第1話強面の友人、挨拶頑張る
「……和也!」
「あぁ、分かってる」
教室のドアの前で立ち止まり、やや緊張したような台詞と共に肩に手を置かれ、それに答えるように俺は返事した。
俺の肩に手を置いたのは西強蓮真。中学からの同級生で俺の友人だ。
そんな彼は、自信なさげな表情で教室のドアの前に立っている。俺からしたらその表情はしょげている虎のようにしか見えず、思わず吹き出してしまいそうだ。
「俺……今日こそ女の子にちゃんと挨拶出来るかな……」
しかもそんな表情をしつつ、自信なさげに言うから吹き出しやすさ倍増だ。
そんな気弱な友人に対し、俺は励ましの声をかけた。
「大丈夫だ蓮真。まだ俺達が入学してから10日しか経ってないじゃないか。まだまだ女の子と接するチャンスはあるぞ!」
「ほ、本当か!?」
「あぁ!」
俺が自信たっぷりにそう言うと蓮真は目をキラキラさせながらよし、今日こそ女の子に挨拶するぞ! と、叫んでいた。
しばらくすると蓮真は俺の方を向き、拳でグッジョブとしてきながら言った。
「よし、和也! 行くぞ!」
「おう! 頑張ってこい!」
そして蓮真が教室のドアを開けた。
「でさーそれでね……っ!」
「いやー昨日のアレ、おもし……っ!」
途端、ざわざわと騒いでいた教室は一瞬にして静まり返ってしまった。
そんな中、教室から出ようと思ったのか、背の低い女の子が蓮真の目の前で立ち止まっていた。まるで虎に睨まれたシマウマのように。
「あ、その……お、おは」
おはよう。蓮真がそう言おうとするが、女の子はやがて顔が青ざめていく。そして……
「っ、きゃああぁーーーーーー!」
この状況に耐えられなくなったのか女の子は蓮真に背を向けて走っていった。
「……え? あの……」
状況が全く分からないといった風な表情をする友人に対し、
「……はぁ」
俺はどうしようもなくため息をついていた。
「ぷっ……あはははっ! これでもう10回目の失敗だね」
「おい、今それを言うな」
俺が窘めたにもかかわらず笑い続けるこの男は大葉幹弘だ。こいつの場合、蓮真とは対極にある。整った顔立ちに加え、優しく、落ち着いた性格を持ち合わせ、おまけに運動神経も成績も抜群に良い美形男子だ。その爽やかなイメージと優れた社交性により、クラスのみんなから慕われている。なんて羨ましいやつなんだと普通は思う。
だが、俺はそうは思わない。何故ならこいつは……。
超イケメンだがそれとは裏腹に超腹黒いからだ!
こいつとも中学からの同級生で俺と蓮真の友人な訳なのだが、こいつはとにかく腹黒い。
何故ならこいつは、他人の前では精一杯猫をかぶり、俺達の前になるとその化けの皮を剥がし、思っていたことを一気に暴露する。
そう、つまり……
俺達3人は普通じゃないってことだ!
えっ? 俺は何が普通じゃないかって?
それは……
「平凡で特に何もない所だろ?」
まるで見透かしたように幹弘は平然と言った。確かにそうだけど……
「いや、それ普通じゃねぇか!」
「じゃあコミュ障な所だな」
「うっ……」
友人にズバリと言い当てられてしまった俺はあまりのショックに地面に膝をついてしまった。
まさか、こんな簡単に言い当てられてるなんて……。
幹弘さめ……はっ! まさか奴は……
「いや、お前さ。俺と蓮真には自分から話しかけるけどクラスのやつには全く自分から話しかけないじゃん。それくらい蓮真にだって出来るのに。男子だけだけど」
「「一言余計だ!」」
おぉ、見事にハモったなと歓声をあげる幹弘。全く取り繕わないこいつに俺達2人はがくりと肩を落とした。
すると、そんな俺を心配しているような声が後ろからかけられた。
「そんなに肩を落としてどうしたの? お兄ちゃん」
そう言い、俺の身体をシャキッと立たせる女の子に俺は視線をやった。
セミロングのような形をした黒い髪、まだあどけなさを残す幼い顔だち、その表情は俺を心配する表情だった。
「おっ和也の妹さんのご登場だな」
幹弘が声をかけた途端、女の子は白い頬をぷくっと膨らませた。その頰は少し赤い。
「お兄ちゃんの妹じゃないもん! 幼馴染だもん! ね? お兄ちゃん!」
「あ、あぁ」
俺はぐいぐい近寄る彼女に対し、反射的にそう答えた。ていうか事実なんだけどな。そんな俺らの様子を見てもなお、幹弘は訝しげな視線をおくる。
「いやあんたも和也のこと『お兄ちゃん』って呼ぶし、お前らマジで兄妹にしか見えねぇよ……っと、うおっ!? ま、待て! 俺が悪かったから! 角はやめろ!」
遂に女の子の怒りが頂点に達したのか、彼女は下敷きを手に持ち、幹弘に振り下ろした。しかも角の部分を。
幹弘が妹と呼んでいるこの女の子。さっきも言った通り本当に妹ではない。彼女の名前は皆城真美で、俺の母さんの大学時代からの友人の娘さんであり俺が小さい頃からの幼馴染だ。家も以前はお隣さんだった。
……とはいっても、今は一緒に住んでいるんだからやはり義理の妹だよな……
それは、今から2年前に遡るーー、
「うっ……お母さん!! ねぇ、お母さんってば!」
と、中学二年生の少女が1人の女性の遺影の前で泣き叫んでいた。
その女性は皆城舞。真美を産んだお母さんだ。
真美のお母さん、舞さんはシングルマザーとして女手一つで真美を育ててきた。
そしてそんな舞さんを俺の母さんは友人として放っておけず、出来る限りの事をして協力してきた。それは俺も小さい頃から見ていたからよく分かる。
だが、舞さんの体調は悪くなる一方だった。舞さんは元々身体が弱く、仕事をすら難しい状態だったのだ。それでも彼女は真美の為に必死に働き、養ってきた。
しかしその結果、無理をしてきた代償なのか、あるものが彼女に襲いかかった。
そう……舞さんは過労で倒れ、そのまま亡くなったのだ。
「お母さん……私これからどうすれはいいの……?」
そう言う彼女の表情からは笑顔が消えていた。
俺はそんな幼馴染を見て居ても立っても居られず、彼女の元へ駆け寄りーー、
「っ!? 和也……?」
「大丈夫だ。俺が真美とずっと一緒にいてやる」
いつの間にか俺は真美を抱きしめながらそう言っていた。
そして、それを見た俺の母さんは俺達の元へ歩み寄ると、どう言うわけか突然こう言いだした。
「真美ちゃん。私達の家に来ない?」
「えっ……? いい、んですか……?」
真美がかすれた声で言う。だが、その瞳には光が戻ってきているように見えた。
すると母さんはにっこりと微笑みーー、
「ええ、もちろんよ。ちょっと元気過ぎる女の子とそこにいる平凡な男の子がいるけどそれでもいい?」
一言余計だが、母さんがそう言うと真美は涙を流しながら答えた。
「……はいっ!」
あれから2年経った今、俺達は父さん、母さん、妹、真美、そして俺の5人で暮らしている。
まぁ大なり小なりトラブルが起きるのだがそれはまた後に話そう。
そうそう、ちなみに真美と俺は同い年なのだが、産まれた月は俺の方が早い。
それと一緒に暮らし始めたせいもあってか、真美は俺のことを『和也』ではなく、『お兄ちゃん』と呼ぶようになっていた。別に戸籍上は皆城のままなんだから『無理してお兄ちゃんて呼ばなくてもいいぞ』と、俺が言うと真美にはいいのっ! と言われた。
まぁ俺は別にそれでもいいが逆に俺が『妹』と呼ぶとこれが何故か分からないがぷんぷんに怒りだした。後に本人に聞いたがどうやら真美は周りから俺の妹と呼ばれたくないらしい。俺のことはお兄ちゃんと呼んどいてそれはなんだと思うがまぁ真美の好きにさせようということで俺はとやかく言わなかった。
「真美、もうその辺でやめとけ」
俺が回想から戻ってもなお、真美は幹弘の頭を下敷きでバシバシと叩いていた。俺はそんな彼女に声をかけた。
「……ふんっ」
すると、真美はまだ不満そうな顔をしつつも、下敷きを振り下ろすのをやめた。
対し、幹弘は気絶し、その場に倒れていたのであった。あいつどんだけ強くやったんだよ……




