第14話 砂漠の要塞 1
にこりと笑った少女の後頭部に拳骨が降った。それなりに手加減したのだろうが、ゴンと言う鈍い音がロイの耳にも飛び込んできた。
「いった~~い!!何すんのよ!?」
エリナは頭を押さえながら振り返った。しかし、はじめは反抗的だったその表情も、兄の顔を見るとしだいにおびえに変わってった。そこには鬼のような顔をした軍人が仁王立ちをしていた。
「さあ、エリナ。言いたい事があるんだろう?存分に聴いてやろうじゃないか」
「・・・・・・あは」
鬼ののような表情の兄にエリナは愛想笑いを投げかけた。瞬時にロマリアの額に怒りマークが浮かぶ。軽い冗談も受け流せないほど怒っているらしい。ロイはその様子がおかしくて、口元が緩んでしまう。しかし、ロマリアはそんなことを気にせずに、エリナを車から降ろし、襟を掴んだ。そのままずるずると後ろ向きに引きずろうとする。
「ちょっと待ってよお兄ちゃん。ロイはどうするの?」
思い出したようにロマリアの足がピタッと止まった。それもそうだな、と小さく呟いた。左腕の時計を外し、ロイに渡した。
「3階に上がってしばらく国を見て回っていてくれ。見慣れない格好だが、うろちょろしなければ大丈夫だ。話が終わったら迎えに行かせる。不審がられたらその時計を見せろ」
なるほど、とロイは手の中の時計を眺めた。その黒い時計版には銀色の文字で、『ロマリア=スタンフィーナ』と彫られている。この時計ひとつ見ても、この国の技術力の高さがうかがえる代物だ。左腕につけると、わずかに光を反射した。
「・・・それと、地下は軍事施設で立ち入り禁止だ。あと10階以上は居住区だから、行かないほうがいい。不審がられるからな。正式な入国手続きは後でしよう」
わかった、とロイが歯切れよく返した。ロマリアは少し考えた後、口を開いた。
「・・・妹を助けてくれて、ありがとう」
「じゃあね、ロイ。また後で」
エリナがブンブンと手を振った。ロマリアはそれを意に関せず、ずるずるとエリナを引きずってゆく。ロイは腰に手を当て、鼻でふっと笑った。二人の姿が見えなくなると、駐車場を出た。
「座れ」
部屋に入るなり、ロマリアはエリナに向かって言い放った。エリナは反抗をせずにそれに従う。その小さな部屋には椅子が二つ、向かい合うようにして置いてあり、ロマリアはエリナの向かいに腰掛けた。
「さて、何か弁解はあるのか?」
前かがみになって、膝に肘を当て、目の前で指を交差する。エリナの表情は多少悪びれてはいるものの、深刻な感じではない。それが更にロマリアを苛立たせていた。
「でも、いいじゃない!結局なんともなかったんだから」
ロマリアは自分の額に皺がよるのを感じていた。いつもと全く違う、にこりとも笑わない兄の表情を見て、エリナはようやく自分のしたことの重大さに気が付いた。
「いいか、エリナ。あのまま捕虜になっていたら、カルタゴラはどんな尋問、拷問を使ってもお前から情報を吐かせていたぞ。その情報は確実な優勢をカルタゴラに約束する。お前の判断ひとつで1万人近い国民すべてが危険に晒されるところだったんだぞ!」
エリナは背中を丸めて俯いていた。確かに短慮だったと思う。ロイがいなければ確実にやられていただろう。
「でもあたしはっ、あたしはみんなの力になりたかったの!!いつまでもお荷物みたいに扱われるのは嫌なの!みんなに認めてもらいたかったのよ!!」
それを聞いてロマリアは目を閉じた。確かに妹は軍の演習でもいい成績を残してはいない。しかし、それは一年目の軍人としては当たり前のことだ。かく言うロマリアも始めは何度も上官に檄を飛ばされたものだ。
顔を上げるとエリナの目が潤んでいた。ロマリアは優しい口調で告げた。
「始めはみんなそんなものさ。だからこそ始めは上官の指示を仰いで行動することが必要なんだ。焦って無理する必要はない。それに試験をパスしただけでも十分力量はある」
ドートリアの軍入隊試験は厳しい。しかし、愛国心の強い国民はこぞって国を守ろうと応募する。その毎年200人近い応募者の中から、選ばれるのは20人ほどだ。女性の場合はただでさえ応募者が少ない上に試験内容は男女平等で、それ故に女性の軍人は少ない。エリナは女性軍人として実に5年ぶりの入隊となっていた。それだけでも十分に評価はなされているのだが・・・。
「それでもあたしは早くお兄ちゃんたちの力になりたい!」
エリナは顔を上げ、ロマリアを見すえた。
「・・・それで、一人で行った、か。だが、エリナ。お前の行動は一歩間違えば軍籍を剥奪されていたかも知れないんだぞ。もし行ったのが俺じゃなかったら間違いなく軍事裁判ものだ!!」
その言葉にエリナはびくっと肩を震わせ、俯いた。
「・・・わかってるわよ。けど、この2ヶ月の沈黙期間にカルタゴラは戦力増強しているのよ。あたしは嫌よ。この国が、みんながいなくなっちゃうなんて!!」
―――ああ、わかっているさ。
しかしロマリアは言わなければならない。上官として・・・いや、兄として。
「だからと言ってお前が犠牲になるのか?それに何の意味がある。お前一人の犠牲でみんなが助かると言うのか!?」
「・・・それはっ!」
二人の視線は微動だにせず、お互いを見据えていた。ふと、ロマリアは目を細めてエリナを見、口を開いた。
「頼むから・・・頼むからお前は生きてくれ」
エリナの胸がズキンと痛む。エリナの脳に今は亡き両親の顔が思い浮かんだ。といってももうほとんど覚えていない。手元に残されたのは、たった一枚の写真だけ。エリナが6歳のときにカルタゴらとは別の国との戦争で死んだ。あれからもう11年。ロマリアは16歳のそのときから軍に入り、自分を育ててくれた。エリナにとって、ロマリアは兄であると同時に父親でもある。
「俺はもう、家族を失いたくはない」
胸を締め付ける痛みのせいでロマリアの目を直視する事が出来なかった。
「・・・・・・ごめん、なさい」
うつむいたエリナの頭に手が置かれる。その大きな手は、続いて優しく撫でてくれた。
「お前が無事で良かった、本当に」
その声は優しく、いつも自分の身を案じてくれる兄の声だった。
「お兄ちゃん」
エリナは顔を上げた。ロマリアは優しく笑いかけている。
「ごめんなさい。あと、探してくれてありがとう」
「当たり前だ。家族だからな」
ロマリアは微笑みながらゆっくりと頷いた。
「・・・これは凄いな」
3階の中央、庭のような広い場所に出て、ロイは驚嘆の声を上げた。地面は芝で、子ども達が元気に走り回っている。隅のほうにはカフェテリアのようなところがあり、若い母親だろうか、笑いながら語り合っていた。しかし、時折不審そうな視線がロイに刺さる。まあ、ロイは例によって例のごとく不審者の様な格好をしているので無理もない。
塔の周りの窓は全て硝子張りで、西日を受け、芝を赤く染めている。いい加減腹も減ってきたなと思い周囲を見渡すと、いい匂いが鼻腔を付いた。欲望につられて足が勝手に動き出した。
「おっ、兄ちゃん。食ってくかい?」
カウンターで何かを作っているのは体格のいい四十路くらいの男だった。
「これはなんだ?」
看板には“イェーガサンド”と書かれていた。全く聴いたこともない名前だ。
「ああ、イェーガってのはここら辺りに生息しているオオトカゲのことだ。それをパンで挟んで、豪快にかぶりつくんだ」
トカゲ、と聞いて少し引いたが、それでも悲鳴をあげる腹を見捨てることは出来ない。
「1つくれ」
ロイは言ったが、男は怪訝な顔をして訊ねた。
「金はあるかい?1つ50ピ-クルだよ」
確かに今のロイの格好は文無しの浮浪者に見えなくもない。ロイは少し考え、袋の底の方にある、小さな袋を取り出した。
「これでいいか?」
グリンにもらった銀粒を1つ取り出し男に差し出した。男は疑わし気にそれを受け取ると、目を丸くした。
「これっ!お前、こんな高価なもの受け取れねえよ!」
「・・・・・・?」
グリンが少しの躊躇もなくくれたものだったので大した価値はないと思っていたが、どうやら相当の値打ちものらしい。また1つグリンさんに感謝だな、とロイは考えつつ、目の前の男はかなり正直でいい人だと思った。ケムトの悪徳商人なら何も言わずに懐に入れるだろう。
「この階のちょうど反対側くらいに換金所があるから、ピークルに変えてくるといい。もうじき閉まっちまうから急げよ。それとまだ持っているみたいだが、換えるなら一つだけにしとけよ」
ロイはわかったと頷き、礼を言った。
「作って待っててやるからな」
ロイは袋の口を縛ると、肩に担いだ。分厚い塔の外壁分を差し引いても、この階層は相当広い。逸る腹をさっさとなだめようと、ロイは駆け出した。




