第17話:エピローグ【再出発】
ラスト
黄金都市 冒険者ギルド ギルド長室
「「本当にごめんなさい!!」」
ぶらりと垂れ下がる金色の髪の毛。
その隣では長い銀髪の少女もまた頭を下げている。
「えっと、大丈夫ですから頭をあげてください、リリーナさん、シンリーさん」
目の前であの憎らしかった少女、ロタがそう言ってくれているけれど、リリーナの気持ちは収まらない。
だって、決してやってはいけないことをやってしまったから。
あの日、自身の担当冒険者とロタがもめた日の夜。
ロタの担当冒険者、イズの昇級試験を勝手に書き換えたのだから。
初めてロタがギルドにやってきたときからリリーナはロタの事が気に入らなかった。
なぜならロタは何の苦労もする事なく、ギルドマスターの特権によってギルドに来たから。自分たちが受けてきた厳しい試験を一切受けることなく入って来たから。
どうせまた訳ありなのだろう。
ギルドマスターであるレギンが、当人の保護を謳って勝手にギルドに雇い入れた存在。
腹立たしいけれど、その時はまだ許せた。許せなかったのは、見習いの癖に担当冒険者を貰って一人前面してたこと、どんどんと冒険者からの人気を勝ち取っていっていたこと。大した努力もせずに、庇護欲が掻き立てられるだとか、あどけなさが良いとか、そんな話を聞く度に虫唾が走った。
何が庇護欲が掻き立てられるだ
何があどけなさが良いだ
自分が積み上げてきた努力を、人気を、ロタという何の努力もしてない人間に脅かされているようで、あざ笑われているようで、魔が差したのだ。
アリスの担当するBランクパーティーが戻って来ていないのは知っていたし、ギルド内でDランク以下の冒険者には森に行かせないようにするようにも受付担当はちゃんと言われていた。
だけど、少しくらいなら良いと思った。
もしロタがちゃんとしているなら、その事に気づくだろうし、別に森に行かせたところで確実に何かある訳じゃない。
だけど現実は違った。
見習いのロタは普通受付を担当しないから、そんな注意を知らなかったし、実際に森には化け物がいた。
自分の軽はずみな行いが、1人の冒険者の命を無為に奪いかけたのだ。
許されていい訳がない。
「でも、私のせいでイズさんは・・・」
「だから頭をあげてください。僕たちは気にしてませんから。イズさん、そうですよね?」
「うん、私はまだ生きてるから」
ロタとイズの2人にそう言われ、リリーナは戸惑う。
どうして彼女達は許そうとするのか。自分なら絶対に許せないのに。だって自分の担当冒険者を殺されかけたのだ。許せるわけがない。なのに・・・
「なんで、なんで、許そうとしてくれるの!?私、ロタに嫌がらせしたりしたし、イズさんなんて全く関係ないのに巻き込んだのに、どうして」
ロタの優しさが胸を突いて痛い。ぽっかりと穴でも空いてしまったかのように痛い。
むしろ許す方が異常なのだ。
けれど、ロタは困ったような表情を浮かべてから口を開く。
「・・・そうですね、だって僕もリリーナさんの気持ち、何となくですけど、分かりますから。もし僕がリリーナさんの立場だったら、僕も同じように腹が立って、同じ事をしてたかもしれません。だから、もう済んだ事ですから、そんなに自分を追いつめないでください。それに、僕は本当はリリーナさんと喧嘩なんてしたくなんいですよ。リリーナさんと仲良くなって、色々話したいんです。折角同じお仕事なのに仲が悪いなんてもったいないじゃないですか・・・それに、」
淡々と続くロタの言葉。
何の確証もなくて、曖昧で主観に満ちて、あまりにも理想的で、飾られたような言葉。
そして、ロタは少し恥ずかしそうに言った。
「僕はスッゴく弱いですから、喧嘩したらきっと負けちゃいますしね」
何という事はない。感情も主観も全部無視したただの事実としてそう言われて、全てがすっぽりと胸に収まる。
ロタが無意識で言った、優しさの言い訳。
だけどそんな少し醜いような言い訳は、優しさによって開けられた穴を埋めてくれた。
「本当にごめんなさい・・・、それと・・・」
「ありがと・・・」
リリーナが顔を真っ赤にしながらそう言う。
もう二人の間に蟠りなんて存在しない。
まるで全てが終わったとでも言うように、少しだけ静かに時が流れた。
パン!と静寂を吹き飛ばす勢いでレギンが手を叩き、その場の全員が彼の方に目を向ける。
「あー、おいリリーナ。本来なら今回ことは衛兵に突き出しても良いくらいのことだ。それは分かってるな?」
レギンさんの言葉で、リリーナの表情が再び強張る。
「・・・はい」
「そうか、だがロタとイズはこう言ってくれている以上、俺はそんな事をするつもりは毛頭ない。だがな。お前は今回してはならないことをした。それは変わらない」
リリーナはコクリと頷く。
「ギルドの人間としてあってはならないことをしたんだ。ギルドとして、お前をこのままここに置いとくことは出来ない。分かるな?」
リリーナは無言で、けれど、どこか覚悟をしていたような目でもう一度コクリと頷いた。
覚悟はしていたのだ、こうなることぐらい。例えロタとイズが自分の事を許してくれようと、罪は償わなければならない。
リリーナだけでなく誰もが覚悟していた結末。
唯一一人を除いては。
「レギンさん!僕からのお願いです!どうかリリーナさんを許してあげてください」
ロタは一人で頭を下げる。
少しの下心もなく、ただ純粋に、リリーナにギルドを離れて欲しくなかったのだ。
「・・・駄目だ。リリーナはクビ。これがギルドとしての決定だ」
冷酷にそう告げる。そこまで断言されて、ギルドマスターに文句を言える人間など、この場には居なかった。
誰もこんな結末は望んでいなかったのだ。
全員の顔に影が落ちた。
レギンが次の言葉を発するまでは。
「おいシンリー。次の職員の採用試験は3ヶ月後だったか?」
その言葉にシンリーは驚いたような表情をして肯定する。
3ヶ月後の採用試験。当然、新しい受付嬢も採用されるのだ。
そして、リリーナは頭を下げた。深く深く。頭を下げた。
「ありがとうございました」
それを聞いたレギンさんは少しだけ笑っていた。
●●●
黄金都市 マーラの宿屋
安宿とは言っても、埃1つ無く綺麗に片付けられた部屋の固いベットの上でイズはゴロリと横になる。
もぞもぞと枕元の鞄から1つの皮袋を取り出して、窓から差す月の光でもって手元を照らした。
ホズルから貰ったその袋は、沢山の物が入る魔法の袋らしく、イズはその中から頑丈な薬瓶と数十枚の金貨を出して少し向こうに置いておき、まだまだ袋が中をアサリ続ける。
そして、貴重な秘薬とお金を差し置いてまで取り出したのは一枚の羊皮紙の切れ端だった。
ホズルからこの魔法の袋を渡された時から気づいていた。
黒く変色した布のシミから漂う懐かしい香り。
紛れもない兄さんのものだって直ぐに分かった。
「兄さん・・・」
ボロボロになった羊皮紙を眺めながら呟くイズ。
暫くの時が流れ、イズはその紙切れを鼻の天辺まで近づけると少しだけ空気を吸い込む。
恐らくは魔法の袋によって静止した時間の中でずっと保管されて来たのだろう。
濃厚な兄さんの匂いが身体の中に入ってきて、口の中で父からの血が騒いだ。
「また、会いたかったな・・・」
力なく目をつむる。今日はもう疲れた。
ゆっくりと時の流れる夜の街で、イズは夢の世界に身を委ねる事にした。
●●●
冒険者ギルド 職員用宿舎
朝の眩しい光が窓から差し込んで、僕は目覚める。
むくりと起き上がって部屋の反対側のベットのある方に目をやれば、未だ目を覚まさないアリスさんの姿があった。
取りあえず、僕は制服に着替えて顔を洗い食堂に行く。
あんまり履きたくなかったスカートも、もう抵抗なく履けるようになってしまった。人間、慣れというものは怖いものだ。
そんなこんなで色々と準備を終えて部屋に戻ってくる。
今日の朝ご飯もおいしかった。
さて、アリスさん、もう起きたかな。
そう思って、再びアリスさんのベットを見ると、かけられたら毛布は未だに小さく膨れ上がっていた。
レッドミノタウロスが森に出現してから2日が経った。
ここ最近ずっと働きっぱなしだったせいか、アリスさんは昨日は丸一日寝込んでて、お医者さんはただの過労だって言っていたけど、やっぱり心配な僕はアリスさんのベットに近寄ってみる。
「アリスさん、まだ起きない・・・」
聞くところによると、アリスさんはイズさんから亡くなった冒険者のギルドカードを渡されて、今まで溜め込んでいたものが溢れてしまったらしい。
『炎の牙』、レッドミノタウロスによって全滅してしまったパーティーは、アリスさんが受付嬢になって暫くしたときから、Fランクからずっと見守ってきたパーティーみたいで、僕はイズさんを失いかけただけであれだけ心配したのに、アリスさんは実際に失ってしまったのだと思うと、凄く切なくなった。
僕はアリスさんを起こさないように、そっとその手を握る。
早く起きて欲しいけど、余りにもアリスさんが気持ち良さそうに寝ているから、起こさないように優しく握った。
「・・・・・・ロタ、君?」
アリスさんの瞼が開く。
起こさないようにって思ってたけど、アリスさんは起きてしまったみたい。
「おはようございます、アリスさん」
「・・・うん、おはよう。今何時か分かる?」
そう言いつつも自分で時計の方に目を向けるアリスさん。だから別に言う必要は無いんだろうけど、僕はアリスさんに今の時間を伝える。
「もう、8時です。寝坊しちゃいましたね」
「・・・ほんとだね、駄目だな、私は」
「大丈夫ですよ、アリスさんには3日間のお休みの許可が下りてますから、あともう1日休んでも大丈夫です」
「そっか、お父さんってばいつもは日曜日以外のお休みなんてくれないのに・・・?」
「どうかしましたか?何処か悪いとこでも・・・」
「ううん、そうじゃないの。えっと、3日の休日であと1日?」
「そうですよ。アリスさん、丸一日寝込んでましたから。あっ、でもお仕事の方は大丈夫ですよ。アリスさんが休んでる分は僕がやってるので。受付はイズさんだけですけど」
本当は他のペアの受付嬢さんに色々教えて貰いながらなんだけど、そこは秘密です。
「・・・そう、ごめんね、先輩なのに迷惑かけちゃって」
「いえいえ、僕の方こそこの前は取り乱しちゃって、アリスさんの方がずっと辛かったのに」
「ううん、大丈夫。私はもう受付嬢になって6年になるし、こういう事には慣れてるからね。出来れば慣れたくないけど、そうもいかないみたい。それと、私の分の仕事やってくれてありがと、今度晩ご飯奢ってあげるね」
精一杯の作り笑いを浮かべながら笑うアリスさんだけど、その微笑みには何か抜けてる感じがする。やっぱりアリスさんもまだ色々と引きずってる事があるんだろうな。
だからこそ、僕は明るく返事をする事にした。
「はい、高級なお店、お願いしますね!」
僕のそんな返答にクスリと笑ってくれるアリスさん。
本当は僕がこんな事言う人柄じゃないってバレちゃったみたい。
「うん、じゃあ私が奮発する分、もっと頑張って仕事をするように」
「はい、了解しました。それじゃあ僕は仕事に行ってくるので、また後で。それと、レギンさんが、目が覚めたら会いに来るようにって言ってました。じゃあ僕は行ってきます」
そう言って僕は部屋を後にする。
アリスさんにはご飯を奢ってもらうらしいし、僕はそれに答えられるくらい働かないと。そう思ったのである。
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シグルスの丘 教会裏 墓場
賑わう街の城門をくぐって暫くしたところにある小高い丘。
ずっと向こうにはゴツゴツとした山肌を露出させた山脈が連なっていて、中でも一際大きな存在感でもって聳え立つ山はその中央でパックリと2つに分かれ、その谷間からは放射状に森林地帯が、詰まるところシグルスの森が広がっていた。
600年前に黄金竜ファーブニルが住み着いていたとされる大きな大きなシグルスの大渓谷。
大量のマナで満ち満ちたその魔境には、今でも人の身では到底太刀打ち出来ないような危険な魔物が闊歩している。
今回のレッドミノタウロスも、恐らくそこから迷い出てきた魔物なんだろう。
この街、シグルスでは、他ならぬ冒険者によってその魔境から莫大な富が、そして災いがもたらされてきた。
多くの冒険者が死と隣り合わせになりながらも夢を追い、そして死んできた。
だから、ずっと昔から帰ってきた死者のギルドカードは、黄金の土地に繁栄あれと、その魔境の全貌が見渡せるこのシグルスの丘に埋められて来たのだ。
そして、丘の天辺に建てられたら巨大な石碑を前に、アリスもまた手を添え目を瞑る。
「ブルダさん、リースさん、エーラさん、ミルディアさん、今までありがとうございました」
不思議と涙が頬を伝う。
散々泣いて、もう泣かないって決めたのに、おかしいよね。
こんな姿、ロタ君に見られたら恥ずかしくて死んじゃうよ。
そんな事を思いながら袖で涙を拭って、
アリスはまた石碑に向かってお辞儀する。
もう心の整理はついたから。
アリスは長いブロンズの髪を靡かせながら、ゆっくりとした足取りで街まで帰るのだった。
読んでくださりありがとうございました。