第49話 ギスギス
ケインさんを引きずって台所に到着したころ、ようやく彼は宇宙猫から人間へと戻った。
そうでなくては困る。彼に掃除を頼むためにここまで連れてきたのだから。
「そうだ。ケインさんは魔法石を使えるんですよね。掃除にもってこいですね」
「たかが掃除に貴重な魔法石を……?」
ケインさんはまた宇宙猫に逆戻りした。
「いちいち宇宙猫にならないでくださいよ。はい、この魔法石を使って。溢れないくらいに水を流しておいてください」
「は、はい」
ケインさんには一旦、水を出すだけの蛇口になってもらい、私は手を動かすことにしよう。
掃除要員にケインさんが加わって、台所の掃除は劇的に進んだ。
「ありがとうございます。お皿も鍋も綺麗にできたし、これで今日から料理ができそうです」
想像以上の成果だ。
やっぱり、水を好きな場所で無尽蔵に使えるのはいいな。元の世界がどれほど恵まれていたのかをしみじみと感じる。
私は達成感で満たされていたが、ケインさんの表情は浮かないままだ。
「それはよかったです……。ところで、ココロさんとあの男……ゼクスはどういう関係なんですか?」
どういう関係、ってなんだ。難しいことを聞くなぁ。
「えぇ……家主と居候、ですかね」
「そういうことではなく——」
「あ、部下になったらしいですよ」
そうだった。もともとは魔王の部下になって協力する代わりに、私の帰る方法も探してくれるって話だった。
まあゼクスさんは魔王じゃなかったわけだけども。
ケインさんは目を丸くした。
「ゼクスがココロさんの部下なのですか?」
「いや、もちろん逆です。私が部下ですよ」
「……スキルで従わせて匿わせている、ではなく?」
台所がシンと静まり返った。
静寂が冷たい。部屋の温度が下がったようだ。
こういう会話は懐かしいな。以前の私なら、もう少し新鮮に悲しんであげられたかもしれない。
でも、今となってはただただ強い不快感しかない。その感情を隠す必要性はないだろう。
「この会話、不愉快なんですけどまだ続けないといけませんか?」
「……いえ、失礼しました」
ケインさんは一応引き下がったが、もちろん納得した様子はない。というか、納得させるのは無理だろう。王宮にいたときあれだけ近くで私を見ていたのに、いまだに理解してくれていないのだから。
それはもういい。ただ、話題に出さないでくれればいい。
「ケインさんって、料理できます?」
「……いえ」
「そうですか。じゃあ、これから何したらいいかはゼクスさんに聞いてください」
「……はい」
そう体よく言って、ケインさんをゼクスさんに放り投げた。
正直、この城に仕事という仕事はないので、何にもしなくても問題はないと思うけど。まあ、今この場から去ってほしいという方便だ。
一応一緒に暮らす以上、上手くやっていきたかったんだけどな。これから大丈夫かな。不安しかないけど、自分で助けようと言った手前、放り出すわけにもいかない。
私は静かにため息を吐いた。
*
掃除は終わったが、まだ夕飯までは時間があるので、私は休憩がてら城の中をふらふらと散歩をする。
その途中、ドラゴンたちとふれあいに行こうかとふと思い立ち、広間の前までやってきた。
だが広間の中から人の気配を感じて、足を止める。扉の縁から部屋の中をそっとのぞき込むと、脚立に乗ったケインさんがいた。
ケインさんは、私が来ていたことにはとっくに気づいていたらしく、すぐに目が合ってしまう。
「……ケインさんは何をやっているんですか?」
「……見ての通り、ドラゴンの世話ですが」
ドラゴンがうろうろしている広間で、ケインさんはデッキブラシのようなものでドラゴンの背中のうろこをこすり、汚れを落としていた。
ドラゴンたちはケインさんをまだ警戒しているらしく、一応されるがままになっているが、全員ケインさんを至近距離でじっと凝視している。
ケインさんからすれば針の筵だろう。
ゼクスさんは、ケインさんに何を言ったんだ。
多分、面倒になって適当な仕事をでっちあげて押しつけたな。
とはいえ、全くの無駄ではない。ドラゴンを綺麗にしてもらえれば、ある意味私は助かるだろう。なにせ泥だらけのドラゴンたちが城の中を歩くたびに、掃除した場所が台無しになって困っていたのだから。
じゃあそのままやってもらうか。
「がんばってください!」
「……はい」
私はさっさと広間を後にして、台所へと戻った。
今日は簡単にだが料理ができそうだ。




