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【完結】追い出された白猫姫は、王太子にお猫様として溺愛される  作者: 木風


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第二十四話 お前が人間だったら良かったのに

偽ミレイユ——魔女——の苛立ちは、もう隠しきれないところまで来ていた。

目に見えて増している。どころか、近くにいれば空気でわかるほど。

魔女がミレイユを追い出せないのには、はっきりした理由がある。


殿下が保護しているからだ。

王妃もいる。王様もいる。

さらに今や、宮廷の侍女や侍従の多くが『お猫様』の支持者になっている。


不吉の象徴であるはずの『猫を追い出せ』という命令を、今さら正面から口にしようものなら、白い目で見られるのは明白だった。

むしろ、誰のほうが非常識なのかを問い返されてもおかしくない。


(魔女にとっては、想定外だろうな)


ミレイユはそう思いながら、書棚の前で静かに観察を続けた。

魔女の計画は、王太子の婚約者として王宮に定着し、やがてそのまま結婚まで辿り着くことだったはずだ。

けれど蓋を開けてみれば、王太子は婚約者にさほど興味を示さず、むしろ王宮の白猫ばかり気にかけている。


(……殿下が私を気にかけているのは、猫だから、という理由だけど)


そこはちゃんと冷静でいなければならない。

王妃も、王様も、侍女たちも——みんな猫であるミレイユと仲良くなった。

それは嬉しい。助かっている。何度も救われてもいる。

でも、やっぱり人間に戻らなければ意味がない。


(これが解決しなければ……魔女が仮に追い払われても、『本物のミレイユ』として認めてもらえなければ意味がない)


課題は山積みだった。

魔女を暴くこと。

変身魔法を解くこと。

そして、猫ではなく人間として、自分が本物だと証明すること。


その日の夕方、侍女たちの『お猫様接見時間』が終わったあと。

ミレイユが廊下を歩いていると、角を曲がったところで魔女と鉢合わせした。


魔女はミレイユを見た。

ミレイユも魔女を見た。


魔女の顔に——ミレイユ自身の顔に——苛立ちと、冷たい何かが浮かんでいた。

同じ顔立ちのはずなのに、こうして向き合うとまるで別人に見える。

目の奥にある温度が違いすぎた。


「まだいるの」


低い声だった。

もう『ミィちゃん』などという、余裕のある呼び方ではない。

廊下には誰もいない。だから取り繕う必要もないのだろう。


「殿下がどれだけ可愛がっても、あなたは所詮猫よ。そのうち飽きられる。あるいは……」


魔女が一歩、近づいた。


「飽きられる前に、いなくなってもらってもいいのよ」

(脅し、ね)


ミレイユは動かなかった。

耳は少し伏せたが、後ずさるつもりはない。

魔女の目が細くなる。


「なぜ逃げないの」

「ニャア(逃げる必要がないから)」

「……賢いふりをして」


魔女が吐き捨てるように呟く。

その声には、もう隠しようのない怒りがあった。

優雅を装う余裕が薄れてきているのが、はっきりわかる。


「このままにはしておかないから」


魔女が歩き去っていく。

ミレイユはその背中を見送った。


(そう……そのままにしておくつもりはない。でも、それはあなたも私も同じよ)


廊下に一人残されて、ミレイユは静かに思った。

そろそろ、こちらも本気で動かなければならない。

偽物は必ず、どこかで綻びを出す。

猫の体のままでは直接できることは限られているけれど、それでも、何もできないわけではない。


(殿下を信じる)


それはもう、根拠のない勘ではなかった。

保護されてから今日まで、この人を見てきた。誰よりも近くにいた。

疲れているときの顔も、笑う顔も、黙って考え込む顔も知っている。

この人は、真実を見誤らない人だ。

少なくとも、見誤ったままで終わる人ではない。


(だから、きっと大丈夫)


その夜。

殿下の足元に座りながら、ミレイユはいつものようにぐりぐりしていた。


「ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ(うぅ……今日もやってしまってる……盛大に……)」

「ぐりぐりぐりぐりぐりぐり(でも、もう開き直る。猫だもの。仕方がない。殿下が疲れているとき、私がそばにいたいと思うのは、猫の本能で……いや、本能だけじゃないかもしれないけど……)」


殿下の手が下りてきて、ミレイユの頭を撫でた。

耳の後ろから首筋へ、ゆっくりとした手つきで撫でられる。


(……温かい)


ミレイユは目を細めた。

喉が勝手に鳴る。体が力を抜く。

こうして撫でられていると、どうしようもなく安心してしまう。


(必ず人間に戻る。でも……人間に戻ったあとも、この人のそばに、いられるだろうか)


婚約者として、正式に。

嘘も魔法もなしに、ただミレイユ・ド・ブランシュフォールとして。


(……そうなれたら。あなたはまた撫でてくれますか?)


ミレイユはゆっくりと目を閉じた。


(そうなれたら、それ以上のことは、何もいらない気がする)


殿下の手が背中を撫で続ける。

暖炉の火が揺れている。

喉が、静かにごろごろと鳴っていた。


やがて殿下が就寝し、ミレイユはベッドの端でしばらく起きていた。

最近は、殿下が眠ってからすぐに動く。

今夜も、寝息が深くなったのを確認して、そっとベッドの上を進んだ。


「ぺろ(今日も……疲れていた)」

「ぺろぺろぺろぺろ(ああ、またやってしまった)」


けれど今夜は、何かが違った。

殿下の寝息が——変わっていない。


ミレイユは固まった。


「……今夜で、何日目になる」


殿下が静かに言った。


(おきてた!!!!また!!!!)


ミレイユは石になった。

いや、白い猫の彫刻になった。

耳も、尻尾も、ひげの先まで止まった気がした。


殿下が目を開けた。

天井を見上げたまま、すぐにはミレイユの方を見ない。


「数えていた」

「ミャッ!?(数えてた!?)」

「最初の夜からだと、もうずいぶんになる」

「ミャミャッ!?(知ってたの……ずっと知ってたの……!?)」


ミレイユは混乱した。

知っていたなら、なぜ今まで何も言わなかったのか。


「嫌ではなかったから、言わなかった」

(嫌ではなかった……)


殿下が続けた。

まるでミレイユの考えを読んだような間で。


「猫が頭を舐めるのは、信頼の表れだと聞いた。だとすれば……悪い気はしない」


以前も聞いた言葉だ。

でも今夜の言い方は少し違った。

ただの知識として言っているのではなく、自分に向けられたものとして受け取っている響きがある。


殿下がミレイユを見た。

青灰色の瞳が、暗い中でもはっきり見える。


「ミィ。お前は、不思議な猫だ」

(不思議……)

「賢すぎる。人間の言葉がわかっているように見える。感情がある。何かを考えている。猫というより……人のようだ」


ミレイユは動けなかった。

殿下が何かに気づいているのか。

それとも、ただ観察した結果そう思っただけなのか。

どこまで届いているのか、まるでわからない。


殿下が目を閉じた。


「お前が人間だったら良かったのに」


その言葉は、あまりにまっすぐで、反論のしようがなかった。

ミレイユはゆっくりと殿下の枕元へ移動して、丸まった。

今夜は、ぺろぺろはしなかった。

ただ、そばにいた。

それだけで——十分だった。


胸の奥がいっぱいで、もうそれ以上は何もできなかった。


(殿下……がんばって人間に戻りますので。待っていてくれますか?)


その言葉を、ミレイユは胸の中でもう一度繰り返した。


(人間に戻っても、ここに戻れますように)


そう、強く願いながら。

夜は静かだった。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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