第15話 受諾
「この気持ちに気付いたのは……ギルフォード様が姫様に求婚なさっているのを、目撃してしまってからです。あの時私は――恐れ多くも、ギルフォード様に嫉妬しました。姫様に、何の問題もなく……当たり前のように求婚出来る立場でいらっしゃる、あのお方に――」
あの時、カイルがそんな風に思ってたなんて……。
……全然、気付かなかった……。
「お二人は、とてもお似合いでいらっしゃいます。私の入り込む隙など、どこにもありはしない。……いいえ。そもそも、あなたに懸想することさえ、許されない身です。入り込む余地など、初めからどこにもありはしないのですが……。それでも私は、あの瞬間、あなたを求めてしまいました。罪深いことと知りながら……あなたを想う気持ちを、どうすることも出来なかった」
「……カイル……」
……そうだった。
私とカイルの間には――私自身、まだよく実感出来てない、身分の差ってものがあるんだった。
身分、なんて……持って生まれた素質や人格を無視した、不条理な制度にしか思えないのに。
でも、私はこの国では、身分ってものの上方に位置する人間……なんだよね……。
どんなに嫌だと思っても、避けられない問題。
目を逸らすことは許されない、私の……。
「あの後、私が、姫様の護衛ではなく、騎士になりたいと願ったのは……そうすれば、一生お側にいられると思ったからです。……たとえ、将来お二人が結ばれることになったとしても、騎士ならば――姫様に騎士として仕えることが出来たなら、変わらずずっと、お側にいられると――」
ぎゅうっと、更に強く、カイルが私を抱き締める。
すがるように――心細さに震える心を、必死にごまかしてでもいるかのように。
「本来、神聖であるべき騎士の誓いを、私は私欲のために利用しようとした。……騎士としての精神を、私は汚そうとしているのです。騎士になる資格など……既に失っているのかもしれません」
「そんな! そんなこと……っ」
『そんなことない』って言ってあげたかったけど、出来なかった。
だって私は、この国のことも、騎士って存在のことも、まだよくわかってないんだから。『騎士の精神』ってゆーのが、どんなものなのかも……全然。
そんな私が、『大丈夫』だの『そんなことない』だのって、その場限りの気休めみたいな言葉、無責任に言っちゃいけない。そんな気がしたから……。
「姫様……。私はこのように、身勝手な希望を抱き――それでも尚、騎士になろうとするような、邪な男です。姫様の護衛として、ふさわしくない人間だということは、充分自覚しております。ですがっ」
両肩に手を置き、私を体から離すと、カイルはひたむきな瞳で訴えた。
「ですが、それでも私は……あなたの側から離れたくない。あなたの護衛役を、他の者に奪われたくない。ずっと――これからもずっと、あなたのお側に――!」
「……カイル。私……私は――っ」
……わからない。
今の私に、いったい何が言えるだろう?
この世界についても、この国についても、身分制度や騎士についてだって――ほとんど知らないのに。
その上、王子とカイルと、どっちがより好きなのか――恋なのかすらわからない、こんな宙ぶらりんな状態で……いったい、何が言えるの?
……ダメだな。
全然ダメだ。
こんな、何もかもが不確かで、不安定な状態じゃ……自分の気持ちにだって、自信も責任も持てない。
もっと、学ばなきゃ。
色んなこと、知らなきゃ。
たくさんのこと吸収して……そして、何ものにも揺るがない、強い心を持たなきゃ。
恋も、他の何もかも――全てはそれから、って気がする……。
「ごめんね、カイル。今の私には……何も言ってあげること、出来ない」
「――っ! 姫様……」
カイルの瞳が、懇願するみたいに揺れた。
それを見て、私の胸はまた少し痛んだけど……ここで流されちゃいけない。
「私は……私も、カイルが好きだよ?……だけどそれは、今はまだ……王子と同じくらいの『好き』で……。だから……」
いったん目を逸らし、気持ちを整理してから、カイルを正面から見つめる。
「私がもう少し、色々なことを見て――色々なことを知って、そして……自信を持って、どっちが好きか言えるまで、待って欲しいの。――これは、王子にも伝えてあることなんだけど……きっと、近いうちに答え出すから。絶対、出すから。曖昧なままになんてしないからっ」
不安げに揺れていたカイルの瞳が、徐々に落ち着きを取り戻して行くのを感じた。
顔にもようやく、柔らかな笑みが浮かんで来て……。
「……よかった。姫様が、もう私を護衛にしてはおけないと――そうおっしゃるつもりなのではないかと、生きた心地がしませんでした」
「――えっ? まさかそんな……そんなことあるワケないよっ。私の護衛は、カイルじゃなきゃ嫌だもん! 本音言えば、辞めたいって言われても、辞めさせたくなんかないよ!」
「……姫様……」
カイルは驚いたように目を見開いた後、安堵の表情を浮かべた。
それから、その場に屈んで片膝をつくと、私の手を取り、
「これまでの数々のご無礼、お許しください。護衛の身として、あるまじき行為に及んでしまい、心より恥じ入っております。ですが、これから先は決して――御身をお守りするために必要な時以外、お側に近寄るようなことは致しませんことを、ここに誓います。ですから、どうか……」
「……うん。これから先も――私の護衛、よろしくお願いしますね。私もなるべく……えっと、近付き過ぎないように、気を付けるから――」
「はい。このカイル、充分に分をわきまえ――もう二度と、姫様を困らせたり、戸惑わせたりするようなことは致しません。姫様の、忠実なしもべであり続けます」
し――っ!?
……しもべ、って……。何だか、すごい言い方だなぁ……。
護衛って、そーゆーのとは、ちょっと違う……ような気がするんだけど……。
……で、でもまあ、カイルが自分で言ってるんだから、いい――……の、かな?
そんなことを思いつつ、私は、カイルの謝罪と誓いを受け入れた。
第7章はここまでとなります。
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