19. 悪役の仕事
「なかなか見つかりませんね…」
「ごめんなさい。私の自分勝手な我が儘に振り回してしまって」
「そんな…! とんでもないです。やっぱり納得のいくものを選ぶのが一番ですから」
買い物を始めて数時間が経ち、最初は楽しそうにはしゃいでいた薫にも疲れが見え始めてきた。
そろそろ頃合いかなと思って「よろしければ、少し外で休憩しませんこと? 買い物に付き合っていただいたお礼にドリンクを奢りますわ」と誘う。
これ以上お世話になるわけにはいかない、と駄々をこねる薫を、まぁまぁそう言わず、と無理やり説得し、その両手にミルクティーを握らせた。薫が「バイト代一時間分…」なんて呟いたのは聞かなかったことにしよう。奢られた人はそんなこと気にしなくていいの。
「今のところ、候補になりそうなものはありましたか?」
「そうね…。やっぱり服やアクセサリー類よりも、家事に使えるものがいいと改めて感じたかしら」
「キッチン用品とかですか?」
「その辺りですわね」
うーん…と両腕を組んで悩む薫に、「話は少し変わるのですけれど」と私は切り出す。
「そのバッグについたキーホルダー、素敵ですわね。どこのなんですの?」
「あ、これは自分で作ったやつで…」
「まぁ、すごいわ。見せていただける?」
薫のバッグに付けられたのは、ゾンビの縫いぐるみがついたキーホルダーだ。
デフォルメされているからいくらか怖さは減っているものの、女子高生がつけるにしてはちょっとマニアックすぎるデザインだと思っていたのだけど…うん、今なら分かる。いかにも薫が気に入りそうなデザインだ。
「前にゾンビ映画にハマっていたんですけど、色々見ていたらグッズとかも欲しくなっちゃって。でもゾンビの縫いぐるみって少ないよなぁ…と思ったので、自分好みのオリジナルキャラクターを自作しちゃいました」
「そうなんですの。縫いぐるみを作るのは難しいでしょう? 伊藤さんは器用ですわね」
「そんなことは…。お小遣いが少なかった昔は、古着をリメイクした人形を弟たちにプレゼントしたりしていたので…。まぁ、でも男の子は人形遊びにあまり興味がないから、すぐに飽きて、外遊びに夢中になっていたんですけど」
「まぁ…」
「あ、でもちゃんと今でも部屋に飾ってくれているので! 制作者としては満足です!」
「ふふ、微笑ましいエピソードですわね」
そこまで会話して、「そうだ!」と薫は名案を閃いたような顔をした。
「手作りのなにかをお母様にプレゼントするのはどうでしょう? 縫いぐるみはまだ早くても、簡単な巾着とかブックカバーとか、あとは手料理でもいいですし!」
原作通りの会話だ。プレゼント選びに難航した二人は、休憩中に手作りのものを贈ってはどうかという話になる。
その場面でマリアは…。
「それは素敵なアイデアですわね。母も喜んでくれるかしら?」
にこやかに笑いながら原作通りの台詞を言いつつ、やっぱり変だよなぁ、と私は心の中で呟く。
だってマリアはこの後、花束とともに母親に食器を贈るのだ。花の細やかな装飾が施された食器は、とても高級そうでセンスのいい贈り物ではあったけど、どう見ても手作りのものには見えなかった。
薫の提案に乗り気なように見えたけど、結局既製品を贈ることにしたのはどうしてなのだろう。アニメではその部分をまるっと飛ばされていたから、マリアの行動の意味がよく分からなかったんだよね。
それともまさか、あの我が儘なマリアが陶芸体験みたいなものに参加したとか? あんなお洒落そうな食器を自分で作ったとか? あり得たりする??
「いや、流石にそれはないか…」
「そんなわけないです! 既製品もいいですけど、やっぱり手作りは心がこもってるって感じで、特別感があるんですから!」
「あぁ、うん、それのことじゃなくてね…」
「?」
「んんっ、ごほんっ! なんでもありませんの。そうですわね、手作りの品も検討させていただきますわ」
「はい! ぜひ考えてみてください」
まぁ、今はそんな細かいことを考えている場合ではない。
これからが正念場なのだから。
「前から思っていたのですけど、伊藤さんの家は仲がよろしいのね」
「そうですか? 自分では普通だと思っているんですけど」
「姉弟仲もいいようですし、とても微笑ましいですわ」
私がそう言えば、薫は一瞬気まずそうな顔をして「…そう、ですね」と言う。
…やっぱり、この辺りは変わっているかぁ。ワンチャン、物語の強制力というか、運命力というか、そういうものでどうにかなってくれないかなと期待していたんだけど。
原作では明るく「ありがとうございます」なんて返していた気がするから、ここから先は臨機応変にアドリブ多めにした方がいいかな。
既に変わってしまったものに原作通りのやり方を無理やり当てはめようとすると、下手したら大惨事になるような気がするし。目的は元の流れに戻すことだけど、そのために必ずしも原作通りの手段をとる必要はないもんね。
よし、と気を引き締め、私は慎重に言葉を選びながら彼女の内面に深入りしていく。
「なにかありましたの?」
「…えっと。その、全然大したことがない話なので…」
「伊藤さんが話したくないというのでしたら無理に聞きませんわ。私と貴方は出会ったばかり、赤の他人同然ですものね。けれど、互いのことをよく知らない間柄だからこそ、気軽に話せる話もあるのではなくて?」
私がそう言えば、薫が迷うように視線をさまよわせる。
「一人で抱え込むのが苦しいと思うのでしたら話してくださいな」
「…じゃあ、ちょっとだけ」
そう言って、薫は家族に対する悩みを打ち明けてくれた。
家族のことや、今までの過去を簡単に説明してくれて、その後に最近考えるようになったことを話してくれる。
「どうして私ばっかり、こんな大変なんだろうって思っちゃったんです。弟たちはそういうのも知らないで、楽しそうにしてて、それにも最近は腹が立つ時があって…私、お姉ちゃん失格だ」
うーん、見事に心情の変化、第三段階まで進んでる。
数日前の過去の自分を呪い殺したい衝動を抑えつつ、表面上は穏やかに「そうですのね」と相槌を打つ私。
「昔は、お母さんとお父さんが楽になってくれたらいいなって思ってたんです。だけど、今は…なんか、私がするのが当たり前、みたいな。そんな雰囲気を感じる時があって、あれ、私ってなんのためにこんなことしてるのかなって思っちゃう」
「…それは辛いですわね」
「辛い…のかな。もう分かんない。自分のことなのに、自分の気持ちがもうよく分からなくなってる…っ!」
ぼろぼろと涙をこぼす薫を見て、私は優しく彼女の背中を撫でてあげる。
彼女を一人の人間として見た場合、色々と思うところはある。周りの人間に対して「ちゃんとこの子のことを見てあげなよ」とかね。
私がマリアではなく彼女に成り代わっていたら、家事にバイトに学生生活にと多忙すぎるスケジュールを組まれて爆発してたぞ。
ストレスが限界突破したら、「反抗期! ただ今、私は反抗期でございます!」と免罪符を掲げて両親に大喧嘩を吹っ掛けていたかもしれない。
…とはいっても、私も彼女に「戦士」という重荷を背負わせようとしているんだから、同罪ではあるんだけどね。
今回は、そういうのを抜きにして、彼女のことをキャラクターとして見よう。そうなると、ここからどうやって軌道修正していくかという話になってくる。
なにが「この生活に不満があるのではないですの?」だ。あるに決まってるだろ。だからここまで泣いてるんだ。
多分、この聞き方は今の薫にはよくないと思う。後悔のない判断が十分にできるほどの心の余裕がない。
だからちょっと変えようかな。多分、こっちの方がこの後の薫の願いに通じる気がするし。
「では、捨てればいいんじゃないですの?」
もちろん、イエスと言われては困るから、意地悪な言い方になってしまうけど。
「え…?」
「家事もアルバイトも、伊藤さんが望むのであれば、学校だって辞めればいいのではないかしら。家に引きこもって、家族に今までの分、一生自分のことを養わせるのも手ですし、顔も見たくないということでしたら家を出ればいいんですわ」
「そ、そんなことできるわけ…」
「できますわ」
そう言って、数時間前のように彼女の両手を握る。
しかし今度は、そう簡単には逃げられないようにしっかりと力を込めた。薫の表情が曇る。
「貴方、昔の私によく似ていますの」
「似ている…?」
「だから助けてあげますわ。私に任せてくだされば、貴方がもう一生、家族に関わらなくて済むよう手配いたします」
「…」
「もちろん、相応の対価はありますけれど、何時間も働く必要はございませんし、自分の時間もたくさんとれます。どうかしら? 悪い話ではないのではなくて?」
にこやかに微笑む私と対照的に、薫の顔色はどんどん悪くなっていく。
「貴方の考えていること、少しは分かりますの。私のことを何度か羨ましいと思ったでしょう? 劣等感を抱いたでしょう?」
「…」
「分かりますわ。だって私も同じ立場だったんですもの。でもそれは貴方のせいではなくて、すべて周りの人間や環境のせい。貴方が思い悩む必要などなに一つございません」
「…」
「さぁ、私の手をとってくださいな。決して悪い道ではないとお約束しますわ」
優しい声。優しい表情。…だけど、相手が恐怖を抱くような言葉選び。
「…っ!」
「あら」
「す、すみません…! ちょっと考えさせてください!」
どれだけ思い悩んでも、家族のことが大好きな優しい貴方が、ちゃんと断ることができるように。
私の手を振り払って逃げるように立ち去る薫の背中を見送って、「…うん、そうだよね。貴方はその道を選ぶ」と私は安堵の溜め息をついた。
「激ムズミッション、無事達成っと。なかなの演技じゃない? 頑張れば女優になれたりして」
そう自画自賛をして、はぁ~!と全身の力を抜く。
原作の会話の雰囲気とは違うけど、薫の心に揺さぶりをかけたし、ちゃんと自分の意思で断るように仕向けた。悪役初心者にしては上出来の結果ではないだろうか。
「…さてと。ラストに向けて残った仕事をしますか。これも気が進まないんだけどなぁ…」
両手をあげてぐっと伸びをする。そして、「よいしょっと」と勢いをつけてベンチから立ち上がった。
■
四日後。
私は電柱の上で一人の少年を見守っていた。
くたびれた黒のランドセルを背負った小学生。帰宅途中の彼は、道端に落とし物を見つけて足を止めた。
「なんだこれ?」
細かい装飾が彫られた金のオペラグラス。それを拾い上げた彼はキョロキョロと辺りを見回し、「交番ってどこだっけ…?」と独り言を呟く。
その様子に姉弟だなぁ、と微笑ましい気持ちになった。高価なものを拾っても一切、魔がさしていないところがすごい。拾って一秒もせずに交番を探すとは。
お姉さんも君も人としてできすぎじゃない? もうちょっと我が儘になってもいいんだよ?
そう思いつつ、すとんっと電柱から地面に着地する。
「あら、そのまま盗んでくださってもよかったのに」
「誰…?」
「失礼いたしました。私は紫の魔女、ヴィオレと申します。あぁ、覚えていただかなくて結構ですわ。心優しい貴方には…姉を追い詰めるための餌になっていただきますから」
私がそう言い終わると同時に、少年の体が崩れ落ちる。
カラン、コロン、とオペラグラスが落下して私の足元にやってきた。それを拾いあげて付着してしまった土を払う。
「貧しいけれど、家族仲良く身を寄せ合って暮らしている。なんとも泣ける話ですわね。でも、現実はそう優しくはなくてよ。…そうね。たとえば、最愛の弟が原因不明の病気で入院なんてことになったらどうなるのかしら」
私は指を折って数えながら、「入院費ってかなりかかると聞いたことがありますの。あとは検査費と治療費…一体どれだけのお金が必要になるのでしょうね?」と呟く。
そう、原作で勧誘を断られたマリアは、ならばもっとお金が必要な状況に追い詰めればいいと彼女の弟を襲うのだ。こんな風にね。
私だってやりたくはなかったけど、こうしないと薫が腹をくくってくれないので仕方がない。ただ眠り続けるだけで、原作よりもひどくはしないから許して欲しい。
「…全員助けたかったら強くなってね。ジョーヌ」
ひどく追い詰めてしまうだろうけど、貴方ならきっと救えるって信じてるから。




