10話 動き
扉を開けた瞬間、空気はすでに重かった。
ギルド内部の奥、通常の報告では使われない小部屋。
そこに久世は一人で座っていた。
机の上には数枚の資料。
だが整えられてはいない。
“整理しきれていない情報”がそのまま置かれている。
「来たか」
短い声。
それだけで場の重さが固定される。
久世は視線を上げないまま、一枚の資料を押した。
「銀星騎士団、副団長パーティー」
説明はない。
記録だけが並ぶ。
――四十五層帯への定期潜行
――戦闘記録の欠落
――回収量と消耗の不一致
俺はそれを見てすぐに理解する。
これは、ギルド側が握っている情報だ。
久世は言う。
「どう見る」
俺は紙を見たまま答える。
「不自然な動きですね」
久世は何も返さない。
次の資料を出す。
そこには断片的な記録が並んでいる。
痕跡のない戦闘区画。
魔物反応の消失。
不自然な空白領域。
「状況証拠は、揃っている……ということですか」
俺はそこで視線を上げる。
久世の指は止まっている。
俺は言う。
「隠し構造の内部には、実際に入ったと昨日お話ししましたね」
空気が一瞬だけ変わる。
久世の目が初めて明確にこちらを向く。
だが驚きではない。
待っていたという顔だ。
「そこで何を見た」
今度は問いが変わる。
確認ではなく“取得”だ。
俺は一度だけ息を置く。
そして言う。
「キメラの錬成です」
その瞬間、久世の動きが止まる。
「最上級禁忌か……銀星騎士団は、恐れ知らずだな」
怒りを帯びた、呆れ声だ。
「続けろ」
俺は続ける。
「複数の魔物素材を統合し、異常な再構成が行われていました」
「個体は既存種ではなく、意図的な再設計に近い形です」
久世は一言も挟まない。
だが紙の端がわずかに動く。
指が強くなっている。
俺は続ける。
「実験は単独ではありません」
「副団長のパーティーと、実験班らしき白衣の男達の集団が確認できました」
そこで久世の目がわずかに細くなる。
初めて“人”の話に反応した。
「副団長のパーティー……それは間違いないか」
問いかけられる。
俺は思い出しながら言う。
「指揮を取っていたのは銀灰色の髪の男でした」
「その隣には観察役らしき黒髪の女性」
「それから茶髪の若い男と、大柄で重装備な男がいました」
久世は沈黙する。
「なるほど。間違いないようだ」
やがて久世はゆっくりと息を吐く。
そして初めて、はっきりと言う。
「これが明らかになれば、銀星騎士団は確実に破滅する」
「ダンジョン秩序管理局を動かそう」
「証拠を掴めば、逮捕に踏み切れる」
久世がこちらを向いた。
「黒崎遼」
はっきりと名前を呼ばれる。
これは評価の切り替えだ。
「君が見た場所を押さえたい」
俺だけが握っている情報。
位置。
隠し通路という“座標”。
久世は続ける。
「我々は、まだ現場を確認できていない」
視線が真正面に来る。
逃げ道のない確認。
「そこを知っているのは君だけだ」
沈黙。
そして結論。
「協力してもらう」
命令ではない。
だが拒否を前提にしていない。
俺は一度だけ頷く。
久世はそれを見て、小さく息を吐く。
緊張ではない。
計算が終わった呼吸だ。
「これでようやく揃った」
誰に向けた言葉でもない。
だが、すべての前提だった。
扉が開く。
久世が立ち上がる。
その背中はもう迷っていない。
部屋を出る直前、振り返らずに言う。
「次は現場だ」
扉が閉まる。
残された部屋には何もない。
だがもう、状況は完全に変わっていた。
“情報”は揃った。
あとは、崩すだけだ。




