生還と報告。
ゼンから勢いよく刺された俺は、その衝撃と痛みで転ぶようにして跪く、ゼンが何か俺に語りかけているが聞こえない、俺は刺された右脇腹を見つめながら痛みに必死で耐えていた、汗は吹き出て、目がチカチカと眩しく、周りの音は全てザーーーーー!!と鳴る雑音にかき消されていた。
「ーーって訳だ、すまんが死んでくれ。」
生物本来の防衛本能のおかげか、アドレナリンが大量に分泌されたと思われる俺の体は、困惑から抜け出し、痛みが薄れて思考もクリアになっていく、そんな中断片的に聞こえたのは、ゼンの裏切りの自白と俺への殺意だった。
そんな満身創痍、死の淵の中にいて、俺は、未だかつてないほどに体の底から無制限に湧く力と加速が止まらない思考に、一種の快楽すら覚え始めていた。
(ゼンは通りまで逃すことはしないだろう、そもそもなぜ刺された、分からない、シシィに助けを呼ぶか、いや、近くにいるはずもない、ならザインに…ダメダ……気持ちガイイ……面倒クさイ…今なら勝テルだろ…オレナラ…カテル………コロセル。)
そこで俺の意識は途絶えた。
目を覚ましたらベッドの上に居た、身体中が痛いくて動かしたくない、それでも頭だけ動かして周りを見ると、ベッドの横の窓に黄昏れるシシィがいた。
「起きたわね、刺されるのはアナタの想定内かしら。」
「誰が好き好んで、ナイフで刺されるような策を立てるか、……刺されてから記憶が無い…俺はどんくらい寝ていた?」
「ざっと十時間くらいかしら、今は早朝よ。」
「!そうか……フゥ……」
思ったより時間は経っていなかった事に安堵のため息が出る、十数日寝過ごして、期限が来たなんて事にはなっていなくてよかった。
「…なにを安心しているのかしら、全身に切り傷を作り、脇腹には刺し傷も、それで血塗れになりながらフラフラで帰ってきておいて、何をホッとしているの?」
彼女の底冷えする冷たい声でびくりと思い出した、ああ、忘れていた、確かに彼女の立場なら俺も怒るだろう。
「すまん、失敗した、心配をかけた。」
「…そうよ、旅の連れを信用する事と心配するかは別物よ…アナタがここへ帰ってきた時、私は血の気が引いたわ。」
「そうだよな…本当申し訳ない、確かにその二つは別問題だな、それを忘れていた。」
「ええ、もう二度としないで、次は許さないわ。」
「ああ、気をつける…とりあえず俺の方から話していいか?」
シシィは右手の手のひらだけ向けて、どうぞ、という仕草をして椅子に座った、それを見て俺は別れた後の出来事を話した。
「ってところだな、刺されて以降は記憶が無い、とりあえず決まった事としては、竜の尾にはお前の力を見せる事くらいだな、本当最後さえ失敗しなけりゃ上手く行ったんだがなあ…」
「…言いたい事もあるけれどとりあえず了解したわ、次は私の話ね…と言っても私とマヤはあの後夕食を食べて、宿から運んでもらった荷物の確認をして待っていたわ、アナタの帰りがあまりにも遅くて、もし日付けを跨ぐようなら、すぐに探しに行こうと話してた所でアナタは帰ってきたの。」
「…俺が一人でか?」
「ええ、そうよ、血まみれのアナタを見て商会中がてんやわんやよ、マヤは慌てながらアナタに質問を繰り返し、ヤコブは大急ぎで医者を手配しに行ったわ……アナタは言動こそ支離滅裂だったけど、医者が来て手当を受けるまでは意識ははっきりとしていたわ。」
「本当か…?重傷の俺がか…?」
現実的な考えだと有り得ないだろう、この大怪我で歩いて帰ったことがまずありえない、その上しっかりと医者の治療が終わるまで意識を保っている、というのもとても信じられなかった。
「全て事実よ、その後アナタは眠たいから寝る、と一言言ってベッドに潜って寝始めたわ。」
「……なあ、支離滅裂な言動ってなんだ…?」
そこで初めてシシィが黙り込んだ、突如出来た謎の間に思わず顔を上げて彼女を見ると、彼女は気まずそうな、何かを言いたそうな、そんななんとも言えない顔をしていた。
「……言いたく無いわ……アナタも聞がない方がいいわ…」
心がぞわりとする、もしかしたら俺は何か酷いことを彼女に言ったのではないか?それで俺に記憶が無いと知った彼女は、優しさで無かった事にしようとしてるのではないだろうか、もしこの予想が当たっていたら、これから仲間として、旅の連れとしてやっていけるはずが無い、それならば俺には聞いて反省するしか選択肢が無いのだ。
「…シシィは思い出したく無いだろうが聞かせてくれ…俺は何を言ったんだ。」
彼女はますます困った顔をしながら口を開いた。
「……仕方ないわ、今から話すのは一言一句アナタが言った言葉よ、アナタは帰って来て私に…
なあシシィ!俺は竜の尾との取引を無事成功させて来たぞ!どうだ、旅の連れとして最高だろう?
とか
それに俺はナイフを持った相手に刺されながらも、俺の見事な技で、素手なのに相打ちに持ち込んだ!どうだ俺もなかなかやるだろう?
とか
お前のために知恵を働かせるのなんて朝飯前だ!俺はお前の旅の連れだからな、頼りがいがあるだろう?
とか
こんなに惚れたのは初めてなんだよ、お前のためなら全てを捧げていい、愛してるぜ?
だの…まあ他にも色々とマヤやヤコブ、医者もいる前で言っていたわ。」
俺はもう、死にたかった…それはそれはもう………地中深くまで穴を掘ってそこに埋まってしまいたくなる……まさか死の淵からの生還を果たして、すぐに死にたくなるとは思わなかった。
彼女は少し顔が赤くなっているように見えた、ただ俺はもっと赤いだろう、彼女はその少し赤く困ったような、気まずいような顔で口を開いた。
「…まるで忠犬みたいに褒めて褒めてと、昨日のアナタは言っていて、すごく困ったわ…褒めたら尻尾が見えるほどに喜ぶし、褒めずに流したらさらにせがむしで…きっと昨日の私も今のアナタような顔をしていたわ。」
過去の自分をここまで引っ叩きたいと思ったのは初めてだった、何を言っているんだ俺は…話し出す前の、彼女の顔にも納得がいったし、傷つける言葉を言ったわけではなくてよかったが、それでも…それでもあんまりだ…
「本当にすまん…恥ずかしい思いをさせたな…嫌だっただろう。」
「それはもう恥ずかしかったし、そんな話す元気があるなら手当を急ぎなさいとも思ったわよ、でも嫌では無いわ、むしろ嬉しかったし、誇らしさもあったわね、……私も言い忘れていたわね、私の為にありがとう、旅の連れとして、とても誇らしいわ、…起きてすぐに言わなければと思っていたのだけれど、誰かさんが私の心配も他所に、安堵のため息なんてつくから。」
彼女の明るい茶色の目が俺を真っ直ぐに覗き込む、その視線に俺は吸い取られそうになってしまう、気付いたら俺は状態を起こし右手で、横の椅子に座る彼女の頬を触っていた、真っ直ぐ見つめていた彼女の目がゆっくりと閉じられた、彼女の目が閉じてもなお俺は彼女に吸い寄せられ続けて、もう唇が触れる。
という時に扉が勢いよく開いた。
「トートの様子はどうだ、目を覚ましたか!?」
シシィは流石の俊敏さで目を開き、顔を離し、椅子に座り直していた、残ったのは無様にも右手を空に放り出したままのキスをし損ねた男だけだった。
「…おはようマヤ、起きてるよ、心配をかけたな。」
「トート!よかった、昨日は血まみれで帰って来たから肝が冷えたぞ、だが医者が言うには脇腹以外はすぐ治るらしい、とりあえずは安静にしとけよ。」
「ああ、ありがとう、お言葉に甘えて安静にしとくよ。」
マヤは一つ頷くと病人を労る顔から楽しそうに人を揶揄う顔に変わっていった、シシィが一人、先を立ち見つからぬように部屋を出て行こうとしている。
「…おいおいシシィ、どこ行くんだよ、せっかく可愛いワンコが目を覚ましたんだからそばに居てやれよ。」
残念ながらシシィも悪戯をする時のマヤからは逃れられないようだ。
「…私は話したからもういいわ、マヤも話したい事があるでしょうから、私は部屋から出ておくわね。」
「水臭いこと言うなよシシィ、私たちは友達だろう?別に話を聞かれても気にしねえよ、それに昨日の話をするならシシィがいた方が面白いだろ。」
結局マヤに強引に席に座らされ、シシィも一緒に話をする事になった、そこからはとにかく酷かった、終始ニヤニヤと話すマヤに対して、俺は記憶が無いので否定ができず、なんとか荒を探して指摘しても倍になって揶揄われ、シシィはマヤの言葉を全て肯定し、顔こそ平時を保っていたが耳が赤くなっていた。
結局揶揄うマヤに解放されたのは昼前になる頃だった、一通り揶揄い終えたマヤが部屋から去っていくのを見ながら思うのは、もう二度とマヤの前で失敗するのはしないという誓いにも近い何かだった。
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