第42話 文字と言葉
ゼクスさんがいる部屋の扉を開けると、今日もゼクスさんはソファに寝っ転がって読書をしていた。
もう見慣れた光景だ。
「この城、本が多いですよね。もともとこの城にあったんですか?」
私はそう話を切り出した。
ゼクスさんは相変わらず本から目を上げない。
「いや? 全部俺が持ちこんだ魔導書だぜ」
「そうなんですか。いつも読んでますよね」
正直、最初はゼクスさんと本と言う組み合わせがちょっと意外だったが、ゼクスさんはほぼ毎日本を読んで、紙に何かを書いているから、もうすっかり見慣れてしまった。
毎日何をそんな熱心に読んでいるのかと思っていたが、魔導書だったのか。文字が読めないから知らなかった。
「……あの、文字の読み書きの勉強ができそうな本ってないですか?」
「読み書きのべんきょー?」
ゼクスさんは言っている意味が分からない、といいたげな表情でこちらを見た。
私はひざでこぶしを握りしめる。
「文字を読めるようになりたくて」
「読めねーのか?」
「私がいた世界とは文字が違うんです」
ゼクスさんは考えこむ仕草をした。
「……ふーん。まあ話し言葉も本当に同じなのか、わかったもんじゃねぇけどな」
「え? それはどういう——」
「まあいいや。つってもなー。この城には俺の魔導書しかねーぞ」
話を戻されてしまった。
まあいいか。今はそれより私の勉強用の本だ。
「え、魔導書しかないって……元々この城にあった本とかは無いんですか?」
この城は夜逃げでもしたのか、どう見てもゼクスさんが持ち込んだわけではないだろう物がとても多いのだ。
でも確かに、ゼクスさんが使っている部屋以外で、本は見なかった気がする。
「もしかしたら城のどっかにはあるかもだけど、興味ねーから探してねー」
「そうなんですか。どうしよう」
困った。
さすがに全く本が読めない状態で、ゼクスさんが読んでる分厚い魔導書を貸してもらうのは気が引ける。
しかも魔導書なんて、内容もよくわからないものを読むのは母国語でも大変だろうに、文字の形すらわかっていない言語で読み解ける気は全くしない。
読み書きの勉強には明らかに適していないだろう。
「うーん。まだ見つかってないだけかもしれませんし、まだあまり探索していない範囲で本を探してみようかな……」
「本を読めるようになりたいだけなら、魔法で読めるようにしてやろうか?」
ゼクスさんはまた魔導書に視線を落として、何でもないことのように言った。
とてもありがたい申し出だ。でも、何でも魔法頼みになってしまうのは良くない気がする。私が魔法を使えるわけでもないのに。
「いや、一旦自力で勉強してみようと思います。どうしてもだめだったらお願いします」
「……ふーん」
ゼクスさんは少しの間こちらをじっと見た後、指を鳴らした。
ゼクスさんの手にポンッと別の本が現れる。他の魔導書の半分程度の厚さで、かなりボロボロの本だ。
ゼクスさんはその本を私にずいっと突き出した。
「じゃあこれを貸してやる。魔導書だけど、他のよりは読みやすいはずだ。汚すなよ」
「あ、ありがとうございます。気を付けます」
突き出された本を反射的に両手で受け取って、まじまじと見る。
汚すなよ、とは言われたが、他の本と比べてもだいぶボロボロだ。本当に扱いに気を付けないと。ページが取れたりしそうだ。
そう思いながら、慎重にページをめくる。うん。もちろん読めない。というか、一文字一文字の区切りがどこなのかもわからない。前途多難だ。
……あれ。
私はふとページをめくる手を止めた。
本の中に整然と並んだ文字の中で、殴り書きのような荒い文字がページのあちこちに書き込まれている。
ページをパラパラとめくってみると、何か所もそういうページがあった。……ゼクスさんが書いたものだろうか。
ふと顔を上げる。
私が本を見ている間に、ゼクスさんは紙とペンを取り出して、何かを書いていた。表のようだ。
なんだろう、と思っている間に、表はどんどん完成していく。
「ほらよ」
「これは……?」
ゼクスさんは完成した表を私に差しだした。
「文字の表だ。これがなかったらどうしようもねーだろ」
「! ありがとうございます」
本当にありがたい。
もうこの際だ。必要なものは頼むだけ頼んでしまおうかな。ここまでしてもらったのだから、勉強をがんばる方に意識を向けた方がいいだろう。
「紙とペンとかってありますか」
「あるぞ」
ゼクスさんはボロボロの魔導書と同じように魔法で出してくれた。
「ありがとうございます……がんばります」
「おーがんばれ」
ここまで協力してもらったんだ。本当に、がんばらないと。
私はゼクスさんの正面の椅子に座り、決意を新たに使い古された魔導書を開いた。




