第14話 恋慕
「王子のこと……怒らせちゃったのかな?」
自室へ向かう途中、カイルと並んで歩きながら、私は思わず、不安を口にしてしまっていた。
「……申し訳ございません。私が、ギルフォード様に誤解されるようなことをしなければ、このようなことには……」
沈んだ口調で謝罪するカイルに、大きく首を振る。
「そんなっ、カイルだけのせいじゃないよ! 私が――っ、私の態度がハッキリしないから、きっと、王子は呆れちゃってるんだと思う、し……」
ああ、もう!
自分の心がわからない……。
王子にキスされそうになっても、カイルにキスされそうって思ってても、私……拒めなかった。――ううん、拒もうとしなかった。
……最低だ。
こんな風に、いつまでもどっちつかずの態度取ってたら、いつか、完全に二人に嫌われちゃうよね……。
ううん。王子にはもう……とっくに、嫌われちゃってるのかもしれない。
……やだ。
なんか色々考えてたら、泣きたくなって来ちゃった……。
「姫様……。あの、私は――」
カイルが何か言いたげに口ごもり、立ち止まった。
――いけない。
こんな情けない顔してたら、余計な心配掛けちゃう。
私は慌てて振り返り、大丈夫だという風に笑ってみせた。
「お、王子もきっと、昨日から色々あって、疲れてるんだよね。だから、ちょっと休んで……また夜に会う頃には、普段通りの王子に戻ってるよ。――ねっ?」
「……はい。私も――そう思います」
同意はしてくれても、表情が暗く沈んだままなのが気になったから、
「カイル、あんまり思い詰めないで?――大丈夫だよ。王子だって、本気で怒ってるワケじゃないよ」
元気づける意味も込めて、カイルの手をぎゅっと握った。
「姫様……」
カイルは驚いたように私を見返した後、一瞬、辛そうに顔を歪めて目を逸らした。
そして、私の手をそっとつかむと、自分の手から引き離す。
「カイル……?」
「姫様、どうか――これからは、私との間に、一定の距離をお置きください。……不用意に近寄ってはいけません」
私と視線が重なるのを避けるようにしながら、彼は体を横に向けた。
「――っ!……どーして!? なんで突然、そんなこと言うの?」
「これから先も……姫様のお側で、仕えさせていただきたいからです。そのためには、間違った行動を起こすようなことがあっては、いけないからです」
「間違った行動?……それって何? 仕えていたいから距離を置くって、どーゆーこと?」
「……お察しください。これ以上は、私の口からは……」
「そんな――っ、それじゃわかんないよ! 言ってくれなきゃ、全然わかんない!……お願い。ちゃんと、私にもわかるように説明して?」
明確な答えを求めて食い下がる私に、カイルは、無言で顔を背けることで返す。
「……わかんないよ……。一定の距離って、どのくらい?――このくらい? それとも、このくらい?」
一歩離れた位置から、二歩、三歩と離れた位置に立ち、カイルの返答を待つ。それでも彼は、答えようとしない。
王子に続いて、カイルにも見離されてしまったようで……心が焦燥と失望で塗り潰されて行く気がした。
カイルも、私に呆れてるの?
王子みたいに、私に背を向けるの……?
……もう、私に関わるのが嫌になったの?
「お願い、こっちを見て! 目を逸らしたりしないで、ちゃんと答えてよ!……どーして距離を置かなきゃいけないの? カイルも私のこと、嫌になったの? もう関わりたくもないの?」
駆け寄って、カイルの腕にしがみつく。
「……姫様……」
覗き込む私の目から、必死に逃れようとする、コバルトグリーンの瞳。
吸い込まれそうに綺麗な瞳が、今は哀しく揺れて……長いまつげが、暗い影を落として……。
――綺麗で、哀しくて――胸がキュウっとなる。
「私が嫌になったんなら、ハッキリそう言って? 無理して側にいてくれるつもりなら……そんなこと、しなくていいから。任務から外されるのは、カイルにとっては困ることなのかもしれないけど……我慢してまで側にいてもらうなんて、辛過ぎるよ……。だから、私が嫌なら嫌って――」
「姫様っ!」
カイルの手が私の腕をつかみ、そのまま胸元へと引き寄せられ――あっと思った時には、強く抱き締められていた。
「……カイ……ル?」
「……これでも、おわかりいただけませんか? 私と距離を置くよう、お願いした訳が……?」
耳元で熱く――切なく響く、カイルの声。
「……カイル。……あ……あの……」
「体が近付けば、こうして抱き締めたくなる。顔が近付けば、その愛らしい唇に、くちづけたいと思ってしまう。……あの時のように」
「……あの――時……」
「そうです。ベッドの上で、私がしようとしたことを――既にお忘れですか?」
一瞬で、かあっと顔が熱くなる。
……忘れるワケない。
忘れられるはずもない、けど――。
「それとも、あの時私がしようとしたことが、何であったのか――姫様は、ご存じないとおっしゃるのですか?」
「そ――っ、そんなことはないっ――けど……」
いくら私が鈍くったって、あそこまで顔が近付けば……さすがに、予想出来ちゃうもん。
「では、もうご理解いただけましたね? 私に近寄ってはいけない訳を――」
「…………」
私が答えないから呆れたのか――それとも、困惑したのか。カイルが小さくため息をついた。
「私は、自分が恐ろしいのです。……あなたの前だと抑制が利かなくなる、この心が。……いや。心と体の暴走が――」
「心と、体の……暴、走……?」
「こうなってしまっては、もはや、ごまかすことなど出来ません。――姫様。私は、あなたをお慕いしております。……一人の男として」
「――っ!」
お……お慕いしております……って……。
好き――……ってこと、だよね?
……好き?
カイルが、私を……?
……そりゃあ、キスされそうになった時から、なんとなく……そーゆーことなのかなって、感じてはいたけど……。
でも、こんな風に……ハッキリと、告白してくれるなんて思わなかった……。




