感染型
「それにしても綾人、遅かったが何をしていたのだ?」
疲れてソファに寝転びながら漫画を読んでいると、俺の頭の横に風呂上がりのエリスが座る。
・・・ちょっと距離が近、、、てか香、、、落ち着こ。
「・・・あー、また洞窟に行って黒い霧と謎の俺たちを分断させた元凶を突き止めようとしたんだ。」
「ふむ、なるほどな。それで?何かわかったのか?」
「あぁ、全く何もないことが分かった。」
漫画のページをめくりながら今日の無駄足を報告する。そのままチラリと漫画から視線を外すと怪訝な顔をしているエリスと目が合った。
「・・・つまり?」
「霧とよく分かんない怪物らしき存在はちらほら見かけたがそれ以外はただの洞窟だ。元凶のようなものは見当たらないし、声も聞こえない。ただその場所に溜まってるって感じだったな。」
「なるほどな、ではあの洞窟は関係ないと。」
そう言って「ふむ」と唸るエリスの横に俺も起き上がって座り直した。そのままテレビを付けて横目で彼女の顔を見る。
「で? そっちはどうだったんだ?」
「あぁ、それなりに成果はあったぞ。そうだな、どこから話そうか、、、まずはーーー、
エリスから今日あったことを詳しく聞く。
すると、思ったよりも上手くやっていたことに驚いた。
まさかの本当にユーカが関係しているのか?
流石に相手の事情もあるだろうし追求しなかったみたいだが、ここまで来ると無関係とは思えない。
「じゃあ連絡待ちか、、、。もどかしいな。」
「仕方なかろう、彼女が罪人なのか何も分からない状況で、責めるような追求は避けたい。」
「仲良くなれたっぽいしな。まぁそれでいいだろ、少なからずお前には見られたんだし何かしらアクションがあると思う。」
取り敢えずもう報告することは終わったので適当に休む。何時までも仕事気分じゃ落ち着かないしちゃんとメリハリは付けないとな。
「そういえば買っておいたアイスがあったな。」
パタパタとシャツとショーパンの部屋着で冷蔵庫に向かったエリスを見て「ん?」と何か思い出した。
「・・・あれ? 綾人、私が買ったアイスはどこいった?」
「・・・・・あっ。」
そういえば昨日の夜、エリスが風呂に入ってるときに冷凍庫のアイス食べたな。買った覚えなかったけどもしかしたら前に買ったのが残ってたと思って食べちゃったんだよね。
「・・・・・「あっ」てなんだ、もしかして貴様。」
「あーーーー、そういえば醤油切らしてたな。後で買っとかないと。」
「この家に住んでるのは私とお前の2人、お前でなければ他に誰が食べるんだ?」
「他に切らしてたものあったかな?」
「寿命じゃないか?」
「まだ切れてないよ!繋がってるよ!」
失礼な、何度切れそうになってもギリギリ繋いで来たんだよ。
そんな俺の首元にキラッとした刃が添えられて俺は両手を上げて冷や汗を垂らす。
「いま切ってやろうか?」
「あ、アイス食べただけでそんな怒らなくてもぉ、、、。」
「素直にはじめから謝っておれば平手打ちで許していたわ。」
「え、もう手遅れなの?」
「・・・残念だったな。」
「お願い許し、、、! あれ、お前霊力回復した?」
添えられた剣身は発光し、何やらパチパチッと光を明滅させている、添えられてるだけで秘められた力の強さを感じられるほどだ。
「む? 言われてみたらそうだな。」
「ずいぶんと楽しかったみたいだな。」
「うむ、楽しかったぞ。」
俺にそう言われたエリスは少しずつ優しい笑みに変わっていく。
よし、このまま話をうやむやに、、、!
「それで何時謝るんだ?」
「すいませんしたーー!!」
ーーー
次の日の朝、眠い目を擦りながら事務所のドアを開けると、珈琲をいれている帆哭さんと目があった。
「おはようございます、早速ですけどお客さんですよ。」
客?
俺とエリスは顔を見合わせて来客対応用のソファに向かうと、そこにはワイシャツとスカートを着たユーカが座っていた。
「おぉ、昨日ぶりだな。」
「あ、うん、久しぶり。」
お客と紹介されたけど俺も同席しちゃっていいのかな?
エリスは顔見知りだし、むしろエリスの客だろうからね。よし、おれは自分のデスクに座ってよう。
そう思って回れ右をしたのだが、普通に服の袖をエリスに掴まれました。
「エリスちゃん、この人は?」
「対策局の先輩だ。私よりも知識は豊富だし悪巧みが得意だから頼りになるぞ。」
「あんまいい紹介じゃないだろ、それ。」
まぁエリスに同席を頼まれたならいっか。
仕方なく横に着席する、ユーカは戸惑っているが、ここは対策局の事務所だしね。他の人が対応にあたるとかあるだろ。帆哭さんは別のことやってるけど。
「それで、ここに来たと言うことは相談でよいのか?」
「・・・うん、悩んだけどエリスちゃんはいい人だし、相談してみようかなって」
・・・なるほど、確かにこういう本格的な場所に相談するのは勇気いるよな。
でもそこに知人や少しでも人間性を知ってるものがいればハードルは下がる。
ホント上手くやってくれたね。
「では、対策局 対策班の名木田 綾人です。基本的に専門的な話は私がしますのでよろしくお願いします。」
「はい、冬霧 夕歌です。こちらこそよろしくお願いします。」
ユーカは礼儀正しく頭を下げる。
社会人だし、俺よりきっちりしてそうだね。
そして、早速とばかりに不安に揺れた顔を上げた。
「あ、あの、異能って変化することはあるのですか?」
いきなり分からない質問が飛んできてエリスはこちらに視線を向けた。お前の客なんだしお前が答えろと言いたいが、まぁ知るわけないか。
「・・・いや、基本的には異能が変化することはありません。異能は体に宿る、つまり肉体の機能のひとつみたいなものです。成長することはあっても変わることはありませんね。」
例えば初めは石のように体の一部を固めることがいたとする。その力が成長し、鋼のように硬質化できるようになることはあっても、水に変化するようになったりすることはないのだ。
生物の進化はそんな一朝一夕で起こるものじゃない。
「私の異能は確か、結んだ紐をほどけなく出来るとかその程度の異能だった筈なんです。」
「失礼、調べても?」
「あ、はい、大丈夫ですよ。」
許可を貰ったのでデータベースに登録されている彼女の異能を調べる。確かに彼女の言う通りの力だったが、使いようによっては結構強いな。
まぁ俳優業で使うことはないだろうし無用の長物か。
「ただ最近、黒い霧の様なものが体から漏れるようになって、それに変な弊害もあるんです。霧が漏れるとその霧から変な化け物が生まれたり、霧が襲いかかってきたり、さ、最近だと、人に、入り込んで、、、!」
「ユーカ、少し落ち着け。もし仮にここで霧が溢れても迷惑はかからん、何があっても対処できるから落ち着くのだ。」
エリスさん?流石に急に化け物が出たりしたら驚くからね?
でも確かに対処はできるか、、、。
俺は症状を聞きながら難しそうに顔をしかめた。
「・・・感染系の異能? でも罹患者には被害がなくてその周りに被害を与えるタイプ? にしてはパンデミックも起きてないしなぁ。」
「・・・あの、やっぱりなんですけど一度会ったことあります?」
やけにジロジロ顔を見られるな、と思っていたが、ユーカは俺の顔を覚えているのか?
6番街でぶつかりはしたが、ホントに一瞬だったしよく覚えてるな。
「あー、一度6番街でぶつかりましたね。あのときはすみませんでした。」
「いえ! 私も前を見てなかったので、、、。」
て言うかやっぱり本人だったのか、、、。
確信はなかったけどこれで彼女が6番街にいた確証は持てた。
「ちなみにどうして6番街に、、、? 別に警察ではないので異能関係でなければ逮捕したりはしませんよ。」
「あっ、そ、それは、、、地上で霧が溢れたら周りに被害が出ちゃうし、6番街にお世話になった人がいるからその人に案内を頼んで人のいない場所で霧が溢れてきたら発散させようと、、、。」
・・・・・。
「そう言うことかぁ、、、。」
「解決したな。」
「え、何が?」
伝手があるなら6番街の歩き方も分かるだろうし、誰も住んでいなさそうなあの洞窟で霧を放出するのも対策としては間違ってない。
それに被害を被ったのは蛇紋だけだし何の問題もないのか。
「まぁでも取り敢えず、霧の発散は別の対策を考えるから止めてくれ。一応、、、いやホントないに等しいんだけど被害を被ってる奴がいるから。」
「え!? そ、そうなんですか!?ごめんなさい!謝らないと!」
「いや気にするな、そこら辺に落ちてた小石を間違えて蹴ってしまっても謝らないだろ?」
「小石なの!?」
「どちらかと言うと毒物だが。」
やっべぇ、エリスの蛇紋の印象が地に落ちてるのが面白い。
でも俺も気にする必要ないと思う。本人に伝えると調子乗りそうだし、言う気ないからね。
「で、取り敢えずの対策なんだけど、、、。帆哭さん、アクエリアスって空いてます?」
「いえ、今は使用中ですね。対策班の訓練場をつかっていいですよ。」
まぁ、訓練するわけでもないしアクエリアスは過剰か。
何もない簡素なコンクリート部屋だけど確認するだけならそこでも充分だね。
「よし、じゃあいくか。」
・・・・・。
・・・・。
・・・。
特に何もない無機質な場所で特に傷とかも見当たらないただの吹き抜けのような一室。
ぶっちゃけ誰も使ってないから綺麗だね。
特訓ならだいたい森とか海とか山とかにぶん投げられるし、現場に勝る経験はない、っていうのが根底にある職場なので。
「霧が溢れてしまうタイミングは?」
「だいたい一週間程度ですかね。最初はうっすらと霧が漏れ初めて、時間が経つに連れてどんどん霧は濃くなります。」
「それは自分の意思で放出できるのか?」
「・・・たぶん。」
それを確かめるためにここに来たんだしこれだけわかれば充分か。
真ん中にユーカを立たせて俺とエリスは距離を取って、合図する。
ユーカは汗を流しながら目を強く瞑ると、徐々に黒い霧が溢れてきた。
「・・・やはりあの霧だな。」
「話の感じ、お前は憑かれる可能性があるから気を付けろよ?」
「承知した。」
エリスは片手に剣を顕現させ、特に焦ったりもせず冷静に霧を見ている。
すると、黒い霧の中から黒い窶れたミイラのような存在が剣をもってこちらに走ってきた。
「ーーあっ!」
ユーカはまっすぐエリスに向かって走るその存在に焦って手を伸ばすが、エリスは心配するなとユーカに笑い掛けて剣を振るった。
全く力むことのない素早い斬撃でミイラは斬り崩される。
エリスはその場から一歩も動かず剣を肩にトントンさせて「ふん」と鼻をならす。
「え、すごい。」
「え、怖い。」
圧倒的なエリスにユーカは驚き俺は恐怖する。少し剣が冴えすぎてません? 何か調子良さそうですね。
「これで霧からあの生物が現れるのは実証できたな。」
「性質もわかったし霧を晴らせたりする?」
「あぁ、ジャルフ流 十雨破カ月!」
エリスはトンッと軽く飛び出して息を吸い込む。
回りながら振りだされた剣によって無数の斬撃が霧に殺到する。
それによって黒い霧はユーカを残して散らされた。
「「おーーー。」」
「おーではない、ちゃんと上手くできてるか確認しておけ。」
俺とユーカがパチパチと拍手していると、呆れたように手を振られた。
俺は言われて霧散して薄くなった霧をジッと見つめ、集まることがないことを確認する。
「問題はなさそうだな、密度が薄くなれば霧は霧散する、、、。ちなみに今は前の放出から何日くらいだ?」
「4日です。」
定期的に漏れ出るということは容量が決まってるんだろう。洞窟とか通気がよくないところだと脅威だが、外やこういう広い場所ならそこまで危険じゃなさそうだ。
「・・・エリスちゃんすごかった。綺麗で可愛くて強いって最強だね。」
「そ、そこまで言われると照れるな。でも別に最強って訳ではない、上には上がいる。」
「謙虚、カッコいい、好き、結婚しよ。」
「段階はどこいったのだ!?」
まさかの求婚に慌てふためくエリスを無視しながら、1人で思考を巡らす。
ざっとした力はわかった。
さて、これは誰から与えられた? ユーカからも感染するのか?
感染については俺じゃ検証できない。
だとしたら、、、
俺はチラリとユーカにキラキラした目で詰められてるエリスを横目で見る。
・・・いや、ダメだな。異能の病気は治癒できる可能性があまりに低い。
だとすると、、、
「・・・綾人? どうした、顔が怖いぞ。」
「ん、あぁ、考え事をな。」
やはりエリスの感覚は鋭い。
人の感情の機微や悪意に敏い、普段から顔に出るとは言われても仕事では油断しないよう心がけているのにな。
・・・流石に止めとくか、エリスも拒否感持つだろうし。
「まぁいいや、取り敢えずの暫定対策だな。」
俺はポケットをまさぐって安物の指輪を弾く。エリスがキャッチしてすぐにユーカに手渡した。
「・・・? 指輪?」
「異能を一時的に封じる道具だそうだ。この前私に黒い霧が何もできなかったのはこれのお陰だ。」
「え、そんな便利な道具があるの!?」
「流石対策局と言ったところだ。」
エリスはそう流して胸を張りながら笑っている。
勿論これは俺の能無しが染み込んだ指輪だが、対策局の備品って言っといた方がややこしくないしね。
取り敢えずこれがあれが黒い霧は能無しによって無効化されるはずだ。
ただ効力は3日程度だし、定期的に貰いに来て貰わないとだけどね。
「ではしばらくは問題ないと思います。完全に失くすにはまだ原因が特定できていないので、もう少し待ってください。」
「わかりました、むしろここまでして貰えるとは思っていなかったので、相談に来てよかったです。」
少し影が差していた彼女が明るく微笑むのを見て、よかったとホッとする。
しかしまだ解決はできていない。考えることは山積みだな。
ーーー
「・・・といってもなーーー。」
「なかなか難しいか?」
ユーカを駅に送ったあと、俺とエリスは夜の繁華街を歩いていた。
まだ飯を食ってなかったし、軽く食べようと相談しながら歩いていたが、ついさっきの謎の異能が頭によぎってしまった。
・・・仕事とプライベートは切り離したいのにね。
「そもそも異能の病気、かも知らないけど知識が専門的なんだよ。俺は異能の種類と対策には詳しいけど、その根幹はあまり知らねえ。」
そう言うのは研究者とかが調べてることだしね。
俺じゃ知識が足りない、誰か相談でもしようかな?
そう頭を悩ませて歩いていると、前から知ってる声がかけられた。
「あれ? 綾人くん?」
「え? あ、柊さん?」
そこには救援班 副班長 柊 彩音 がキャリーケースを転がしながら手を上げていた。
優しく微笑む様はまるで夜に咲く花。
「病院以外で会うの珍しいっすね、仕事ですか?」
「その仕事終わりかな、今は帰ろうと思ってるところ。エリスさんも久しぶり。」
「あ、はい! お久しぶりで御座います!」
「・・・お前は何されたの?」
何故かすごいかしこまってるエリスに呆れていると、柊さんはニコリと笑う。
「そうだ、まだ綾人くんのお礼できてなかったね。今からご飯でも行く?」
「へ? そんな話してましたっけ?」
「エリスさんの診断して貰うのをお願いしたでしょ? そのお礼で綾人くんが言ってくれなかった?」
・・・あ、そう言えばお礼にご飯でも行きましょうとか言った気がする。
え、あんな適当な口約束覚えてくれてたの?
律儀と言うか、なんと言うか、素直に嬉しい。
「仕事終わりで疲れてるのでは?」
「へーきへーき、こう見えて案外体力あるから。」
柊さんはそう言って腕を持ち上げる。
確かに一個も疲れてなさそうだけど、この人帆哭さんタイプだからなー。
ま、変に遠慮しすぎても失礼か。
「じゃ、ご一緒させてください。」
「はーい、好きなもの奢って上げるよ。エリスさんは何食べたい?」
「天麩羅!」
「お、なら行きつけがあるから案内するね。」
何か子犬みたいに懐いてるエリスがパタパタと柊さんの横を着いていく。
それに苦笑しながら、俺もあとを追ったのだった。




