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第二話 甘くなかった異世界

天幕の中で目が覚める。

身体を起こすと、違和感を感じた。その違和感に左手を動かし手を伸ばす。


「……ッ!」

無い。

今まで、剣を振るってきた利き腕が、無い。

包帯が巻かれているその肩口を握る。

吐き気を感じ、声にならないうめき声を零していると、天幕の入り口が開かれる。


「隊長!!目が覚めたんすね!」

先の戦で自分の笑みを指摘した部下の兵だった。

替えの包帯や薬を持ってきたのであろうその手荷物を置き、ショーンへ駆け寄る。

「あ、あぁ…戦は、どうなった?」

「…陣地は放棄、今は近くの村に屯しています」

暗い顔だ。

ショーンの隊は今まで負け無しだったのだから、無理もない。

「そうか、指揮官殿は?」

「先程、他の部隊長が指揮所の天幕に入っていくのを見ましたから、恐らくそこに」

「わかった」

そう返事をすると、粗末な寝台から起き上がろうとする。

「隊長!?休んでてください!まだ一日も経ってないんすよ!?」

制止をやんわりと左腕で遮り、立ち上がる。

弱っているとはいえ、加護持ちの身体は頑丈だった。

「こんななりでも、座って話を聞く位はできる」

腕がなくなりバランスが悪く、多少ふらつく。

だが、弱い自分を認めたくないのか、指揮所の天幕へと半ば強引に歩を進めた。


◇◇◇◆◆◆◇◇◇


「やはり、平民あがりは頼りになりませんな」

指揮所の天幕。その外で、ショーンは耳を疑う会話を聞いてしまう。

ショーンが天幕についた頃には、既に重要な会議は終わっていた。

その産まれ持った鋭い聴覚が、はっきりとその言葉を、会話を捉えていた。

「調子に乗って、自分が英雄だと勘違いしたのでしょう」

「ははは、卿の言葉ももっともだな」

見張りの兵に見つからぬよう、天幕の裏で中の会話に聞き耳を立てる。

指揮官と部隊長達は、ショーンを小馬鹿にした会話を続ける。

「片腕のない兵など、物の役にもたたんなぁ」

「いやいや、フェルナンデス卿。まだ使い道はありますぞ」

彼らの出自は、殆どが貴族だ。

フェルナンデスの名は聞き覚えがあった。それは、あの放棄された陣地の指揮官の名だった。

部下からは、大貴族の三男坊でかなりのボンボンだと聞いていた。


「フェルナンデス卿の名を汚すわけにはまいりますまい。あの者にかぶってもらいましょう」

「ほう、それは妙案だな」


吐き気がこみ上げる。

汗がどっとあふれ、喉がからからに乾き始める。

自然と、失った右腕…その肩口を握りしめていた。


「まだ寝ているでしょうし。今のうちに話を詰めましょうか」

「うむ、よきに計らえ」


ショーンは、ふらふらと元の天幕へと戻る。

何度か兵に声をかけられたが、耳には何も入らなかった。


◇◇◇◆◆◆◇◇◇


その夜。

ショーンは駐屯地を抜け出し、三つの月が照らす平野を駆けていた。

ウールが詰められたダブレット姿に、ショートソードを身に帯びて、あてどなく、駆ける。

「はっ、はっ、はっ、はっ……」

普段ならこの程度では息を上げないが、想像以上に身体が疲れきっていた。

革の水筒から水を一口飲み、再び駆け始める。

「ちくしょう」

吐き捨てるように言葉が漏れる。

不意に涙も零れる。

この世界にも、自分の居場所はないのか。

世界に拒絶されるのか。


そんなことを考え駆けるうちに、既に帝国と王国の国境を越えていた。


◇◇◇◆◆◆◇◇◇


高橋健人(タカハシケント)

それが、ショーンに転生する前の名だった。

彼は幼少の頃より病を煩い、人生の大半を病院で過ごしていた。

現代医学では治療はおろか原因の特定すら出来ていない奇病。

十の年が訪れる前に彼は衰弱し、その魂は旅立つことになる。


そして、彼の魂は拾い上げられ、自らを神と名乗る存在と邂逅した。


彼が患った病は、世界には存在してはならないものだという。

故に、神と名乗った存在は新たな生を与え《加護》という特別な力を授けると言った。


健人は、願う。


外に出られる、強い身体を。

外の世界を沢山感じられる、感覚を。

そして、病にかからない免疫を。


光輝くその神は――表情こそ見えなかったが――こくりと頷き、健人に新たな生を与えた。


産まれ落ちた世界は、健人の心の拠り所でもあった幻想的な冒険小説の世界そのものだった。


◇◇◇◆◆◆◇◇◇


新たに産まれ落ちた家は、平凡な平民の家だった。

父は国に仕える一般兵で、母は町で産まれた平民の娘だった。

一人息子として、裕福ではないものの愛情を注がれて育てられた。


ショーンと名付けられ、健康に、すくすくと育っていく。


五つになった頃、父にせがんで剣を買ってもらった。

そのショートソードは、今でも用いる大切な宝物になった。


七つになった頃、町の外れに出るダガーウルフという魔獣を退治した。

兵士でも油断ならない相手を事も無げに斬り伏せ、両親を驚かせた。

もっとも、その後にこっぴどく叱られてしまったのだが。


父は悩んだが、その事件以来、息子に剣を教え始めた。

平民兵士のにわか剣術で、厳しい指導だったがショーンは充実していた。


元の世界での歳を越えた頃、帝国と王国の戦争が始まった。

徐々に戦火は拡大し、故郷の町からも派兵が決まる。



十二を数える頃、戦地で父が亡くなった。

共に戦ったという傭兵が、その知らせを持ち帰り伝えてくれた。

母はふさぎ込みがちになり、そして。


年の暮れに、流行病で父の下へと旅立った。


◇◇◇◆◆◆◇◇◇


母が旅立った後、父と共に戦った傭兵団へ入団した。

がむしゃらに戦い、多くの王国兵を斬り伏せ勲功を上げた。

鬼気迫るその戦いぶりに、ショーンは《死神》と呼ばれるようになる。


敵からは、死を運ぶ者として。

味方からは、周りを考えず剣を振るう疫病神として。


帝国貴族の一人が、その勲功の報告を表面だけを見てショーンを取り立てた。

傭兵団で浮き始めていたのもあって、団長に相談し団を抜け、帝国兵となる。


この頃から、彼の増長が顕著になり貴族出身の騎士達から不評をかっていた。


しかし活躍は止まらず。

失敗を経験しないまま。


増長し続けた彼は、遂には利き腕と共に、国を捨てることになった。


◇◇◇◆◆◆◇◇◇


ショーンはいつの間にか倒れ伏していた。

治療されていたとはいえ、大怪我を負い、国境越えまですれば当然の帰結だった。

「(このまま、死ぬのか)」

朦朧とする意識の中、鋭敏な感覚が何かの接近を捉える。

魔獣か、野盗か。

最期の足掻きと言わんばかりに、腰のショートソードに手を伸ばす。


「…おい、生きてるか、ボウズ」


かけられた声に驚き、伏した頭をひねって見上げると。

快活な笑顔の、巨漢の男が立っていた。


◇◇◇◆◆◆◇◇◇

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