流れていく雲を生んだ。
その雲は風に吹かれ、
美しい影の色彩を変化させていった。
『おおお…』
賢者はその光景に押し殺した声で震える。
Bも口には出さなかったが、その沙璃枝が映す世界に
心を振るわせていた。
その時、沙璃枝は床に着地した時に
ふっと心の中の記憶を思い出した。
その記憶は、沙璃枝の服をリモデリングしていき
彼女の服は、浴衣になった。
『おお!?』
その不思議な衣装に声を上げる賢者。
沙璃枝は、ふっとそこで笑うと、
その世界を飛んで泳ぐ様にBの方に向かっていき、
Bの前に立った。
そしてBの手を取る。
「おい、ちょっと…沙璃枝‥」
そんな突然の行動に驚くBに
無言で沙璃枝は微笑むと、手を取ってBを浮かせ
一緒に円柱状のホールに、引きずり込んだのであった。
そして、Bの服を浴衣にも変えていた。
「ちょっと…これもアリなのか?」
舞台に引きずり込まれた事に声を上げるB。
『嬢ちゃんの心に描く光景が見たいと
ワシは言ったんじゃ…
ならそれも、嬢ちゃんの描く光景なんじゃろ?
アリじゃよ、アリ』
そう言って賢者は楽しそうに笑った。
沙璃枝はBの手を取って、今度は祭りの時にする
静かな踊りに踊りを変えてBと踊り出す。
するとその時、世界は夜に変わった。
うっすらな光の中で、
緩やかな踊りをそこで始める沙璃枝。
Bは沙璃枝に導かれるままに、下手な踊りを合わした。
「ララ~ララ~ラ~ラララ♪」
静かな踊りをしながらも、歌い続ける沙璃枝。
その時、二人の背景の夜に花火が打ち上がった。
ドン!と衝撃的に。
『おおおおっ!!!』
その突然の衝撃に、思わず歓声を上げる賢者。
そこで、沙璃枝は歌を歌い終わり。
ぺこりとお辞儀すると、今度は無言のまま
Bの方を見上げた。
そして、その手に綿菓子を生み出す。
その綿菓子を沙璃枝はBに持たせよう、指しだした。
「ちょっと何よ?」
そんな沙璃枝の行動に口をとがらすB。
しかし沙璃枝は、言葉を発さず
それを手に取れという風に動かして、また笑顔を浮かべた。
仕方なく、その綿菓子を手に持つB。
その時、沙璃枝はBの手に持った綿菓子に食いついて
そしてBの腕に腕を絡めた。
「ちょ…沙璃枝…」
そんな沙璃枝の突飛な行動に目を白黒させるB。
しかし沙璃枝は何も言わず、
腕を強く組んで楽しそうに微笑んだ。
『まぁ小僧、嬢ちゃんが感じた”世界”なんじゃ
合わせてやれいや…』
そんなへっぴり腰の直弟子の姿にカカカと笑う賢者。
その賢者の言葉を聞いて、
無言のまま賢者に満面の笑みを送る沙璃枝。
沙璃枝は浴衣を元の服に戻すと、
Bを離し、Bを舞台の外に行くように
サイバーリンクの制御の力で移動させていく。
そして、その部屋の真ん中。
沙璃枝は、そこに色取り取りの、
四角い食用キューブを沢山出現させた。
『んん?これは?』
その一見、謎の小さなキューブを見て
それに疑問を感じる賢者。
沙璃枝はふっと、その瞳を閉じ
その次の瞬間に瞳を開けたときには
それがリンゴやザクロ、様々な果実に変わっていった。
『おお!』
賢者はそれを見て、その意味を直感的に理解する。
沙璃枝はそんな賢者の歓声を聞いて僅かに微笑むと
その1つリンゴを手にとって、それを賢者の脳味噌に
おもむろにゆっくりと投げつけた。
『食わしてくれるんかの?
こんなサイバーリンクの曖昧な味覚だというのに…』
そう言って賢者がそのリンゴを吸収した時…
『うわっ!なんじゃこの味は!!
なんという個性的な味なんじゃい!!』
そのぼやけた味覚ですら、そう感じるしかなかった賢者。
そして、そんな驚く味のリンゴを問おうと
沙璃枝を見た時
沙璃枝の背後には映像が映っていた。
沙璃枝の背後には、中東の風景の中
周囲をみんなで見回している難民の子供達が、
映っていたのであった。
『ほぉ…なるほどの…
これはそういう味なのかの…』
言って賢者はそれが何なのかを、
沙璃枝の無言で直感的に理解した。
沙璃枝はその光景の後で、
また周囲にコスモスの野原を映し出し、
そのコスモスを髪に飾った。
そして、そこに心臓の鼓動を乗せ
その世界にドクンという音を響かせる。
音と共に光の流れが宙に生まれた。
その複雑で無数の光の線の流れが
心臓の鼓動の音と共に流れ、
環を作りそれを巡って循環する。
血液の赤ではなく、
白を基として虹色に光るその光の血流は、
心臓の鼓動と共に、流麗に流れ
光の循環がとても美しく流れ巡った。
『おおお…おおおおお…』
賢者はその光の循環、光の血流に驚嘆した。
その光の循環が一定時間続いた後
それは消えて、
元の地下鉄のイメージである円柱の部屋に戻る。
沙璃枝は公演を終え、
賢者の前で、ぺこりとお辞儀した。
そんな沙璃枝の公演終了の仕草に
体はなかったが、賢者は電子音で、
パチパチパチと拍手を送った。
『素晴らしい物を見せて貰った…
美しい…
なんという美しさじゃよ…
このエモーション…
もう、これは完璧じゃの…』
「だなぁ…」
賢者の言葉に、同じ様に惜しみない拍手を送るB。
『嬢ちゃん…お前さんの世界を感じる力に
人に劣るところ等、何1つもない…
いや、人以上に、世界を感じれてるのかもしれん。
その感じた物を、相手に触れたとき
心の思うままに沸き立たせ、形にすればいいのじゃよ。
それが心の具象化じゃ…
それは、熱心な訓練も必要じゃ…
舞台で公演する公演者は、たゆまない鍛錬で
それを見る者に表現し、
見る者を感動させていくのじゃからな…
じゃが、それは鍛錬の深さであり…
心の中に何があるのかを、
具象化する能力をより洗練するというだけの話じゃ…
心の中に、魅せたいモノがなければ
どんなに完全な”型”見せても、心には響かん。
心なき具象化は、何も無いのじゃ…
心があって、それを伝える具象化を経て
その時、相手への心に伝わる…』
「それが、心の具象化…」
『そうじゃ…』
沙璃枝は、自分が感じたモノを
映して見せろという賢者の指示が
自然に心を変形させて具象化させる事への
指導訓練だった事に気付き、僅かに震えた。
なるほど”賢者”だと思った。
『しかし、このエモーションだけでも、
もう十分に思えるの…
エモーションでは、人の心を振るわせれない
そんなわけではないのじゃからな…』
「そりゃそうだ…
エモーションを使いこなすだけで
本来、十分だ…
才能が無ければ云々で
気持ちが、人に伝わらない訳じゃない…
むしろ鍛錬で精練できる
エモーションの方が、
よほど伝えるには汎用的な力だな…」
言ってBも賢者の言葉に頷いた。
『じゃのう…
いつ現れるのか
流れの中のタイミングでしか現れない、
難しい”アレ”よりは…
少し時間はかかれども、
確実に相手の心に忍び寄る
エモーションの方が、
普通に強力な心の槍じゃわい…』
賢者はそう溜息混じりに言ってカカカと笑う。
『むしろ、今見たワシの光景を
同時に、全世界の者に見せれるような…
そんな、全世界を繋ぐ共感でもあればの…
それならば、本当に
全世界の人の心の中に、
直接、心の槍を突き刺してやれるだろうにの…』
そう言って賢者は寂しそうに笑うしかなかった。
賢者の脳がその思いにショボンと萎れる。
その何気ない賢者の言葉に、
しかし、不意に沙璃枝の意識と無意識、
その二つに同時に、風の様な何かが、
吹き抜けた様な気がした。
(全世界を繋ぐ共感)
その賢者の言葉が、沙璃枝の電脳を駆け巡り
それは意識には”何かのしこり”でしか無かったが
無意識の世界では、沙璃枝のδ領域に一瞬の間に
それが槍として突き刺さり、
その槍に無意識達がざわめいた。
そして、それはεの扉と共鳴し
εの中に吸収されていって、その部屋の中
そこで、何かの恣意と共鳴し
突如、何かが急速に生成され始めたのだった。
それを認識さえできなった沙璃枝は
その”しこり”さえ認識できなくなり、
ただ自分の心に沸いた興味の方に意識が移った。
「あの賢者師匠…
1つだけ聞いてよろしいですか?」
その時、沙璃枝は口を開き、賢者に問いかけた。
『何じゃね? 電脳の女神になる御方…』
賢者はその時、彼女をそう評した。
その評価に肩を上げるB。
しかし沙璃枝はその言葉をそのまま受け止めて
ただ心の中に浮かんだ質問を投げるしかなかった。
「どうして貴方は、
若いときにプラタ-を壊し回ったんです?」
そう言って沙璃枝は彼がテロリストとして
暴れ回った理由を尋ねた。
『ふむ…じゃぁ簡単に…』
「はい」
『嫌いじゃったからじゃよ…』
「え?」
『大嫌いだったからじゃ…
プラタ-という考え方が』
「どうして?」
『どうしてかの?
よくわからんの…
まぁ、本物に思えなかった
それだけかの』
「それだけの事で
壊し回ったんですか?
サイバーリンクを…」
『それじゃ駄目かの?』
「さぁ?
そんなに他の理由は
要らなかったんですか?」
『要らんの…
本物に思えないから嫌い
それだけじゃ駄目なのかの?』
「真っ直ぐですね…」
『カカカカ、そう真っ直ぐだったんじゃの
それが若さだったのじゃと
笑ってはくれんかの…』
「んーーどうですかね…」
『まぁ、何かの…
”地下鉄”に思えたんじゃ
そのプラタ-と称する
その世界も
そんな考え方も…
ワシにはの…』
「地下鉄?」
不意に沙璃枝はそんな賢者の表現に眉をひそめた。
『そう”地下鉄”じゃ…
じゃがこれは…
嬢ちゃんへの
大事な問いかけの時に
一緒に話そうかの
今は、とにかくありがとう…
少し休みなされ、嬢ちゃん…
無理を言って疲れたじゃろう?
その後に…
大事な話をしようぞい』
そう言って賢者はカカカと笑った。
沙璃枝を別室で休ませ
賢者はBと一緒に酒を飲んでいた。
『のう小僧…
わしゃ…今
人類の黄昏の時に
おるのかのしれんな…』
「そうかい?」
『しかし満足じゃよ…
人に絶望したワシが
あの電脳の女神に希望を感じた。
人類が、淘汰されたとしても
それならそれでいいと
あの女神を見れば思えるの』
「プラタ-は不完全だと
壊し回ったあんたがか?」
『プラタ-は
存在が不完全じゃと思ったからじゃ…
あれは、人を人でなくす機械
ワシにはそうにしか思えんかった…』
「じゃあ、沙璃枝はどうなんだ?
あれも人が作り出したモノだろう?
不完全なモノじゃないのか?」
『人間だとて、完全なモノでもなかろう?
不完全である事が、不満なのではない。
人が人でないのが不満なんじゃ。
じゃが、あの子は違う…
あの子は人間じゃ…
今では人間以上に人間じゃ…』
「そうか沙璃枝は、人間以上に人間か」
『なんじゃい、それが不満なのか?』
「いや、不満じゃないさ…
ただ疑問だな…」
『疑問?』
「何がプラタ-と沙璃枝の違いなんだろうな?ってな
プラタ-の中に居る
バーチャルガールと沙璃枝は
何が違うんだ?」
『それは…
愛じゃな』
「愛?」
『大井のアホが作ったから
あの子は人間になれたんじゃ…
大井はアホじゃったが…
世界で一番歪んでいても
それがプラトニックラブじゃった。
それがあの子を人間にした。
つまり人間を作るのは、
結局、愛なんじゃ。
それがよく分かったよ…』
「作り出すモノに、
魂が宿るかどうかは
そこに愛が込められていたか、そうでないか?
という事か?爺さん」
『でなければ
この世界は説明できまい…
美術品の様な
明らかに命の脈動さえない物にも
間違い無く人間が宿る。
それは、愛を注いで
作り出されたからではないのかの?』
「ふふふ…
そりゃ面白い考えだな…
愛だけが人を生み出すなんてな…」
『そうじゃの…』
それに二人は笑い、酒を互いにぐいっといく。
『しかし小僧…
お前さん
前より少し変わったの…』
「なんだい爺さん
やぶからぼうに…」
『いや、何となくじゃがの…
前に会ったときより
変わった気がするんじゃの』
「どう変わったんだ?俺は…」
『前のお前さんは、
ただ人を捜しているだけの
ワシと対して変わらん者じゃったの…』
「今でも、
何も変わって無いと思うが?」
『基本的には、何も変わっておらんよ。
じゃが、僅かな変化じゃが…
お前さん、人を捜すのと同時に
人を導く者の、形相が、混在しておる』
「ほう、そうかい…
まぁ、そりゃそうだろう…
沙璃枝が人になりたいと言って
一生懸命だったのを、二人三脚で…
どころか、家族何脚になるのか…
家族ぐるみで、人を目指して探していたんだ。
そりゃ、導く事も、導かれる事もあったさ。
たった数日の事なのに
濃密な時間が過ごせたよ…
なら、少しは変わるだろ?」
『だからかの?
お前さん、昔会ったときより
良い笑顔する様になっとる…』
「俺がか?」
『そういうのは自分では
気付かんもんじゃて…』
「そうか…
そういうモノか…」
『そういうモノじゃ』
「ふふふ…」
『カカカカ…
じゃぁ聞かせて貰うぞい…
お主の…いや…
お主達家族の…答えを…』
「おう、聞いてくれ…
たったこの僅かな時間だったというのに
師匠が導いてくれたおかげで
沙璃枝は間違い無く成長した…
きっとこれが必要だったんだ。
だから…もしかしたら、
今なら…」
『カカカカ…
ほんのちょっとの時間のハズが
よくよく考えると
お前さんとは長い付き合いじゃったな、小僧』
「なんだい爺さん…
突然…」
『まぁ、ワシももう
余命幾ばくもないからの
大井のアホも逝った事じゃし…』
「そうか…
でも、爺さん居なくなったら
寂しくなるな…」
『そう言ってくれるのか
嬉しいの…』
「そんな脳味噌になっても
まだ嬉しいという感情は
残っているのか?」
『脳味噌だけになったからこそ
感情のみが残っておるんじゃ…
この感情が無くなった時
それが、ワシが終わるときじゃ』
「そうか…
そういうモノか…」
『そういうモンじゃ…』
そう言い合って、二人は飲んだ。
まーー、続いてたのを分割しただけなんで、次を出すまでは、特に言う事は。なんか「具象化」とか不思議な言い回しにしてしまいましたが、要するに、絵なり音楽なり小説なり演劇なりパフォーマンスなりの、表現公演の事です。ただ表現の公演というのが、どーも言葉的にイマイチ、インパクトに欠ける気がしたんで「心の槍の具象化」なんて、格闘漫画風の言い回しにしてみたり。