第13話 砂漠の少女 4
ロマリア=スタンフィーナが妹のもとにたどり着いた時、運転席には笑顔で手を振る妹の姿、そして助手席には憮然として座っている知らない少年の姿があった。
「ごめんね、お兄ちゃん。帰れなくなっちゃって・・・」
ロマリアは大きく溜息をついた。どうして自分の妹は後先を全く考えないのだろうか。
「・・・まあ、無事で何よりだ。戻ったらみっちりと小言を聞かせてやる」
エリナは唇を尖らせた。怪我などもなく、無事な様子にロマリアほっと胸をなでおろした。
ロマリアのところにエリナがいないと言う知らせが来たのは昼前のことだった。奔放な性格なので大して気にも留めていなかったが、車もないと聞かされたときは、正直背筋が凍った。それから3時間ほど、砂漠を縦横無尽に探し続け、赤い信号が上がった時は流石に罠かと疑ったが、実際に来てみて正解だったようだ。
「まあ、いい。・・・それで、後ろの少年は誰だ?」
少年は表情を動かさずにこちらを見ていた。年のころは15,6歳だろうか。茶色い髪に白い肌。腰に提げている長剣が印象的だった。
「ああ、ロイはあたしが襲われていたところを助けてくれたのよ」
それを聞いてロマリアは愕然とした。そんな危険なことになっていたのかという思いと、それを嬉々として語る妹に対する失望だろうか。
エリナは車を降りて、機械に被さっている砂を払った。そこには鳥のような機械があった。
「・・・M-492F!!ほんとうか!?」
エリナは無言で首肯した。だが、ロマリアにはあまりにも信じがたい事実だった。大砲やらの大型武器があるならいざ知れず、剣一本で壊せる代物ではない。
―――ほんとに・・・人間か?
疑いをかけた視線はロイと交わり、すぐにそらした。少年の目は暗く、深い。まるですべてを飲み込む闇のようだった。
その場所からドートリアまでは一時間とかからなかった。普通迷うはずもない。と、ロマリアが言って、エリナは居心地悪げに頬をかいた。
「誰にだって失敗はあるわよ!!」
とは彼女の言。しかし、ロイは二度とエリナの運転する車に乗らないと心に誓っていた。国に来るまでも、急ブレーキ、急アクセルは当たり前、あまりにも鋭いハンドルさばきに何度も横転を覚悟した。砂漠なのだからまっすぐ走ればいいはずだ。運転を変わろうか?と何度も言いかけたが、真剣そのものの表情を見て諦めた。
―――そして、現在、ドートリアの城門にいる。
「でかいな」
開口一番、ロイはそう呟いた。それは国と言うよりも塔や要塞に近かった。オアシスの恩恵の上に建ち、強烈な威圧感で聳え立っている。オアシスを覆うようにして造られた城壁は確かに砂漠の中にあるのだが、冷たい深海のように一切の侵入を拒んでいるように見えた。
建造物を一目見るだけでその国の技術力の高さを窺い知れた。恐らくケムトよりも進んでいるだろう。事実、その高さに違和感すら感じたケムトの街の壁よりもずっと高い。
しかし、考えてみればそうれは当然のことだ。空を跳ぶ敵と戦うのに、低い城壁では意味がない。更に、見晴らしのよい砂漠と相成って、絶好の展望台にもなりえる。
ロイがそれに見とれている間も、二台の車は城壁に沿って走り続けていた。
「なあ、まだか?」
ロイが訊ねた。その声は低い。度重なる運転の無茶ぶりに、ロイは精神も肉体も疲弊しきっていた。
「・・・・・・」
エリナは答えない。必死に兄の車の後ろを追っていた。確かに、その質問に答える意味はない。未だに入れていないという事はまだに決まっている。
砂埃が上がって、前の車が止まった。それにあわせてエリナもブレーキを踏む。勿論それは急ブレーキで、ロイの体は前のめりになった。既に慣性に抗えるだけの気力も体力もなかった。確実に歩いた方が疲れないだろう。
ロマリアが立ち上がって赤と白の二つの旗を取り出し、何らかのサインを出した。エリナは黙ってそれを見ている。ロイも同様にしていた。しばらくすると、城壁の2、3階に相当する部分が開き、スロープになった。二台の車はそれを登り、中へと入った。
「へえ、考えてるんだな」
ロイが感嘆の声をあげると、隣でエリナが言った。
「戦争中だからね。城壁に穴を開けるわけには行かないし、外に出ないわけにもいかない。それで戦争が始まった2年前に改築されたの」
ロイがへえと声を上げる。車は車庫のようなところに入り、二台の車は並んで停まった。エリナがニッコリとロイに微笑みかけた。
「ドートリアへようこそ!!」