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お茶の時間

 茶が、うまかった。




 縁側に出るのが習慣になっていた。朝か昼か夕方か、とくに決めていない。手が空いた時に出る。茶を一杯もらって、庭を見る。それだけだった。


 今日は昼過ぎだった。光が高いところにあって、庭の草が白っぽく光っていた。風はあまりなかった。




 スキルを確認した。全域で安定していた。


 (……安定してる)


 昨日も安定していた。一昨日も。この数日、ずっとそうだった。以前は「安定」と「上昇」の間を行ったり来たりしていた。それが今は動かない。悪いことではない。むしろ良いことだった。


 (落ち着いてきたんだな)




 茶を一口飲んだ。


 庭の端に、小さな白い花が咲いていた。去年はなかったと思う。


 (……何の花だろう)


 聞けばガレットが答えそうだが、聞くのが面倒くさかった。まあいい。


 鳥の声がした。近くではなかった。屋根の向こうあたりから、間を置いてまた鳴いた。




 静かだった。






 遠くから馬の蹄の音がした。


 (……また来た)


 音の感じが分かるようになっていた。この蹄の音は軽い。馬が一頭か二頭。騎士団の移動ではなく、少人数の来訪だ。


 (……少人数、というか。だいたい分かる)


 門の方でガレットの声がした。落ち着いた声だった。驚いている様子はなかった。


 (ガレットも慣れたんだな)




 少し待った。庭の奥から足音がした。一人分だった。




 「——また来たの」


 俺は振り返らずに言った。


 「……用がある」


 ドランクが答えた。


 (用がある、ね)


 毎月来るたびに同じことを言っていた。最初の頃は本当に用があったと思う。交易の話、遺跡の話、協定の話。それが終わってからも来る。用があると言って来る。


 (なんとなく来たかっただけだろう)




 俺はそれ以上聞かなかった。


 「どうぞ」




 ドランクが縁側に腰を下ろした。俺の隣に、少し間を空けて座った。


 「茶はあるか」


 「台所に言えばあります」


 「言ってきていいか」


 「どうぞ」


 ドランクが立ち上がって、中に入った。


 (自分で言いに行くのか。……随分慣れた)


 最初の頃は、家令を通じて伝言してきた。いつの間にか台所に直接行くようになっていた。


 (よそのお城の方がこんな動き方しないだろうに。まあ、いいか)




 しばらくして、廊下を歩く足音がした。ドランクの足音と、もう一人分。




 「失礼します!」




 マリスが縁側に顔を出した。盆に湯呑みを二つ載せていた。


 「ライルさんのも冷めてたので、入れ替えました。陛下のもこちらに」


 「ありがとう」


 ドランクが受け取った。


 「マリスさん、毎度すみません」


 「いえ!」


 マリスが俺の湯呑みも替えた。持ってきた空の湯呑みを盆に回収して、少し止まった。


 「……陛下、またいらしたんですね」


 「うん」


 「来月来るって言ってましたよね」


 「……少し早かったかもしれない」


 「三週間早いです」


 (よく数えてる)


 「まあ、用があったので」


 マリスが少し俺を見た。俺は庭を見ていた。


 「……ライルさん、陛下の分のお茶代は今月の勘定でいいですか」


 「はい」


 「承知しました!」


 マリスが中に戻った。足音が遠くなった。


 (あれ、勘定の話だったのか)


 (……マリスはこういうところを逃さない。いつもそうだ。俺が気づく前に全部片付けている)




 二人でしばらく黙った。ドランクが茶を飲んだ。俺も茶を飲んだ。


 庭の端の白い花が、光の中で静かに揺れた。




 「……静かだな」


 ドランクが言った。


 「はい」


 「先月まであんなに人がいたのに」


 「そうですね」


 (各国の代表が全員いたな。ヴォルク公国もシュタールも、サランの使節団まで来た。会議の議題を箇条書きにして、各代表の顔と名前を全部頭に入れて、なんとか終わった)


 「ヴァンダール領は静かな方が似合う」


 「そうですか」


 「うん」


 ドランクが庭を見た。俺も庭を見た。光が少し西に傾き始めていた。まだ昼だったが、影が出てきた。




 「——お前は、大変だったか」


 (……珍しい聞き方をする)


 少し考えた。


 「大変でした」


 「そうか」


 「ひとつひとつは面倒くさかったですが、なんとかなりました」


 「なんとかなったな」


 「はい」


 ドランクが茶を一口飲んだ。


 「……俺も大変だった」


 「そうですか」


 「シュタールには頭を下げ続けた。大国とも話し合いをした。うちの重臣連中がうるさくて」


 (あの男は本当に面倒くさかった。会議のたびに難癖をつけてくる。よく最後まで付き合ったと思う)


 「……それはお疲れ様でした」


 「うん」




 また黙った。今度はもう少し長かった。でも、悪い黙り方ではなかった。






 鳥がまた鳴いた。庭の草が、わずかに揺れた。


 ドランクが湯呑みを膝の上で持ち直した。




 「——また来ていいか」


 (また聞く)


 「どうぞ」


 「来月も来るかもしれない」


 「……はい」


 「その次の月も」


 「……どうぞ」


 (もう諦めた)


 「ガレットが迷惑そうにするかもしれないが」


 「それはそれで、ガレットが対応します」


 「ガレットさんはすごいな」


 「はい」




 ドランクが少し笑った気配がした。肩が揺れた気がした。俺は庭を見ていたので顔は見ていない。でも、なんとなく分かった。


 (……笑ったな)


 (まあ、いいか)




 茶を一口飲んだ。


 (なんとかなったな)


 一瞬、色々なことが過った。会議も、交渉も、ガレットが徹夜した夜も、マリスが朝早くから動き回っていたことも。それが全部、どうにかなった。




 白い花が、また揺れた。


 光が少しずつ動いていた。


 茶が冷めていく。


 それだけだった。





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